第758話 娘ノ逆襲

「緊急事態だね」

「ですね」

「だね」

 万和6(1581)年8月11日。

 朝から、お市の部屋で浅井家三姉妹は緊急会合を開いていた。

 3人が目下、悩ませているのが、生まれたばかりの璃子だ。

 生母・橋姫が体力低下により、大河との接触の頻度ひんどが減っている中、生まれたばかりで有り余るほどの魔力を持つ璃子は、彼と接触する機会を増やしている。

「真田様って方言が好きなのかな?」

「標準語を定めたのは兄上なんですけどねぇ」

「私たちも兄者が好む方言にしてみる?」

 お江の提案に、茶々、お初は腕組み。

「う~ん」

「方言ねぇ……」

 3人は、標準語に慣れている為、方言はもう殆ど出てこない。

 夢の中でも標準語だ。

 それを今更、方言に戻すのは、難しい話である。

「無理に変えるのは、駄目よ」

 心愛を抱っこしていたお市が加わる。

「貴女たちも知っての通り、あの人はを大事にされる方よ。急に方言にしたら心配されちゃうわよ?」

「「「……」」」

 ぐうの音も出ない、とはこういうことだ。

 大河は、基本的に矯正きょうせいには反対の立ち位置だ。

 子供が左利きで生まれてこようが、異性装いせいそうしようが、黙認している。

 流石に動物への悪戯いたずらは止めさせるが、兎にも角にも、子育ては自由主義リベラルなのだ。

皆様みなさま

 伊万が時機タイミングを見計らって話しかける。

「若殿が『朝食、一緒にらない?』と」

「行くわ」

「「行きます」」

「行く! 行く!」

 それぞれ、お市、茶々、お初、お江の談。

 4人は薄化粧を行い、大河の待つ食堂に向かうのであった。


「おとんって、改めてお番菜ばんざい、好きなんだね?」

「改めて?」

「お腹の時から見ていたからお見通しやで♡」

 璃子は、大河の肩に頬ずり。

 0歳児の赤ちゃんなのだが、最近は常に成人化した状態で、この通りべったりだ。

 所謂いわゆる、ファザー・コンプレックスのがあるのだろう。

 大河が食べているのは、

芋茎ずいき(里芋や蓮芋はすいも葉柄ようへい)、お揚げの炊いたもの(*1)

・大根、お揚げの炊いたもの(*1)

・鯛のあら、独活うどの炊き合わせ(*1)

・万願寺唐辛子とうがらし縮緬雑魚ちりめんじゃこの炊いたもの(*1)

 と、お番菜の例に出される料理だ。

「お番菜って庶民の料理やろ? 高いの食わへんのけ?」

「高いのは、三皇さんこうの仕事だから」

 三皇———朝顔、ヨハンナ、ラナの方を見ると、確かにキャビアやフォアグラなどの高級料理を食べている。

 無論、彼女たちが欲したものではない。

 全て友好国や地方から献上品なのだ。

 流石に食べない訳にはいかず、一度は食し、その礼儀に報いる必要がある。

 夫婦間で食事に格差があるのは、妙かもしれないが、平民と皇族(王族)には越えられない壁が存在している以上、仕方の無いことだ。

「おとんも食べたくならへんの?」

「一度くらいはいいかもしれないが、別にそこまで興味は無いよ。身分も違うしね」

「……せやったね」

 大河の返答に璃子は、いたく感心する。

 朝顔たちの結婚が円滑に進んだのは、その無欲さが大きく影響しているのは明白だ。

 職務に忠実で、常に妻を優先し、野心が一欠ひとかけらも無い。

 妻の取り巻きにも尊敬リスペクトも忘れない。

 特権階級には、まさに操作コントロールしやすい夫と言えるだろう。

「ちち」

「ちちうえ」

「うん?」

 心愛と累が一足先に御馳走様をして来てやってきた。

 因みにお市たちは、まだ食べ終えていない。

 熱々の味噌汁に4人揃って悪戦苦闘しているようだ。

 義理の姉妹は、同時に璃子を指さした。

「「いもうと?」」

「そうだよ。璃子、挨拶し」

「うん。おとん。累姉るいねえ心愛姉ここあねえ、初めまして。璃子や。今後、よろしゅうな?」

「「……」」

 成人女性に「姉」呼ばわりされ、姉妹は困惑の色を隠せない。

 そんな姉妹を璃子は、抱っこし、大河の隣に座る。

「可愛いあねさんやで♡ おとんのこと、好きか?」

「「……」」

 2人は両目を見開きつつ、頷く。

「せか。ええことや。でも、浮気性うわきしょうがあるから、ちゃんと見ておくんやで」

「璃子?」

「冗談やで。ほんま、おとん、冗談通じへんなぁ」

 呵々大笑かかたいしょうして、璃子は誤魔化すのであった。


[参考文献・出典]

*1:関西広域連合 HP

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