第717話 前程万里

 万和6(1581)年6月15日。

 二条城の託児所に摩阿姫、豪姫、与免の姿があった。

 二条城は基本的に一般人の立ち入りが禁止されている為、特別な事情が無い限り、登城出来ないのだが、3人が出来たのは「近衛大将の妻」という理由が通ったからである。

「「「……」」」

 3人は侍女の子供達に囲まれつつも、静かに時間を待つ。

 そして、昼頃、

「皆、居る?」

 幸姫が顔を出した。

「うん!」

 与免が元気よく立ち上がった。

「真田様が『お昼、一緒に食べよう』って」

「いくいく~♡」

 豪姫は笑顔になり、

「……」

 摩阿姫も嬉しさを噛み殺し、静かに立ち上がる。

「ね~さま。だっこ♡」

「はいはい」

 与免を抱っこし、片手で豪姫の手のひらを握る。

 摩阿姫が不安げに尋ねた。

「姉様、真田様、過労らしいけど大丈夫なの?」

「楠、珠、小太郎、鶫、直虎が交代で看ているから大丈夫よ」

「そう……なんだ」

 頼られない現実に摩阿姫は、歯噛みする。

「支えるのは元服後ね?」

「分かってるよ」

 話をしつつ、4人は城内にる大河の詰め所に入った。

 流石に天守は、秀吉の私邸なので、入ることは出来ない。

 それにおおやけの肩書では秀吉の方が上の為、大河もその点はわかっている。

「「「!」」」

 3人は大河を見るなり、息を飲む。

 京都新城ではあれほど元気だった大河が、寝込んでいるのだ。

 少し体重も落ちたのか、ゲッソリしている。

「ああ、皆。よく来たね」

 大河はお市の膝枕を受けつつ、小さく手を挙げる。

「……にぃにぃ、たいちょーわるい?」

「いや。大丈夫だよ―――ふわぁ」

 と言いつつ、大きな欠伸あくび

 お市が膝から大河を下し、添い寝する。

「この人、風邪気味なのに『皆と一緒に食べたい』って……もう、馬鹿な

「あにうえ~。おかぜ?」

 与免が覗き込む。

「寝不足だよ」

「……分かった」

 頷いた与免は、布団に頭から突っ込む。

「与免?」

「あにうえとおねんね♡」

 それから大河の両手を引っ張って、自分のお腹の上で交差させる。

「……せっかく、お弁当作ったんだけどなぁ」

 お市は寂しがるも、豪姫が背伸びしてその頭を撫でる。

「お昼寝してからたべるよ」

「食べてくれるの?」

「うん。義母上ははうえ様の手料理、好きだし♡」

 言わずもがな実母は芳春院なのだが、現在は千世の世話にかかりっ放しなの為、あまり手料理は食べれていない。

 その為、京都新城ではお市や小少将などが輪番で料理を振舞っている。

 侍女も作ることがあるのだが、それでも基本的には妻妾が行うことが多い。

 豪姫も布団に潜り込み、大河と与免の間に入り込む。

 姉妹は、長姉ちょうし次姉じしを手招き。

「幸姉様も♡」

「摩阿ねえさま~♡」

 2人は顔を見合わせた。

「呼ばれちゃったね?」

「姉様、どうする?」

「まぁ、いいんじゃない?」

 2人は苦笑いしつつ、布団に向かうのであった。


 一刻(現・2時間)ほど昼寝した後、元気になった大河は皆とお弁当を食す。

・サラダ

・おにぎり

・たこさんウィンナー

・卵焼き

 と運動会の献立みたいな内容だが、

「……うん。美味しいね」

「でしょう♡」

 大河から褒められ、お市の目尻は緩む。

 皇族や公家と会食する機会が多い大河は、当然、その舌も上流向きになる訳だが、かと言って一般的な料理を食べない訳ではない。

 おごらず、無欲なままの大河だからこそ、愛妾たちは愛想をつかすことがないのだろう。

「でも卵焼き、甘すぎない?」

「あー。子供たちの舌に合わせたんのよ」

 大河と三姉妹とでは、嗜好が違い。

 大河は卵焼きに胡椒こしょうを入れるのに対し、三姉妹は砂糖を入れる派だ。

「嫌だった?」

「いいや。時にはこういうのもいいよ」

 三姉妹の嗜好を否定せず、大河は甘い卵焼きを頬張る。

 相手が1人だとその味覚に合わすことが出来るが、大人数だと別々に作るのは、正直手間暇がかかる。

 その為、大河のような理解者は調理者にとって非常にありがたい。

「美味しいね?」

「うん♡」

義母上ははうえさま~。おかわり~♡」

 三姉妹はその膝の上で楽しそうに食べ、

「……」

 幸姫は静かに大河の背中に寄りかかってっている。

 4人とは血が繋がっていない為、義理の母娘になる訳だが、お互いに緊張感はない。

「与免、ご飯粒ついてるよ?」

「とって~♡」

「甘えん坊だな」

 苦笑いしつつ、大河が手を伸ばすも、

「必要ありません」

 摩阿姫が先に取った。

「! 姉さま?」

「婚約者なのでしたら、成長なさい。じゃないと、いつまで経っても子供扱いですわね?」

「!」

 涙目で大河を見た。

「あにうえ……わたし、こども?」

「う~ん……まぁ、そうだな」

「……おとなになれる?」

「それは与免次第だね。ただ、今のままだと摩阿の言う通り、子供のままだよ」

「……おとなになる」

「うん。がんばれ」

 大河に頭を撫でられ、与免は「えへへへ♡」と微笑む。

 大人宣言を出した直後、子供のように接しられたのだが、それに気づいていない。

(子供だなぁ……)

 内心で呆れ笑いつつ、大河は与免が満足するまで撫で続けるのであった。

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