第757話 栄諧伉儷

 出産ラッシュにより、山城真田家は今夏、いつもより早く且つ長めに夏季休暇に入る。

 その期間は、万和6(1581)年8月11日~31日。

 実に20日間もある夏休みである。

 これほど長期化したのは、日頃の夏季休暇に、通常の有給休暇、それに育児休暇を合わせたものだ。

 1581年8月10日夜。

「……」

 与免は、明日から始まる夏季休暇を心待ちにしていた。

「……眠れない?」

 添い寝していた摩阿姫が問いかける。

「夏休みが楽しみ過ぎて?」

「うん。さなださまといっぱいあそぶから♡」

 日頃も沢山遊んでもらっているのだが、それでも遊び足りないのが、与免である。

「じゃあ、時間短縮でもう行ってみよっか?」

「うん。ごうねえさまにはないしょね?」

 隣で熟睡中の豪姫を見て、長姉ちょうし末妹まつまいは悪戯っ子のようにわらうのであった。

 

 それから半刻後(1時間)後。

 侍女の監視網を持ち前の小柄さで掻い潜った姉妹は、難なく大河の私室に侵入を果たす。

 私室には既に先客が居り、大河とお茶していた。

「明日から夏休みですね?」

「そうだね。阿国はどこか行きたい所ある?」

「若殿にお任せしますよ♡」

「松は?」

「湯村温泉ですかね。あそこは実家とゆかりがあるので」

 現在の山梨県甲府市に在る湯村温泉は、平安時代からの歴史を持つ場所だ。

 その発見者は、2通りの説が唱えられており、どちらが発見者なのかは確定していない。

 大同3年(808年)、弘法大師(空海)が発見(*1)

          鷲が傷を癒している所を湯村に住んでいた村人が発見

 その後、甲斐国(現・山梨県)が武田氏に統治されるようになると、信玄に愛されるようになった。

 天文17(1511)、上田原合戦後、30日間湯治し、「志摩の湯」と呼ばれた(*2)。

 こういった歴史から、松姫も昔、湯村温泉に行ったことがある。

泰平たいへいの世が訪れて以降は、温泉街も出来ていますし、若殿もご満足頂けるかと」

「いいな。20日間もあるし、それも一つの手だな」

 大河が前向きな姿勢を見た時機タイミングで、姉妹は勢いよくふすまを開けた。

「「さなださま♡」」

「おいおい、お市に怒られるぞ? 夜更かししちゃ―――」

「あした、やすみだから、ごーほー♡」

 与免は破顔一笑で、大河の膝に飛び乗った。

 摩阿姫は背中に回る。

 そして、がっちり抱擁すると、背伸びして囁いた。

「(お世継ぎのご出産、おめでとうございます♡)」

「ありがとう。芳春院様から贈答品貰ったよ」

「あ、そうですか。私たちも用意する予定でしたのですが……先を越されましたね。流石、母上」

 残念がる摩阿姫の頭を大河は撫でる。

「いいよ。言葉だけでも嬉しいから」

 待望の世継ぎ(候補)ということで、山城真田家には、日ノ本各地の貴族や武家から出産祝いの贈り物が届けられている。

 当然、それには礼状を送りかえさなければならない為、祐筆ゆうひつとなった鶫、伊万、与祢は文字通り目を回すほど忙しい。

 その上、普段の業務もある為、容量超過キャパオーバーになってもおかしくはない。

 なので、他の侍女も総動員され、返礼に努めている。

「あー。ねーさま、ずるい」

「長姉の特権よ」

「ねんしょうしゃがゆーせん」

 大河を挟んで姉妹は睨み合う。

 所謂いわゆる『深夜テンション』も相俟あいまって、2人は超元気だ。

「はいはい。そこまでよ~」

「暴れるならお市様に報告するよ~」

 阿国が摩阿姫を、松姫が与免を抱っこして引きはがす。

「「! ……」」

 お市に報告、という言葉を聞いて姉妹は、一気に静かになった。

 お市は普段は優しいのだが、義母という重要な役割を努める為、時に鬼になる。

 体罰が禁止している為、その類は行われないが、説教は非常に恐ろしい。

 また、程度が過ぎると実家に強制送還される可能性もある。

 大河は姉妹を優しく撫でた後、阿国と松姫の手を握ると、それぞれを左右に座らせた。

「もう遅いし、今日は皆で寝ようか?」

「「はい♡」」

「「は~い♡」」

 2人の妻と2人の婚約者は、元気よく返事する。

 大河としては、寝る時、妻たちと同衾どうきんしたかったのだが、婚約者が夜襲に来た以上、今晩はお預けを食らった形だ。

 布団に入った後、大河は婚約者たちに気づかれないように、妻たちの手を握る。

 そして、『愛してる』とてのひらに書くのであった。


[参考文献・出典]

*1: 日本経済新聞 2013年4月30日

*2:『甲陽軍鑑』

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