第759話 嵐影湖光

 20日間も夏季休暇はある為、今回は無計画だ(誾千代、早川殿、アプト、橋姫の出産も重なったのも理由の一つであるが)。

 伊万が旅行雑誌を片手に尋ねる。

「若殿、何処に行きます?」

「休みが長いけど、4人が出産したばかりだから、あんまり遠出は厳しいかな」

 出産は時に難産死する女性が出るほど、負担が大きい。

 それを乗り越えた後、すぐに体力が回復出来るのは、不可能だ。

 その膝の上には、誾千代、早川殿。

 左右には、アプト、橋姫が鎮座している。

 実験的に夫婦が別れていたのだが、大河も4人もお互いを求め合い、結局、同居することになったのだ。

 不安視されていた新生児の耐性だが、璃子が「わてが魔力で守るで~」ということで万事解決したのは、数刻前の話である。

 久々に夫婦の時間を取り戻した5人は、イチャイチャを欠かせない。

 大河は誾千代の肩に顎を乗せつつ、早川殿のうなじに顔を埋め、左右の手はそれぞれ、アプト、橋姫を抱き締めている。

 その様子に璃子は、苦笑いだ。

「おとん、凄いな。同時に愛せるなんて」

「日常だよ」

 更に大河は、見せつけるように、項に埋没する。

「……もう」

 早川殿は呆れ気味だが、抵抗しない。

 前夫・今川氏真との夫婦生活はあまりにも楽しくなかった分、愛される喜びを知らなかった。

 なので、大河からデレデレされるのは、正直悪い気はしない。

 事実上の初婚と言ってもいいだろう。

「若殿♡」

 アプトは笑顔を隠さない。

 側室であり正室に配慮しなければならない立場なのだが、出産直後、実験的とはいえ大河と離れ離れになったのだ。

 橋姫も橋姫で密着が凄まじい。

 元々、嫉妬深い女神だけあって、大河への執着が無い訳ではない。

 大河と手を繋いだまま、彼の背後に抱き着き、女郎蜘蛛ジョロウグモのように絡みつく。

「おかん、そうしなくてもおとんは離れないで?」

「分かってる。でも、こうしたいのよ♡」

 大河のうなじに顔を埋め、橋姫は接吻をやめない。

 その為、項は口紅により真っ赤に染まっていく。

 橋姫なりのマーキングのようだ。

 空いた右側には、心愛と与免が座った。

「ちち♡」

「さなださま♡」 

「「おそと、いきたい♡」」

何処どこが良い?」

「う~ん?」

 考える心愛とは対照的に、

「うみ!」


 鶴の一声ならぬ、与免の一声にて山城真田家の旅行先が海に決まった。

 と行っても、今の海は何処もかしこも観光客だらけであり、貸切ることは難しい。

 そこで大河が採ったのは、

「まぁ、そうなるわね」

 朝顔は、湖から吹き上げる風を感じる。

 海が駄目なら湖で、という何とも安直な理由で決定したのが、琵琶湖だ。

 京から近い分、何かあればすぐに戻れることからも、山城真田家御用達の観光地になりつつある。

「「あははは!」」

 小太郎と桜は任務を忘れて、バシャバシャと水を掛け合う。

 琵琶湖は以前、管理者が居らず、水質が汚染していた為、それが問題化していた。

 が、安土桃山時代に入ると、業者が管理者となり、水質を綺麗にする特性を持つうなぎを大量に流したことで、汚染は改善されつつある。

 鶫は日傘を差して、太陽光から大河を守っていた。

「別に日焼けしてもいいんだけど?」

がんの原因になります故」

「まぁ……そうだけど」

 紫外線を長年に渡り受け続けた肌は弾力性を失い、

・しみ

しわ

いぼ

 が目立つようになる(*1)。

 これが光老化という現象で、癌の発生因子と考えられている(*1)という。

 日焼けは健康的に見られる場合が、医学的見地からすると、逆に危ないのだ。

 健康的な見た目を選ぶか、癌を避けるかは人次第であるが、鶫は後者である。

 護衛を名目に大河の傍から離れない。

「福利厚生でもあるから泳いでき」

「それは命令ですか?」

「いいや。提案だよ」

「では、このままで♡」

 鶫は笑顔で寄り添う。

 浜辺に居るのは、2人だけで後は浅瀬で水遊びや遠泳など、各々楽しんでいる。

 誾千代たちは、それぞれの赤ちゃんを抱っこして、浅瀬で貝拾いに夢中だ。

「「「「……」」」」

 生後直後の赤ちゃんたちは、生まれて初めて見る貝殻に両目を見開かせ、泣くことも忘れている。

 風が吹く。

 海の匂いが大河の鼻孔を突く。

(夏だな)

 お市の被っていた麦藁帽むぎわらぼうが空に舞った。


[参考文献・出典]

*1:前橋市医師会 HP 2000年6月30日

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