第737話 愁苦辛勤
―——
『
=偉い人の前に出た時は、目立とうとしないこと
=道で会った時は跪いて通り過ぎるのを待つこと
用事を申し付けられたら敬意を払って聞くこと
=昔は心は胸に在ると考えられていた
慎み深い態度で挙動不審になってはいけない
=質問されないなら答える義務は無い
何か仰られる時は
=三宝(仏、法、僧侶)には三度礼をして敬意を示すこと
神社での礼は2回すること
=知人に会ったら1回頭を下げること
師や偉い人には敬意を込めてお辞儀すること
=墓前通過時は慎ましくすること
神社前通過時は、乗り物から降りること
=寺の堂塔前では不謹慎な言動は厳禁
=尊い教えが説かれている時は、静かに耳を傾けなこと』(*1)
―——
『童子教』の初めに書かれた部分を初等部の児童たちは、
「「「……」」」
真面目に黙読している。
教壇に立つのは、黒色の
袈裟の色は宗派によって階級が違う為、一概に言えないが、愛王丸が修行している寺院では、修行中の僧侶は皆、黒と決まっている。
「……せんせ~」
「はい」
当然、教員免許は持っていないのだが、幼い子供たちには、外部講師も職員も清掃員も皆、「先生」なのである。
愛王丸は
「このかんじ、わかんない~」
「これはですね―――」
黒板に文字を書く。
子供たちは、威厳のある偉そうな大人よりも愛王丸のような、年齢が近い者の方が緊張しにくい。
その為、気兼ねなく質問することが出来る。
「———こういう意味ですよ」
「せんせ~、ものしり~」
「は、はぁ……」
女子生徒に褒められ、愛王丸は苦笑いするのであった。
傷病休暇中の鶫は、布団の上で
「……」
手鏡で自分の顔を確認する。
少しふくよかになった感じに、
ほぼ寝たきりな状態なので、鍛える機会がなくなり、少々肥えた。
他人には分からないくらいの僅かな増量だが、筋肉質な体躯が好みの大河がどう思うだろうか。
人妻や
なので、好みではないのだろう。
「……はぁ」
嘆息していると、小太郎が水を持ってきた。
「体調、大丈夫?」
「あ、うん……」
「主が心配して来たよ?」
「え?」
見上げると、小太郎を抱き寄せる大河が居た。
「若殿!? ―——あ、痛!」
慌てて姿勢を正そうとするも、腰が痛く、動けない。
「無理するな」
大河は小太郎を抱き締めたまま鶫の目の前で座る。
「申し訳御座いません。こんな姿勢で……」
「そのままで良いよ」
小太郎の顎をタプタプさせつつ、大河は続ける。
「負傷兵に無理させることは無いから」
「……申し訳御座いません」
何度も鶫は謝る。
自分が欠けたことで、用心棒の班には、井伊直虎と稲姫が加わった。
武に自信がある鶫だが、厳しい戦国時代を生き抜いた姫武将2人には、到底敵うことはない。
特に稲姫は、猛将・本多忠勝の長女だ。
焦るのは駄目なのだが、相手が強敵な以上、不安になるのは当然のことだろう。
「……代替要員は活躍していますか?」
「まぁな。すぐ慣れたし」
「……私、復帰した後はどうなるのでしょうか?」
「復帰しても体力や筋肉が落ちてるだろうから、すぐには現場には立たせんよ。徐々にだから」
「……はい」
不安感からすぐにでも現場復帰したい鶫は、理想と現実の乖離から心が
室内には入ってきていないが、用心棒である以上、2人も近くに居る筈だ。
自分と離れた後、大河は2人と合流するのは、非常に心苦しい。
「……」
いけないことと分かりながらも鶫は、大河の手を握る。
「若殿、お時間は大丈夫でしょうか?」
「半刻(現・1時間)後には出ないといけないがな」
「……限界まで一緒に居て下さいます?」
「分かったよ」
大河は微笑んで、その背中を優しく撫でる。
腰に触れないのは、彼なりの配慮であろう。
「……ありがとうございます♡」
同衾出来ないが、その分、純愛を愉しむことが出来る。
鶫は限られた半刻の間、小太郎と共に大河とイチャイチャするのであった。
[参考文献・出典]
*1:齋藤孝 『こどもと声を出して読みたい 童子教 江戸・寺子屋の教科書』 2013年
到知出版社 一部改定
*2:新纂浄土宗大辞典
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます