第890話 純一無雑(じゅんいつむざつ)

 万和7(1582)年3月30日。

 早朝。

 大河の寝室に不審な動きが。

「……」

 不審者は布団に潜り込むと、そのまま大河の体を這い、上半身へ。

 毛布から顔を出す。

「おはよう、累」

「……ちち、きづいていた?」

ふすまを開ける音がしたからね」

「ちちのけちんぼ」

 唇を尖らせた累は、大河の胸に頭突きを食らわす。

「痛いよ」

「ちちがわるい」

 と言いつつ、スッキリしたのか累はそのまま寝転がる。

「ねむたい……」

「んじゃ、おやすみ」

 大河に抱きしめられ、累は微笑む。

 大好きな父親を独占出来る貴重な瞬間だ。

(ちち……だいすき♡)

 笑顔で二度寝を決めるのであった。


 塁は、山城真田家の長女だけたって、次期当主の最有力候補だ。

 当然、箱入り娘として育てられているのだが、放任主義でもある為、不自由なことはない。

「伊万~」

「はい。累様」

「ちちのしょーぞーが、かきたい。絵具えのぐどこ~?」

「第八倉庫ですね。何色なんしょく使います?」

「わかんない」

「では、取り敢えず20色ご用意しますね。足りない時は追加します」

「ありがと~」

 伊万を送り出した後、累は画用紙を広げる。

「んしょんしょ」

 累の趣味は絵画制作だ。

 めご姫が物書きを生業なりわいにしているように、大河の愛娘は文化的な才能があるようだった。

「あ、かわや。かわや」

 尿意をもよおし、累は自室を出ていく。

「「あ」」

 廊下でバッタリ遭遇したのは、琉球出身の神官・仲村渠なかんだり糸。

 大河に提出する報告書を抱えている。

「糸様~」

 両目を宝石のように輝かせて、累は抱き着く。

「累様」

 困った顔で糸は尋ねる。

「厠をご優先された方がよろしいのでは?」


 糸は超能力者なので、相手の状態がある程度分かる。

 厠を見抜き、累を連れて行き、送り出す。

「まっててねぇ」

「はい」

 累が厠に居る間、糸はその前で待つ。

(主君の子供か)

 琉球の文化を伝える行事で、何度か子供たちと接する機会があったが、それでもこのように1対1は、殆どない。

「んしょんしょ」

 厠を終えた累は、改めて糸を見上げる。

「おしごと?」

「はい。お父上様に書類を持ってきましたので」

「ちち、きょーは、ごしょだったと思うよ」

「あ、そうでしたか……」

 メモ帳で確認する。

「……そのようですね」

 日付を読み違えていたようだ。

 しかし、折角せっかく、登城したからには書類は置いていきたい。

 直接、手渡しをするレベルの書類ではないのだから。

「あ、済みません。これを若殿にお願いします」

「あ、わかりました」

 近くに居た女官に書類を渡す。

 これで今日の任務は、完遂ミッション・コンプリートだ。

「ねぇねぇ、糸~」

「はい」

「いれずみっていたい?」

「人によりけりかとは思いますが、私は痛かったですね」

「なんでいれるの~?」

「魔除けなどの意味です」

 琉球の女性が針突ハジチを行うのは、


・成女儀礼

・子孫繁栄

・魔除け


 などの為だ(*1)。

 史実では、明治32(1899)年に日本政府から禁止令が出たが、昭和初期までは密かに行われていた(*1)。

 現在は針突は禁止されている訳ではないが、沖縄県青少年保護育成条例第18条第3項にて、


『18歳未満の青少年には、正当な理由がある場合を除き入れ墨を施してはならない』


 とある為、基本的には18歳未満の青少年には、針突を含めた入れ墨は禁止されていることになっている。

 これは、日ノ本でも同じで針突の文化は理解しつつも、元服するまでは禁止の状態だ。

「……」

 累は、針突を凝視する。

「……」

「綺麗だね」

「そうですね」

 大河の娘だけあって、否定的なことは言わない。

(この子が主君になっても、琉球の文化は失われないな)

 糸は改めて、山城真田家の為に祈ることを決意するのであった。


[参考文献・出典]

*1:沖縄手作り銀細工 琉 HP

*2:平成21年(2009年) 第 5回 沖縄県議会(定例会)第6号10月5日 福祉保健部長

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