第720話 良夫賢妻

 万和6(1581)年6月20日。

 大河と朝顔は、気分転換リフレッシュ休暇を取得した。

 大河の場合は、後任の景勝が育ってきている為、今すぐにでも任せてもいいくらいだ。

 朝顔の方も、国事行為は基本的に帝の仕事だ。

 その為、帝と比べると休暇を取りやすい環境下にある。

「♪ ♪ ♪」

 鼻歌交じりに荷造りをする朝顔。

 帝は苦笑いだ。

「陛下、楽しそうですね?」

「休みだからね。陛下も定期的に取りなさいよ?」

「分かっています」

 三流の週刊誌では、両者があまり接しないことから不仲説を報じているが、実際には仲良しだ。

 おおやけ中々なかなか一緒にならないのは、事故対策の為である。

 角界でも横綱が2人居た場合、墜落に備えて同じ飛行機に乗らないという。

 朝廷でも同じで万が一に備えて、冠婚葬祭以外には中々、一緒になる機会は少ない。

「出来た♡」

 着替えなどを詰め込んだ朝顔は、満足気に旅行鞄を閉じる。

「休暇中は何なさるんで?」

「買い物かな。買いたい服あるし」

「ごゆっくりお休み下さい」

「ありがとう。陛下も定期的に―――」

「分かっています。陛下の休暇明けに取りますから」

「よろしい」

 朝顔は、帝を褒める。

 公には出ない家族の会話だ。


 御所を出ると、大河が御料車ごりょうしゃの前で待っていた。

「あ、待ってた?」

「いいや」

 大河が御料車の後部座席を開けると、

「「「陛下♡」」」

 ヨハンナ、ラナ、マリアが手を振った。

「あれ? 3人も?」

「サナダが『帰りに一緒に買い物でも?』って誘ってくれたんですよ」

 ラナが朝顔の手を握り、車内に引き込む。

 大河も車内に入る。

 御者ぎょしゃは鶫だ。

 運転席から振り返り、硝子越しに全員が着席したのを確認した後、

「は!」

 と、むちを振るう。

・上皇

・元教皇

布哇ハワイ王国王女

 が勢揃いし、その上、近衛大将まで居る為、警備は厳しい。

 御料車の周りを騎馬隊(現・京都府警騎馬隊)の騎馬警官が囲い、京都新城まで護衛する。

 以前はそれほど厳重ではなかったのだが、『念には念を入れよ』。

 朝廷が権力を持てば持つほど、警備に関して厳しい姿勢を望むようになったのだ。

 車内での布陣は朝顔、ヨハンナが大河の膝の上。

 ラナ、マリアがその左右である。

 朝顔が、大河に抱擁されながら尋ねる。

「買い物ってどこに行くの?」

四条河原町しじょうかわらまち。何でも、珠が新しい衣服を意匠計画いしょうけいかくしたんだって」

「そうなんだ」

 珠は、国立大学芸術学科服飾学部に在学中の女子大生である。

 学生の身でありながら、自前の店舗を持ち、次々とヒット商品を出すのは、服飾業界の寵児ちょうじであろう。

 その分、ねたそねみ嫉妬もあるだろうが、珠は大河の側室でもある。

 愛妻家で妻を傷つけられると、笑顔で加害者の息の根を止める大河が背後に居るのだから、珠に敵意を抱いても実際に実行に移す者は今の所居ない。

「出資したの?」

「いいや。何もしていないよ。光秀殿が後援者らしいから、お金の出所でどころはそこだろうね」

「案外、妻の事業には財布のひもが固いのね?」

「また子供達が増えるからね。出費は控えたい所だよ」

 子供を出されたら、流石に妻側も言いにくい。

 妻の甘えを何度も聞く愛妻家と思いきや、ちゃんと線引きがはっきりしていた為、4人は安心する。

「貴方って、愛妻家に見えて結局は子供が優先なのね?」

「当たり前だよ」

 肯定しつつ、ヨハンナの首筋に顔を埋める。

「あ♡」

「子供が居るのにそっちに使わないのは、経済的虐待だからね。子供が最優先だよ。妻は二の次」

「……そうだね」

 マリアも感心しきりだ。

「奥さんしか考えていない膃肭臍オットセイかと思いきや、ちゃんと考えているんだね?」

「勿論」

 マリアにも手を伸ばし、その頬を撫でる。

「子供に見向きもしない男との生活は嫌だろう?」

「まぁね」

「そういうことだ」

 最後にマリアを抱き寄せる。

「行く行くは皆の子供が見たいな」

「私にも好機があるんですね?」

「そりゃあ夫婦だからね。機会は平等だよ」

「……はい♡」

 普段はヨハンナやラナに配慮して一歩引いたマリアだが、大河に好意が無い訳ではない。

 ヨハンナなどと比べると、同衾どうきんする頻度ひんどは低いが、それでも同衾すれば、激しく愛し合う。

 マリアはしな垂れかかり、大河を熱い眼差しで見る。

 イギリスでは出来なかった夫婦生活を謳歌する為に。

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