第880話 三尺童子(さんせきのどうじ)

 妻妾さいしょうと積極的に交流している大河だが、連れ子にも仲良しだ。

 日ノ本では最低、元服するまでは子供は親の責任の元、育てられる。

 出来なければ監護放棄ネグレクトとして処罰される可能性がある。

「義父上、立射りっしゃなんですが、この姿勢でいいですか?」

「うん。綺麗だよ」

 井伊直政の射撃訓練を、大河が見守っていた。

「ただ、もう少し集中した方が良い。心に迷いが見える」

「はい」

「迷いがあれば失敗する可能性もあるから、精神統一をした方がいいかもね」

「分かりました」

 大河の指導方法はあくまでも提案する形であり、所謂いわゆる「命令」は少ない。

 頭ごなしの命令は、


・部下が覚えづらい可能性

・パワハラのようで部下が委縮いしゅくする可能性

・部下の試行錯誤する機会を奪う可能性


 があるからだ。

 当然、それを聴く聴かないのも部下の自由だ。

 家臣団内での同調圧力も禁止である。


『やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。

 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず』


 という山本五十六(1884~1943)の精神での教育方法だ。

「義父上、いずれは部隊を率いたいです」

「能力があればな」

「はい。頑張ります」

 例え身内であっても、山城真田家は能力至上主義。

 極端に言えば、学歴や職歴が無くても能力さえあればどんどん昇進していく。

 直政の頭を撫でると、彼は気持ちよさそうに微笑むのであった。


 実子同様、可愛がっているのは大谷吉継だ。

 都内の巡回から戻って来た忠臣を出迎える。

「お帰り」

「あ、若殿。お早うございます」

「お早う。何も問題無かった?」

「はい。酔っ払いが少々」

「絡まれたら斬るんだぞ?」

「はい」

 日ノ本の警察は、現代の警察庁より過激だ。

 揶揄からかったり、投石したりしても現代の警察で射殺されることは無いが、日ノ本のそれは非常に沸点が低い。

 治安維持の為には、いかなる殺人も許されているのである。

「最近、夜勤続きだろ? 1週間休みはどうだ?」

「大丈夫です。もう少し続けさせて下さい」

「分かった。ただ、休みたければちゃんと申請するんだぞ?」

「はい」

 山城真田家は、超ホワイト企業なので、最近だと1日働けば3日休めるような勤務体系になりつつあった。

 労働者は休みが多い分、自由時間が出来て嬉しいのだが、全員が全員、自由時間を求めている訳ではない。

 中には完全週休2日制レベルの勤務体系を求める労働者も居り、そこは人それぞれだ。

「じゃあ、よろしく~」

 軽い感じで手を振り、大河は去っていく。

「はい。ありがとうございました」

 会釈した吉継に石田三成が、声を掛けた。

「若殿は、家臣に休みを与えたいご様子ですね」

「ご厚意は嬉しいんだけどね。休みが増えるとなまっちゃうし、何より自堕落じだらくになりそうだから、僕は今のままでいいよ」

「分かります」

 否が応でも働かせる上官も嫌だが、積極的に休みを推奨する上官もあまり良くはない。

 2人は苦笑いで主君を見送るのであった。


「……」

 愛王丸は仏典を読んでいた。

 そこに小少将が茶を出す。

「あ、母上。ありがとうございます」

「集中、邪魔しちゃった?」

「いえいえ」

 実の所、何度も読んでいるので内容は、頭の中に入っている。

 読み直しているのは、復習の為だ。

「昨日は飲みに行きましたよね?」

「ええ。若殿とね」

「義父上は酒をお飲みになられんですか?」

「全然。あの方、酒は1滴も飲まれないの―――ああ、仏教徒じゃないよ」

「分かっています」

 仏教では『飲酒戒おんしゅかい』なるいましめがあり、飲酒は推奨されていない(*1)。

 しかし、規律ルールでもない(*1)。

 なので、僧侶が飲酒しても問題はないのだが、やはり表向きにはグビグビ飲むのは好ましくないだろう。

「いつか義父上と飲んでみたいです」

「いいね。でも、高僧になった時で良いんじゃない?」

「分かりますが、甘えたい気持ちもあるので」

「分かったわ」

 フッと笑むと、小少将は抱きしめる。

「時間貰えるか聞いてみるわ」

「ありがとうございます」

 母子の時間は過ぎていく。


[参考文献・出典]

*1:菊の司 2020年3月20日

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