第719話 氷炭相愛

 二条城から帰ると、朝顔が出迎える。

「お帰り」

「ただいま」

 2人は抱擁し、再会を喜ぶ。

 上皇が直々に出迎えるのは違和感があるが、朝顔は振舞っているだけなので他意は無い。

「大変だったらしいね?」

「そうだね。忙しくて眠れなかった時もあったよ」

「聞いてる。しばらく代休取るの?」

「そうだね。そうしようかな」

 疲れているのは事実なの為、この時機タイミング気分転換リフレッシュ休暇を取るのも良いだろう。

 気分転換休暇は、企業によっては導入していない場合もある為、聞き馴染みが無い人々も居るだろう。

 公務員の世界での代表例が「夏季休暇」であろう。

 自治体や雇用形態によって違いがあるかもしれない為、一概には言えないが、大体は7~9月の間での消化が推奨(あるいは義務化)されている。

 現在はまだ6月なので、その範囲内ではないのだが、ホワイト企業・山城真田家では、いつでも使えるのだ。

「じゃあ、私も取ろうかな? いい?」

「いいけど、日程調整しないとね。重要な公務と被ったら難しいし」

「分かってるって」

 基本的な公務は帝の仕事なのだが、上皇・朝顔は暇、という訳ではない。

 帝が巡幸中に外国から訪問者が来れば、その対応をしなければならないし、その逆もあり得る。

 帝が休暇中には、国事行為をする必要もある。

 その為、休む時には事前に調整が要るのだ。

「さ、行こう?」

「ああ」

 朝顔は大河の手を掴むと、天守へと導く。

 女性は内という前時代的な考え方が無い証左である。

 グイグイ引っ張ると、天守に繋がる階段を駆け上がるのであった。


 天守に上がると、4人の妊婦が待っていた。

「「お帰りなさい」」

「「お帰りなさいませ」」

「ただいま」

 誾千代、橋姫、早川殿、アプトの順番に接吻した後、大河はその大きくなった腹部にも接吻を行う。

 父親としての愛だ。

 この時も朝顔の手を放していないことから、大河が平等に愛していることが分かるだろう。

「……」

 朝顔が気を使って離そうとするも、大河は逆に力を入れて離さない。

 それから強く抱き寄せる。

「夫婦なんだから、今から生まれてくる子供たちにちゃんと見せておかないと」

「……そう、かな?」

 戸惑いつつも朝顔は4人を見た。

「陛下、私の子供でもありますが、この子は陛下の子供でもあります」

「誾の言う通りです。気を使わないで下さい」

 誾千代と橋姫の強い言葉に、朝顔は頷く。

「うん……分かった」

 山城真田家では、血の繋がりは然程さほど重視されていない。

「……」

 朝顔はじっと、4人のお腹を見る。

 そして、口を開いた。

「皆、私の子供だからね。元気な顔を見せるのよ?」

 出産への圧力プレッシャーをかける訳ではないが、義母になる以上、これから生まれてくる子供に敬意を払わないといけない。

「「「「……」」」」 

「あ?」

「嘘?」

「蹴った?」

「マジ?」

 朝顔の思いが伝わったのか、赤子はお腹の中で動くのであった。


 私室に入った大河は、そこで待っていた姫路殿、松姫、阿国、稲姫と呼吸するかの如く一戦交えた後、一息つく。

「……ふぅ」

「お疲れ様です」

 井伊直虎が手巾とお茶を用意する。

 全てが終わった時機での提供だ。

 直虎は一瞬、寝室の方を見た。

 襖で閉められ中身は見えないが、瀕死ひんしの4人が折り重なるように倒れていることだけは想像出来る。

「ありがとう」

 お茶を一口飲んだ後、大河は直虎の手を握り、隣に座らせる。

「あの……?」

「分かってる。嫌ならしないよ」

「……はい♡」

 今は癒したいだけだった為、直虎も安心する。

 愛されたい気持ちもあるにはあるが、流石に今はそんな気分ではない。

「陛下や奥方様は?」

「摩阿たちと一緒にお風呂だよ」

「いいんですか? ご優先されなくて?」

「休暇取るからね。焦ることはないよ」

 直虎に寄りかかり、大河はそのまま膝に頭を預ける。

「真田様?」

「耳かき、お願い」

「はい♡」

 甘える夫が可愛く見え、直虎は夫婦愛を感じるのであった。

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