第754話 天資英明

 実の所、璃子は橋姫のお腹の中に居た頃から、自我じがが芽生えていた。

(なんや。わてのおとん、結構な色男やんけ)

 橋姫と大河は、赤い糸で結ばれている。

 それをへそから共有していた璃子は、母親同様、大河に興味を持っていた。

 そして出産後、暫く様子見ようすみをしていたのだが、母子保護の観点から実験的に大河との接触がたれてしまった為、止む無く本性をさらす手段を採ったのである。

 璃子が大河の私室に着いた頃、父親は井伊直虎、綾御前、小少将こしょうしょう同衾どうきんしていた。

 まじわっていたらどうしよう、と若干の不安を抱えていたが、事後じごのようで、4人は仲良く一つの布団を共有しているだけであった。

「直虎、順調に筋肉増えているな?」

「はい。稲様を目標としているので♡」

 直虎を抱き締めつつ、大河は次に綾御前を見た。

「綾、酒は程々ほどほどにな?」

「分かってるわよ」

 笑顔で返すと、綾御前は日本酒をラッパ飲み。

 水にお酒の匂いをつけているだけなので、実質、水なのだが。

 それでも酔っているのは偽薬プラシーボ効果なのかもしれない。

 3人の内、小少将は、既にノックダウン状態のようで、

「zzz……」

 大河の腕に絡みついたまま眠っている。

 激しく愛されたようで、3人の中で最も夜着が乱れている。

 大河が求めたのか、小少将の希望なのかは定かではない。

(戦場で暴れない苛々いらいらを夜伽で発散しているのね)

 透明人間になった状態で、冷静に分析していると、

「誰だ?」

 鋭い視線と共に大河が枕元に忍ばせていた小刀を投げつけてくる。

「おっと」

 すんでの所で避けるも感心だ。

(この状態でも分かるんや。流石、おとんやね)

「誰だ?」

 再度の質問に、璃子は両手を挙げて透明の状態を解く。

「「「!」」」

 現れたのが、赤子だった為、流石の大河も驚きを隠せない。

 無論、直虎たちも。

「「……赤ちゃん?」」

「璃子?」

 直虎、綾御前は混乱状態だが、自分の子だけあって、大河はその正体を見破った。

「流石、おとんやね。せやねん。わて、璃子やねん」

「「「……」」」

 流暢な関西弁に3人は、二の句が継げない。

 てくてくと歩いていき、璃子は、大河の膝に飛び乗った。

 我が子であっても、0歳でこれほど喋り歩けるのは、肉親でも恐怖を感じてしまうだろう。

 もっとも、親ばかな大河には、その気配は無い。

「聡明だな? 璃子は?」

「驚かないのけ?」

「驚いているよ。でも、早くから交流出来るのは嬉しいから」

「……」

 これには、璃子も1本取られた。

 そもそも大河は、相当な子煩悩こぼんのうであることを失念していた。

「耐性は大丈夫なのか?」

「わて、あのおかんの娘やで? 病原菌に強いやで?」

「……じゃあ、橋と会いたいな」

「そりゃあありがたいけど、おとん、性欲強いやん?」

「う、うん」

 直球の質問に大河は目を見開くも、怒ることはない。

 子煩悩の為、子供を叱るには、あまり慣れていないのだ。

「おかん、わてを産んだ直後やから、体力が衰えているやで。その状態で抱かれたら、流石に早死にするやで」

「……分かった」

 橋姫と再会したい一方、その可能性は大河も考えていた為、自重していたのだが、璃子も同じ見解だったようだ。

「……」

「なんや? じっと見て?」

「いや、何で喋れて歩けるのかな? と」

「そりゃあ、わては鬼と天狗の血を引き継ぎ、その上、天下の近衛大将をおとんに持つ女やで。そちゃあ天才よ」

「じゃあ、試しに質問しても?」

「何でもええよ」

「ピカソの本名は?」

「「?」」

 突如知らない人名に直虎たちは、首を傾げた。

 それもそうだ。

 ピカソ(1881~1973)が活躍したのは、20世紀。

 16世紀の人間には「誰それ?」な未来人である。

 意地悪を意図に込めた大河だったが、

「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ。合ってるか?」

 璃子は、即答した。

「……凄いな?」

「言ったやろ? わてはあんさんの知識も受け継いでやで。何なら寿限無じゅげむも言えるで?」

「……じゃあ、言ってみ」

寿限無じゅげむ寿限無じゅげむ五劫ごこうのすりきれ、海砂利かいじゃり水魚すいぎょの、水行末すいぎょうまつ雲来末うんらいまつ風来末ふうらいまつ、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの、長久命ちょうきゅうめい長助ちょうすけ」(*1)

「……」

「どや?」

 文字通り、璃子はどや顔を見せる。

「正解だよ」

 大河は苦笑いし、直虎たちは、

((璃子、恐ろしい子……!)

 と、白目蒼白で固まるのであった。


[参考文献・出典]

*1: NHK教育テレビ おはなしのくにクラシック

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