第889話 父子有親(ふしゆうしん)

 国立校の幼稚舎に通う与免は、園の人気者です。

「よめさま~、おしえて~」

「う~ん、これはねぇ~」

 実家の前田家、そして現在は山城真田家で既に高等教育を受けている与免は、幼稚園児ながら漢字が大得意です。

「これ、なんてよむの~?」

貼付ちょうふ

「じゃあ、これは?」

驟雨しゅうう

「これは?」

居丈高いたけだか

 場合によっては大人でも自信が無い難読漢字なんどくかんじをすらすらと読んでいきます。

 この上、国旗や地理、歴史にも詳しい為、才媛なのは間違いありません。

「凄いですね~。与免さん」

 先生が拍手すると、与免は自慢げです。

 (`・∀・´)エッヘン!!

「しゃなま様におそわったの~」

「あら~」

 事あるごとに与免は、大河の話をするので、幼稚舎では彼と彼女の関係は有名です。

「今日、真田様、お迎えに来る?」

「ん~。わかんない。いそがし~から~」

 大河が幼稚舎に来るのはまれです。

 責任者であるが、授業に介入することも監視することも無いし、教員側からは好意的に解釈され、保護者側もその自由主義を歓迎しています。

「でも、むかえにきてほしいなぁ」

「来たぞ~」

「!」

 与免が振り向きます。

 廊下に大河が居ます。

 普段、幼稚舎に来ることは稀ですが、今日は用事があって来たようです。

「しゃなま様~♡」

 大河に飛びつきます。

「幼稚舎、お疲れ」

「うん。つかれた~。ごほーびにあめ買って~」

「わかったわかった」

 投げやりのような回答ですが、大河は笑っています。

 与免の甘え方が露骨だったからでしょう。

 大河は与免を抱っこすると、その頭を撫でます。

「お? この漢字は?」

「みんながこまっていたらおしえたの~」

「良い子だ」

 更に撫でます。

「ニシシシシシシシ♡」

 与免は満足気で、同級生クラスメートたちを見下ろします。

 すごいでしょ? と。

「すっごい~」

「だっこ! だっこ!」

 同級生たちは、はしゃぎます。

 大河は1人ずつ頭を撫でると、保育士に会釈して出ていきます。

「きょーは、どーして?」

「『ここの運動場に植えられている桜が病気になっている』って話があったから、樹木医じゅもくいを呼んだんだよ。その手続きで来たんだ」

「じゅもく……い?」

「あー、言い方悪かったで。樹木じゅもく———木のお医者さんだよ」

「木もびょーきになるの?」

「生きているからね。怪我もすれば、病気にもなる」

 桜がかかる可能性がある病気は以下の通り(*1)。


 膏薬病コウヤクビョウ:枝にカビが生える

 こぶ病         :幹や枝に表面に亀裂が入ったコブを作り、年々肥大化

 せんこう褐斑病かっぱんびょう:葉に褐色の斑点ができ、中央に穴が開く

 根頭かんしゅ病     :地際の幹や根に大きなこぶができ、年々肥大化

 幹心材腐朽ふきゅう病:幹や枝が筋の入ったように腐れて枯れ、茸が生える

 幼果菌核病        :新梢部分が褐色に変わり枯れる

てんぐ巣病        :枝の一部が膨張

               その部分からほうきのように枝が多数発生


 その為、人間同様、治療が必要なのです。

「おいしゃさん……」

「与免は、将来何になりたい?」

「しゃまな様のお嫁さん~♡」

 頬擦りしますが、大河は苦笑いです。

 まだ冗談と思っている節もあるのでしょう。

「そうじゃなくて、職業———仕事だよ」

「お嫁さんは、しごとじゃない?」

「そうなるねぇ……仕事みたいな感じだけどね」

 主婦(主夫)を年収換算した資料があります(*2)。

 厚生労働省発表の『令和4年賃金構造基本統計調査』によれば、短時間労働者の1時間あたりの賃金は男女合計で1367円となっています(*2)。

 実際には、


・年齢

・勤続年数

・経験値


 等によって対価も大きく変わるものと考えられます(*2)

 家事で 1日8時間働く場合、「1300円×8時間=1万400円」。

 但し、専業主婦(主夫)に休日は存在しないので、月間30日働く場合は月収31万2千円(*2)。

 これを年収に換算すると374万4千円となります(*2)。

 言わずもがな8時間で仕事が完遂することは、ほぼ不可能の為、当然、残業が発生します(*2)。

 この為、残業分を含めた主婦(主夫)の月収は40万~50万に相当する可能性があるとされます(*2)。 

 また、主婦(主夫)には勤務時間、休日といった概念は存在しません(*2)。

 極論で24時間365日働いていると仮定すれば、「1123万2千円(=1300円×24時間×30日×12ヶ月)となり、年収1千万円貰っても多くないといった意見もあります(*2)。

 この資料から推定するに、主婦(主夫)業は結構な高収入と言えるでしょう。

「お嫁さん、しごとにしたい~」

「他家は分からんけど、我が家は仕事だよ」

「ほんとう? おかねくれる~?」

「勿論。労働には対価が必要だからね」

 両目を小判にした与免は、笑顔になります。

「嫁(与免)に小判~」

「そうだな」

 大河は笑って、与免の頭を撫で回すのでした。


[参考文献・出典]

*1:Flovia

*2:ファイナンシャルフィールド 2023年4月8日

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る