第891話  精忠無比(せいちゅうむひ)

 つむぎの仕事は、大河の子息令嬢の世話だ。

 しかし、女官が大勢居る為、それに終始しゅうしすることもない。

 ♪ ♪ ♪

 その為、大河を楽しませる仕事もある。

 今、行っているのは三線さんしんの演奏だ。

「……美しいな」

 楠を抱っこしつつ、大河は呟く。

 お市と謙信、誾千代は、音をさかな泡盛あわもりを飲んでいる。

 お市が尋ねる。

「琉球は、貴方の私領なのよね?」

「そうだね」

「!」

 島津家が接収された話題に楠は、敏感に反応した。

 大河は楠を抱き締め、牽制けんせいする。

「そうだけど、税金は俺経由で島津家に渡しているよ」

「いつか行ってみたいですわ」

「いいけど、それはもっと先かな」

「どうして?」

「方言の癖が強くてね。まだまだ標準語喋れない島民が多いから行っても意思疎通に苦労すると思う」

 方言が強いあまり、中央の人間と意思疎通がしにくいのは、東北の最奥さいおう蝦夷えぞの多くの地域でも同様だ。

 大河は別に皇民化教育を強いている訳ではないし、文化も否定しないのだが、それでも標準語が喋れないと意思疎通が出来ない為、その教育には熱心である。

「蝦夷の時は行けましたが?」

「あの時はアプトが居たからね。琉球は案内役が居ないから、あっちの文化がまだまだ分からない。もう少し相互理解が深まっていたら、いいけどね」

「なるほど」

 意外と考えていることにお市は、感心する。

 謙信が楠の頭を撫でた。

「楠は最近、里帰りしている?」

「いえ」

「時々、里帰りすることよ。親は不老不死じゃないんだから」

「そうですね」

 頷きつつ、楠は大河の手を握った。

 里帰りしたいが、大河とも離れたくないのだ。

 三線の演奏が終わり、誾千代が万雷の拍手を送る。

「ご清聴ありがとうございました」

 お辞儀すると、誾千代は手招き。

「紬、おいで」

「はい。若奥様」

 誾千代は懐から│心づけ《チップ》を渡す。

「はい」

「ありがとうございます」

 基本給を貰っている為、別に心づけは無くても良いのだが、お金はないよりかはあった方が良い。

「今の曲良かったから、また定期的に演奏して欲しいな」

「分かりました。呼ばれたらいつでも駆け付けます」

 誾千代に気に入られ、紬に笑顔が溢れる。

 元々は琉球王室の王女の身分であったが、このようなプレッシャーの少ない人生も良いだろう。

 紬の暮らしぶりは、在京琉球出身者で構成された『琉球人会』(現・沖縄県人会)で琉球にも伝わっている為、彼女を慕う島民は安心している。

 これが冷遇されていたら、琉球の人々の大河に対する心証は悪化していただろう。

 山城真田家内で、紬は地位をどんどん上げていくのであった。


 基本的に大河は家臣団に対して、パワハラもセクハラもしない為、非常に良い関係だ。

 特に大谷吉継は、実子のように可愛がられている。

「吉継~。中国から兵法書へいほうしょ届いたけど、要る?」

「若殿はお読みになられたんですか?」

「読んだよ。ただ、他の兵法書と似通っていたからあんまり参考にならんかった」

「下さい。勉強したいので」

「分かった。ほい」

 兵法書を渡され、吉継は笑顔を見せる。

「若殿、ありがとうございます」

 そして、深々と頭を下げた。

 世間的には、癩病らいびょう(現・ハンセン病)への理解が低い現状であるが、大河には偏見が無い。

 鶫や吉継を厚遇しているのが、何よりの証拠でもある。

「若殿、ご相談なんですが」

「うん?」

「実は漢の武将が書いた兵法書を探しているのですが、どうしても図書館で見つからないんです。もし出来たら、探してもらえませんか?」

「いいけど、確約は出来んな。日ノ本に無ければ多分、大陸だろうが、大陸はあの状況だから」

 中国大陸は、未だに、


・モンゴル帝国

・ロシア帝国

・清(満州民族)

・明(漢民族)


 の四つの勢力による大戦状態にある。

 当然、大陸にあれば入手は困難だ。

「分かっています」

「んじゃ、探すわ。だが期待はしないでくれ」

「はい」

 大河に頭を撫でられ、吉継は笑顔を見せるのであった。 

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