第3話詩やらなんやら
月夜の胡蝶
また夜が来ます
闇が体を囲い込み
妖気となって体内へ
入場行進いたします
私は蝶になりまして
月の明かりが鱗粉を
かすかに照らしてくださいます
月の輝く夜
あなたの還りを待ってます
放課後の向こう側
すぐに傷つくから
人の傷つけ方を知っていた
でも、
傷つきたくないから
傷つける権利を押し付け合った
ごめんね
まだ帰れそうにない
あの子とは仲良し
仲良しこよしのあの子には
言えない秘密が私には
たくさんたくさんございます
仲良しこよしのあの子には
毎日ドラマチックな出来事が
たくさんたくさんございます
仲良しこよしのあの子には
黙って罪を犯したの
たくさんたくさん侵したの
私の
たくさんたくさんの秘密と
たくさんたくさんの罪を
仲良しこよしのあの子の
たくさんたくさんのキラキラが
冷たい雨を降らすでしょう
轢き語り
冬支度
蓼食う虫を
轢き
語らう
ペシャンコになった
春の夢かな
僕等
薄ぺらいもので
繋がっていたのかもしれない
バカやるのをガソリンにして
駆けぬた青春
今日も川面に沈む
夕陽がきれい
ありきたり
あることこそが
ありがたき
とるにたらない
みちたりている
沈黙
息づかいだけが聞こえる
病院の待合室
与えられた番号
アナウンスをまち
蓄積した無言
病と寄り添ってきた
何も聞こえてこない
診察室の扉を見据える
面
表面
裏面
側面
顔は顔面
テレビは画面
面倒
面倒を見る
面倒くさい
面と向かって
あらゆる面で
面は見える
面は解る
面は切りとれる
一面
反面
両面
地図は平面
見える世界は一場面
秋、それは生き物が眠りにつく準備をする季節。
数年前のこの時期だっただろうか。
私は一人電車に揺られてどこか遠くをめざしていた。
人生とは列車旅のような気がする。
景色が私とは無関係に過ぎ去り、しかし、私の周りは一向にのんびりしている。
車窓からは知らない街や、収穫を終えた田んぼが流れた。
夏に嫌という程感じた生命の気配は嘘のように静か。消え失せたのか。
私もどこかへ消えてしまいたい。
思春期のような漠然とした不安。社会が私に大人であることを求め、選択と決断を迫り続けたが、一向に私は答えを出せないでいた。
どこか遠くへ行こう。
しかし、分かっていた。どこまで行っても消えないこと。私はきっと帰路につくこと。
夕陽が沈みゆくまで、電車に揺られた時。私は帰ることにした。
今の私には逃げも隠れもできないが、社会へ答えを提出することもできない。
ならば、せめて生きて生きて私はここだ!と叫ぼう。
何者にもなれずにここにいると。
車窓の景色のように、人生が流れても。
帰宅した私を家族は何事もなく迎えてくれた。
一人、部屋で頬を伝う冷たさを感じた。
映画を観よう。
人生の答えはここにないかもしれない。でも、映画は生きていることを叫んでいる。
DVDをプレイヤーに入れて読み込む数秒間、暗くなった画面に私の顔が反射した。
情けないけど、笑うしかなかった。
流行
クラスでいつも中心のあの子が考案した。
好感を持ったものを書き合うノート
『好感ノート』
その人気は誰も傷つかないハッピーな連絡ツールとしてSNSを凌駕した。
ノートが私に回ってきた時、私はノートにあの子の名前を書いた。
君が一番好感を欲しいままにしている素敵人間であると。
「あなたを越えるムーブメントを私は起こしてみせる」と添えて。
私は悔しかった。彼女がクラスの流行の発信源であることが。
10年という長き我が人生すべてをかけて、数々の一人遊びを作り上げた、その数は110個!しかし、なぜ報われぬ!なぜ、私の周りには誰もいない!
私はノートを渡しに彼女のもとへ。
挑戦状を叩きつけるように、ノートを持った手を前に突き出した。
彼女は不敵な笑みを浮かべ、それを受け取ると静かに内容を確認した。
こちらに一瞥もくれず、さらさらと迷いのない動作でノートに文字を書くとホイっと投げるように私に返した。
私は彼女の1ミリも動揺していない自信に満ちた様子にすでに狼狽していた。
おそるおそるノートを開くとそこには
「あなたは一人前になるのが関の山。私にはなれない。越えられない。私を超えるにはあなた自身を超えなさい」と記されていた。
敗北を悟った私は膝から崩れ落ち、忠誠を誓ったのであった。
雲
とある昼下がり
めっちゃ安直やけど、雲って綿菓子みたいやね
そういうと彼は縁石の上を歩き出した。
ただでさえ、背の高い彼が縁石に乗ったので、私の繋いだ右手は彼に引っ張られるような形になった。
「もう」と私は小さく呟く。
縁石を歩くなんて、子供みたいと思う反面、その子供らしさが愛らしいと思う私はなんて都合のいい感情を彼に抱いているのだろう。
みて、あれめっちゃ綿菓子やない?
彼が空を指さす。
見上げると、確かに綿菓子みたいな雲がいくつも流れていた。
雲の形っていつから気にしなくなったのかな。
私は空をいつから見上げなくなったのだろうか。
流れる雲を追いかけて走り回った子供の私は今どこにいるのだろう。
綿菓子か。雲が綿菓子に似ていても、なにも感じない。
彼はいつも空を見上げては雲の形を何かに当てはめている。
羨ましい。
空に綿菓子を見つける彼が、縁石を歩く彼が。
私がもう子供じゃないと切り捨てたものを、大事にできる彼が本当に羨ましい。
どうしたん?
ボーッと空を見上げていた私に彼が声をかけた。
「綿菓子みたいってなんか子供みたいね」
なにそれ?馬鹿にしとん?
彼はちょっと不服そうに笑った。
「ううん、馬鹿になんかしてないよ。
してないけどさ」
してないけど…なんだろう?何を私は言おうとしたっけ?
「ま、いっか」
私は彼をグイッと引っ張る。バランスを崩して縁石から降りた彼の腕を捕まえる。
「ねえ、雲から私たちは何見えるのかな?」
彼を見上げながら私は尋ねた。
彼の向こう側には綿菓子雲。
なんやろな?米?
彼の答えはあまりにも安直で、でも、不思議と安心をくれた。
米か。面白くないけどなんか笑えた。
内緒
内緒だよ?
二人並んで帰った雨の日のことでした。
傘を忘れた彼は顔を赤らめて俯いていました。
私もきっと、真っ赤な顔だったでしょうね。お腹のあたりが不思議と火照るのを感じていました。
別に二人で帰ることを咎める人はいません。
付き合ってないから、変な噂たつと嫌だからなんて、取ってつけた理由で二人は内緒を共有しました。
時折、彼と話すんです。「あの雨の日」のこと。なぜ、私たちは付き合わなかったのかな?って。
互いに違う道を歩んだ今も「あの雨の日」は二人の内緒です。
布団
私は生来寝るのが不得手で幼い頃から夜が来るたび憂鬱になっていたものです。
目を閉じると闇に包まれる感覚があり、二度と闇から戻れないのではないかと考えてしまうのです。
布団は闇へ導く乗り物です。目を閉じるとぐるぐる周りだし、私を連れ去ります。
私は布団では寝ません。
連れ去られたくないですもの。
寝る時はいつも毛布にくるまって床で寝ます。
床の冷たさに現世との繋がりを感じたからです。
そんな私も布団でぐっすり眠りについたことはあります。
それは秋深き肌寒い夜でした。
珍しくその夜は布団で寝ました。
なぜなら、私の隣には寄り添ってくれる恋人がいたからです。
皮肉なものです。
両親が隣にいてくれても寝れなかった私が、初めて殿方と枕を交した日にあっという間に寝入ってしまうのですから。
私は感じたのです。安心する香りを。
彼の腕枕はとてもいい匂いがしました。シャンプーや香水の香りではありません。
甘いのです。生きている香り。
男性フェロモンというものでしょうか。
彼の香りは私の闇をかき消して、私の布団はいつも乱暴にぐるぐる回るのに、ぷかぷかまるで水面に浮かぶ笹舟にでも乗っているかのような心地よさでした。
布団は優しく私を包み、私は素直に眠りに身を任せました。
残念ながら、彼とは離れ離れになってしまいましたが、彼には感謝しています。
布団を優しくしてくれたのですからね。
液体
流れがいいと
澄んでくるのは液体も心も
同じこと
流れても
遡れないのは液体も過去も
同じこと
堰き止められると
と溜まっていくのは液体も疲労も
同じこと
溜まっても
溢れて流れ出すのは液体も涙も
同じこと
液体と人と
気体すると高く飛ぶ
熱が冷めると硬くなる
くれない
「俺を愛してくれ」
「俺を許してくれ」
「過去のことは忘れておくれよ」
くれって言うな
あんたが何もしてくれないから
私だけは愛し、許し、忘れた。
いつも、あんたは言葉に詰まると抱き寄せて誤魔化そうとする悪い癖
あんたの胸に埋もれて思うことは一つ。
たまには受け身でいさせておくれよ
電話 待ち人知らず
「ただいま、電話に出る事ができません。
御用件の方は┄┄┄┄」
電話を切る。
何度かけても留守番電話。
無機質な音声案内は聞き飽きた。
今日もまた一人待ちぼうけ。
私のほかにも誰かを待つ人がちらほらいる。
携帯電話を退屈そうに操作する人。
落ち着きなく人混みを見渡す人。
何か確信でもあるのか、終始俯いている人。
しかし、同じ場所でかれこれ二時間近く立っているのは私くらいだ。
いつも、遅れてくるあつい。
待つのは慣れたはずなのに、どうして、街はこんなに肌寒い。
手を繋ぎ歩く男女。
急いでいるのか早足で器用に人混みを
避けて歩く人。
行き交う人の誰もが何かの目的があってこの街に来たのだ。
私だけ置き去りにされたような冷たさにはいつまでも慣れない。
鞄ですねていた携帯電話を取り出して通知を確認する。
あついから不在着信。
おせえよ、馬鹿。
かけなおさずに、鞄にしまう。
携帯電話のバイブレーションが鞄ごしに伝わる。
あいつだ。
残念。今日はもう出ないよ。
人混みを避けて歩く。
何か目的でもあるように。
答え
名前以外空白の答案用紙。
問題文を睨みつけるも、
ペンは一向にすすまない。
「はい、あと五分で回収するぞー」
先生の言葉に私は降伏を宣言。
ペンを置き、机に伏せる。
残り五分が長い。
好きな曲を脳内でかける。
ロックバンドのバラード曲。
有名なバンドじゃないけれど、偶然ネットで聴いて好きなった。
この曲しか知らない。歌詞がいいんだよね。
ドスの効いたダミ声に、繊細なギターのメロディ。
孤独を噛み締めるような歌詞に胸をぎゅっと掴まれる。
脳内で曲の再生が終わると同時に、先生がちらっと腕時計に目をやった。
「はい、時間です。回収するから後ろから前に回して」
私の後ろの男子が小声で話しかけてきた。
「小テストなのにむずくね?」
私は手だけ後ろに伸ばして解答用紙を
受け取ると、前を向いたまま頷いた。
難しかったのか…。
授業序盤でついていけなくなった
私には全てがとんちんかんで、難しいと簡単の区別がない。
先生がテストを回収するまでの数秒のざわめき。
皆テストの手応えを小声で周囲と確認している。
中には堂々と後ろを向いて喋る者もいる。
後ろの男子が私の背中を軽く叩いて、
「おい、お前どうだった?」と訊いてきた。
まさか、名前以外解答できなかった
と言ったら、彼はどう思うだろう。
そして、どんな解答を私に示すだろうか。
テストには明確な正解が存在するが、
会話には応えられても答えがない。
それなのに、私たちは正解を求め合う。
テストすら答えの出せない私は、名前以外に確信が持てない。
「全然ダメだったよ」
彼は仲間を見つけた安堵を隠さずに
「だよな」と言ってにやりと笑った。
どうやら、彼の反応を見るに、私の出した解答は間違いではなかったようだ。
私も安堵する。
チャイムがなるまであと五分。
先生の解説を聞き流しながら、また脳内にあの曲を再生する。
私たちは答えのない旅の途中。
それぞれの孤独を噛みしめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます