第714話 周山街道

 長雨は、地盤を弱体化させる。

 万和6(1581)年6月10日。

 この日は晴れていたのだが……

「なんか焦げ臭いな」

「おい、渓流に火花が走ったぞ?」

「なんだと? ……そういや渓流に混ざっている流木、やけに多いな?」

 桂川付近の山岳地帯では、様々な異常現象が見られ、付近の住民の話題になっていた。

「これってもしかして……」

「そうだな。お殿様が配ってくれたあれに書いてあったような……」

 住民は家に戻ると、早速│配布物はいふぶつを確認する。

 ―――

『【土石流の前兆現象の一例】

・上流で崩壊や土石流が発生した為、地鳴りや山鳴り

 =岩がぶつかったり、木が折れたり、斜面が崩れた時の音


・崩壊した土砂が渓流内に流入した為に沢の水が急に濁ったり、渓流の流れに流木が混ざる


・雨が降り続いているのに渓流の水が急に減る

 =上流で崩壊が起こり、一時的に渓流をき止めた


・焦げくさにおいがしたり、渓流の中で火花が散る

 =渓流内で石同士や木が衝突


 など

【崩壊の前兆現象の一例】

・山の斜面に亀裂が発生


・山の斜面から小礫がパラパラと落下


・樹木が折れたり倒れたりし、山鳴りやバキバキと木が裂けるような音


・いつも見られた斜面からの湧水が濁ったり、急に止まる


 など

【地滑りの前兆現象の一例】

・斜面に段差が出たり、亀裂が生じる


・凹地ができたり、湿地が生じる


・斜面からの湧水が濁ったり、湧き方が急に変化


・石積がはらんだり、擁壁ようへき(斜面崩壊対策の為の壁状の構造物)にヒビが入る


・舗装道路やたたき(三和土)などにヒビが入る


・樹木、電柱、墓石などが傾く


・戸やふすまなどの建具が緩み、開け閉めが悪くなる

 など』(*1)

 ―――

「「!」」

 住民は慌てて火の用心で有名な拍子木ひょうしぎを持ち出しすと、左右に散ってはそれぞれ叫んだ。

「山が崩れるぞ~!」

「皆、逃げろ~!」


 土砂災害は都心部から離れた地域で起きやすいイメージがあるが、それでも被害が甚大な場合がある。

 日本では、

①島原大変肥後迷惑 寛政4(1792)年5月21日 死者約1万5千人

②山陰北陸豪雨   昭和39(1964)年7月17~20日 死者109人(*2)

③繁藤災害     昭和47(1972)年7月5日 死者60人 

④長崎大水害    昭和54(1982)7月23~24日 死者299人の大部分

⑤長野県西部地震  昭和59(1984)年9月14日 死者15(*2)

⑥地附山地すべり  昭和60(1985)年7月20、26日 死者26人(*2)

⑦針原土石流災害  平成9(1997)年6月9日 死者21人

 と江戸時代、昭和、平成と大規模な災害が起きている。

 寛政4(1792)年以降、日本では万単位の死傷者が出ていないが、世界では、

①アンカシュ地震       1970年5月31日 死者1万8千

②ネバド・デル・ルイス山噴火 1985年11月13日 死者2万3千

 と、起きている為、日本でも程度次第ではこのくらいの被害が出てもおかしくはないだろう。

 住民が避難を始めた直後、大きな地響きと共に斜面が崩れて落ちていく。

 その速さは特急列車並で、あっという間に飲み込んでいくのであった。


 同時刻。

 大河は、

・摩阿姫

・豪姫

・与免

 を膝に乗せつつ、左右に、

・お初

・お江

 を侍らせ、伊万と与祢に肩もみしてもらっていた。

「にぃにぃ、撫でて~♡」

「豪、上機嫌だな?」

「夢でねぇ。にぃにぃと逢引したの」

「ほぉ~」

「夢でね~。にぃにぃと結婚式したの」

「ほぉ、そこまで行ったのか?」

「うん♡」

 大河の胸板に後頭部を押し付ける。

 それに釣られて、与免もならう。

 一方、摩阿姫は、

「……」

 一言も喋らない。

 妹たちに遠慮しているのだろう。

 それを察したお初が助け舟を出す。

「(兄上、摩阿を―――)」

「あいよ―――摩阿」

「!」

 摩阿姫は頭を撫でられ、硬直した。

「最近、学業頑張ってるな?」

「……うん」

 いつもの冷静沈着な感じはどこへやら。

「兄者、全然わかってないねぇ」

「ん?」

 お江が寄りかかる。

「摩阿は茶々姉様みたいな感じなんだよ。ちゃんと優先しなきゃ」

「!」

 摩阿姫が振り返る。

 目の前では、お初とお江が大河を両側から接吻していた。

 頬に口紅が付着する。

 それを見た摩阿姫の心に嫉妬の色が帯びていく。

「……真田様」

「うん?」

「私を優先して下さい」

 そして、思いっきり抱き着く。

 それから甘えだした。

「真田様~♡」

 豪姫、与免に似た甘え方だ。

 そこはやはり姉妹なのだろう。

「「……」」

 与祢、伊万も甘えたいのか、肩もみの力が若干弱まっていく。

 それに気づいた大河は、後ろに手を回し、手話ハンドサインで伝える。

『後でな?』

「「!」」

 2人は笑顔でまた、肩もみは力を入れだした。

 全員に平等に愛を振舞った後、大河がリラックスしようとするも、

「若殿!」

 珠が血相を変えて飛び込んできた。

「周山街道にて、山崩れ! 死傷者多数!」

「「「「「「「!」」」」」」」

 衝撃的な報告に、女性陣は固まった。

 が、大河は、冷静沈着だ。

「光秀、光慶に行かせろ」

「は!」

 珠はすぐにきびすを返す。

「……若殿、驚かないんですか?」

「伊万、驚く時間ほど無駄だよ」

 固い表情で答えつつ、大河はショックを受けた三姉妹を優しく抱きしめるのであった。


[参考文献・出典]

 *1:徳島県庁 HP 県土整備部砂防防災課(警戒対策・管理担当)

 *2:編・萩原幸男『災害の事典』<初版> 朝倉書店 1992年

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