第734話 門前成市

「あにうえ、どう?」

「ありがとう。気持ちいいよ」

「えへへへ♡」

 与免は、笑顔で肩揉みを続ける。

 大河の膝の上のお江が睨む。

「兄者、私もしたいんだけど?」

「ありがとう。でも、与免だけで十分だよ」

 正直な所、全然力が入っていない為、形だけなのだが、与免の思いは伝わるので、大河は満足していた。

「……つかれた」

 握力が無くなってきた時機で、与免は中断。

「お疲れ様」

「じゅーす、飲んでいい?」

「いいよ」

「わぁい♡」

 与免はドリンクバーの下へ駆け寄る。

・お茶

・炭酸飲料

・果物系ジュース

 などが詰まったそれは、家臣用のケータリングなのだが、幼妻や子供も使っている。

栄養過多の為にお茶以外は1人1日3杯までという制限がついているが、家臣、女官、侍女からの評判はおおむね良い。

 風呂上りのコーヒー牛乳のごとく、腰に手を当てて、豪姫はオレンジジュースを飲んでいた。

「……ぷは♡」

 完飲後、豪姫は紙コップをゴミ箱に投げ捨てて、与免とは行き違いで大河の下にやってくる。

「にぃにぃも何か飲む?」

「お茶を飲みたいね」

「じゃあ―――」

「失礼します」

 豪姫をさえぎって、珠がお茶を差し出す。

「どうぞ」

「ありがとう。珠もくつろいでていいからね?」

「はい」

 頷くも、珠は仕事モードの顔だ。

 先ほど、肩もみを与免に奪われたことを根に持っているのだろう。

 心なしかその姉・豪姫に対する当たりも若干きついように見える。

大人気おとなげないな)

 仕事に対する士気の高さは認めるものの、態度に出すのは評価出来ない。

「♪」

 豪姫は鼻歌まじりに、大河の膝に座ってはお絵描きを始めた。

 豪姫が気にしていないようなら問題無いのだが、禍根かこんは念の為、摘む必要がある。

「珠」

「はい」

「ここに座って」

 大河は自分の横を指し示す。

「は」

 指示通り、珠が座ると大河はお江、豪姫を抱き締めつつ寄りかかる。

「若殿?」

「重かったら言えよ? 無理強いはしないから」

「……はい♡」

 珠に甘える大河にお江は、ジト目を向ける。

「兄者……」

 それから後頭部を押し付け、グリグリ。

「痛いよ?」

「私の心の痛みだよ」

 お江は涙目で抗議する。

 イチャイチャしたいのに当の大河は、与免や豪姫、珠と交流しているのだ。

「御免て」

 お江の頭を撫で、その頬に接吻する。

 それから、

「(今晩、逢引行こうか?)」

「! 行く♡」

 逢引の誘いにお江は笑顔になる。

「にぃにぃ、夜出るの~?」

「うん。ちょっとね」

「わたしも行っていい?」

「子供は寝る時間だから駄目。元服後な?」

「え~……」

 露骨に不快な色を浮かべる豪姫。

 ジュースを一通り飲んできた与免も会話に混ざる。

「あにうえ、逢引?」

「そうだよ」

「どこに行くの?」

「さぁ。決めてない。お江、希望はある?」

「兄者の希望は?」

「無いよ」

「いつもは私たちに配慮しているんだから、時には兄者の好きな場所に行きたいんだけど?」

「好きな場所……う~ん……」

「花街は無しだよ?」

「う……」

 先手を言われ、大河は、二の句が継げない。

「はなまちって?」

「どんなところ~?」

「2人が知るのはまだ早い所だよ」

 お江は笑顔で2人を抱き締めて、それ以上の興味が向かないように圧迫するのであった。


 夜の逢引は、警備上の観点などから昼間と比べると、あまり遠出は出来ない。

「……何で母上と姉上も一緒なの?」

「まぁまぁ」

「茶々姉様が『行け』って」

 大河の左右の腕を掴むのは、お市とお初。

 溢れたお江は、大河の肩の上だ。

 護衛は、井伊直虎、幸姫、稲姫、小太郎。

 女官には、楠、珠がついている。

 与祢、伊万のコンビも同行したがっていたが、亥の刻(現・午後9時)以降、元服前の未成年の外出は条例により禁止されているので実現することはなかった。

 未成年が夜間に外出出来るのは、

・学習塾

・通院

・夜間定時制

 などの理由に限る。

 余談だが、現代でも各自治体が条例を制定している為、未成年者は遵守じゅんしゅしなければならない。

 ―——

 例

・神奈川県(*1)条例第24~25条    午後11~翌日午前4時

・大阪府 (*2)条例第25条、第41条  午後11~翌日午前4時(16~18歳未満)

                    午後8時~翌日午前4時(16歳未満)

 ―——

 京では、他都市と比べてより厳格に午後9時を制限時間タイムリミットに設定していた。

「貴方、どこ行く?」

 お市は久々の逢引にテンションが高い。

「三条河原かな」

「処刑場だよ。あそこ」

「でも、逢引の定番の場所だよ」

「そうなの? よくあんな怨念めいた場所に行けるわね?」

 お市は呆れて開いた口が塞がらない。

「景色が綺麗だから仕方ない」

 大河は答えると、左右を手の握力を強めつつ、自分の首を挟むお江の太腿ふとももに頬ずりするのであった。


[参考文献・出典]

*1:神奈川県 HP

*2:大阪府  HP

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