第2話掌編小説

 星よりも早く潰える


宵の明星が煌めき出す。私の作戦は失敗に終わった。

 星々が夜空を照らしだすのをただ見守るしかない。


 二時間前。

 私は川沿いの公園に彼を呼び出した。

 きっと、彼は私に惚れている。

 私も彼に惚れている。

 私はどうしても彼に告白されたい。だが、彼はもじもじしてばかり。

 ならば、「好きです」と言わないといけない状態を作るまで。

 故に手紙を書いた。

『公園に来て。さもないとあなたを嫌いになります。一番星が輝くまであなたを待ってます』と書いた手紙を彼に叩きつけてやった。

 しかし、彼は日没に間に合わない。

 なぜなら、勉強が苦手な彼は今日補習で帰られないから。

 真面目な彼には補習をサボタージュする選択肢はない。

 となると、情けない顔で日没後に私の前に現れるしかない。

 帰ろうとしている私に彼は観念して言うはずだ。

「待って、嫌いにならないで、君が好きなんだ」って。


 だが、現実は違った。彼は補習を予想以上に早く済ませ夕方現れた。

「来たよ」とさも当然であるかのように私に手を振った。

 私はあえて目を合わせない。狼狽を隠すため。

 夕日が川面に沈みゆく。

 もうすぐ日没。

「どうして呼び出したの?」

 落ち着いた口調。

 いつもの彼じゃない。話す時の照れ笑いがない。

 計画と違う。

「だって」

 あなたが好きだからと言いかける。

 彼は何か腑に落ちたのか「そっか」と言ってベンチに腰掛けた。

 そして、彼はベンチの空いたスペースをポンポンと叩き私に隣に座るように促した。

 これも計画と違う。

 私は言われるがまま隣に座る。

「あの、あのね」

 おかしい、私がもじもじしている。

「うん」

 彼は落ち着いている。

「なんでもない」

 私は照れ笑いして俯く。

「もうすぐ日が沈むね。一番星、一緒に見ようか」

 空を見上げて彼が言った。

 私は頷くのが精一杯。

 ずっと、日が沈まなければいのに。そう思うと自然と言葉が口から飛び出した。

「ねえ、好きだよ?」

 敗北した。薄暗いがまだ夕日は沈みきっていない。

 計画は星よりも早く潰えた。

 疑問形にしたのが最後の抵抗だった。

「そっか」

 彼は空をじっと見上げていた。

「俺もだよ」

 そう言って私の肩を抱き寄せた。

 気づくと薄ぼんやりした闇に一番星が煌めいていた。




 たった二人の世界


 ‪たった二人でも六畳一間は狭い。‬

 ‪それも喧嘩したとなると悲惨だ。‬


 ‪許す許さないではない。

 怒りとは一度火をつけたからには沸騰させなければならない。そして、ゆっくりと冷めていくのをただ待つのである。

 もう怒ってないんだよ。ただ冷たくしてるだけ。

 彼はまだ私が怒ってると思い込んでる。

「もういい」と言ったきり私に背中を向けている。

 降参の証。

 苛立たしい。降参したからって許すかよ。

 しかし、しっかりと二人分のご飯作ってる私ったら偉い。

 でも、明日の弁当の卵焼き少し小さめにする私は意地悪。


 などと考えているうちに冷めるのが怒り。

 まだ背を向けている彼の丸めた背中。

 六畳一間は狭いがくっつくにはちょうどいい狭さだった。



 列車のそとの金色


 ゴトゴトガタンガタン。

 吊革に捕まりうつらうつらしている。

 ゴトゴトガタンガタン。

 不規則に軋む車両の音。

 ゴトゴトガタンガタン。

 満員の車内の真ん中。

 ゴトゴトガタンガタン。

 夢現をさまよう。

 ゴトゴトガタンガタン。

 眠りに誘われては、バランスを崩し目が覚める。

 ゴトゴトガタンガタン。

 またバランスを崩し前の乗客にぶつかる。

 ゴトゴトガタンガタン。

 中年のサラリーマンが迷惑そうに俺を見ている。

 ゴトゴトガタンガタン。

 昨日は本当によく晴れた。

 ゴトゴトガタンガタン。

 数日降り続いた雨が太陽に照らされてアスファルトがキラキラと輝く。

 ゴトゴトガタンガタン。

 透明な陽の光は青空を澄み渡る。

 ゴトゴトガタンガタン。

 地球が丸ごと微睡んでいる気がした。

 ゴトゴトガタンガタン。

 鮮やかな青と太陽のキラキラ。

 ゴトゴトガタンガタン。

 白い月が恥じらう少女ように青に身を潜める。

 ゴトゴトガタンガタン。

 相変わらず俺は満員電車に揺られて、吊革に捕まり、夢現をさまよい、昨日の朝の、陽の光とアスファルトのキラキラと、澄み渡る青空と、恥じらう月を思い、睡魔に負けて、バランスを崩し、乗客にぶつかり、迷惑そうにされながら、今日もよく晴れたと、沢山の頭越しから微かに見える車窓。



 私をやめる


 登ったばかりの朝日がのびのびとあくびするようにホームを照らしだした。

 私は携帯電話を片手に、もう片方にコンビニのツナマヨおにぎりを持ってベンチに腰掛けていた。

 始発の駅は人がまばらで、人目を気にせずにおにぎりを頬張った。

 やはり、おにぎりはツナマヨに限る。

 ニュースサイトで最新のスポーツニュースをスクロールする。

 私は運動音痴だが、スポーツに打ち込む人達が大好きだ。

 彼らは自分を生きることにどこまでも愚直で、いじらしい。

 彼らを見ていると自分のために時間を費やす人生は短く太いものだと教えられる。

 日の出のようにのんびりと生きる私には逆立ちしてもできない生き方だった。

 一通りニュースをチェックし、携帯電話を鞄にしまう。

 電車はあと五分ほどで到着だ。

 今日、私は旅に出る。

 行く先を決めずに。

 出身地、職場や学校誰の子でなんて名前。

 自分がどこかの誰かであることをやめる日があったっていい。

 私は自分のために生きる人生は送れない。

 でも、人に施す人生も生きれない。

 ならば、新しいコートに身を包み気ままに旅に出よう。


 鈍行列車がホームにゆっくりと入場行進。

 朝日はまだ呑気にホームを照らしてる。

 じゃあ、またねと誰もいないホームに手を振った。




 いけって言われたらまだおかわりもいけちゃいます!


 ある昼下がり。

 二人の少年が夏休みの自由研究と称してチーズケーキを作った。

 チーズケーキは常温で放置された。彼らの予定通りに。

 チーズケーキはカビた。鮮やかな紫色に変色した。

 少年たちはチーズケーキがカビていく過程を記録するというのが自由研究のテーマだった。

 しかし、それは表向きの話。

 本当の目的はここからだった。

 少年たちは紫チーズケーキを近所の仙人と呼ばれるゴミ屋敷の爺さんに食べさせるのが真の自由研究の目的であった。

 ゴミ屋敷でペットの鶏を放し飼いする迷惑じじい。

 今日も一升瓶を片手に辺りに睨みをきかし壊れたブラウン管テレビに腰掛けていた。

 少年たちは意を決して紫チーズケーキを爺さんに差し出した。

「これ、俺らでつくったから食べてよ!」

 二人はありったけの愛想を必死に詰め込んだ笑顔をじいさんに振りまいた。

 険しい顔のじいさん。

 無理もないどう見てもカビているのだ。

 二人は逃げ出そうかと目配せし合いどっちが先に逃げるかをさぐり合う。

 そんな少年たちをよそに老人は変色したチーズケーキを食べ始めた。

 少年たちは食べさせてから、やってはいけないことをしたと申し訳ない気持ちに包まれた。

 老人は無言で紫のそれを貪る。

 あまりに勢いよく食べるので二人は手のひらが汗ばむ。

 老人は食べ終えると、すきっ歯を見せてこう言った。

「うーん、マイルドな味だ!これはラズベリーだな!」

 少年たちは逃げ出した。

 一人残された老人は皿を舐めまわして満足気。

 ブラウン管から立ち上がると、大きく伸びをして言った。

「いけって言われたらまだおかわりもいけちゃいます!」



 あの丘の向こうへ


 ‪早朝。‬まだ薄暗い。

 ‪丘を駆け上がる二人は霜が降りた草をしゃくしゃくと踏み鳴らす‬。

 手を繋いで走る。たまにゴツゴツした石に足を取られてバランスを崩す。

 それでも構わず走る二人の息は白。朝靄が丘を幻想的に演出した。

 二人はいつか今日という日を振り返る時に思い出より美しい日にしたかった。

 明日から別々の道を行く二人。丘の向こうから登る朝陽を並んで見る約束をした。

 旅路。明日から大人と社会に言われても二人にはわからなかったけど、繋いだ手は真実だった。

 頂上に着いた時、二人の息は上がっていた。膝に手をついて項垂れた。

 これからはこうして誰かと並んで走ることはないかもしれない。

 丘からは住み慣れた街が薄闇と朝靄につつまれてぼんやりとしていた。

 二人は今日が朝陽を見る最後の日のように感じられた。

 朝日が登るまで二人は頂上に置かれたベンチに腰掛けていつもより手を強く握った。

 まだ、あたりは薄暗い。

 朝陽はまだ登らないでほしいと二人は思った。

 今日がはじまらなければいいのに。

 一人が涙を流した時、朝陽が登った。

 涙は輝いた。

 あまりにも美しい横顔にもう一人も泣いた。

 街は次第に靄が晴れていく。

 今という時を永遠に感じることはできないが、握った手と手だけは真実だった。

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