第715話 居安思危

 周山街道は山国荘やまぐにのそうに通じる大事な経路なのだが、如何いかんせん山道であり、また山賊も出ることから都心部と比べると、道路整備は進んでいない。

 宇津長成の一件でようやく日の目を浴び、予算が投入されるこいとが決まった矢先に土砂崩れだ。

 これほど不運が続くとは誰が予想出来ただろうか。

 長成に出し抜かれ、豊臣政権から白眼視されていた光秀は、これを不謹慎ながらも挽回ばんかい好機チャンスと捉えた。

「生存者を探し出すぞ!」

「「「応!」」」

 その家臣団は福知山や亀岡からの仲なので、絆は強い。

 蚊の鳴くような、か細い声を聴き洩らさないように、慎重に土砂の中に足を踏み入れる。

 父が必死で救出活動を当たる間、光慶みつよしは、付近の神護寺じんごじなどの僧侶と共に負傷者の手当を開始していた。

 珠が大声で指示を出す。

「明らかに死亡している者には黒の札を。まだ命のともしびが尽きていない者には赤を。現時点では安定状態だが、赤になりそうな者に黄色を。歩行可能な者には緑の札を手首につけて下さい!」

「「「はい!」」」

 非医療従事者にも分かりやすい識別救急トリアージに僧侶たちの動きも素早い。

 1人1人問診あるいは観察し、それぞれの木札をそれぞれの手首に装着していく。

 と、同時に│DMAT《災害派遣医療チーム》が都内各地の災害拠点病院から駆け付け、医療活動を始めた。

 彼らだけではない。

 看護学生や医学生も総動員されている。

 学生は正式には本職プロではないのだが、それでも、

・素人より医学の知識や技術を有している

・現場の経験に早くから慣れてもらう

 との理由から大河の指示で、駆け付けたのだ。

 中には、国立校の医学生、看護学生やその教授も居る。

 学生たちは初めて見る生と死の境目に呆然と立ち尽くす。

「「「……」」」

 今までは綺麗な校舎で座学だけをしていたが、目の前には泥にまみれ、枝が体に刺さり、激痛で苦しんでいる患者が居るのだ。

 更に既に黒の木札を手首に装着された遺体までもある。

 流石に布で顔は隠されているが、放置の感じは否めない。

 そのままにしなきゃいけないほど、現場は切羽詰まっているのであった。

「何をやっているか馬鹿ども! やる気がないならさっさと出ていけ!」

「「「!」」」

 教授に怒鳴られ、学生たちは我に返る。

 医療従事者全員が必死であった。


  捜索活動には、平賀源内が作った無人航空機ドローンも導入される。

 本来は国防用に造られたのだが、今では、過疎地域に商品や医薬品を運ぶ優れものになるなど、広く民間でも使用されている。

 その操縦者の1人には、光慶の顔もあった。

「……右、丑三つ時の方向に要救助者発見! 清正!」

「応」

 実働部隊は、加藤清正率いる七本槍だ。

 大人を指示する子供という構図は非常に具合が悪いのだが、これも全て大河の命令の為、両者にわだかまりは無い。

 清正は6人を連れて、馬に乗り、先ほど見た映像の記憶を頼りに場所を特定していく。

「あの木々に見覚えがあるな」

「そうだな。しかし、久しぶりの死臭だな?」

 福島正則が鼻をつまむ。

「久々だな。これだけ不快とは思わなかったよ……こういうのは子供に経験させちゃ駄目だな」

「ああ。この人事は殿なりの配慮なんだろうな」

 戦国時代は、子供たちが生首に白粉おしろいを塗るほど死が身近にあった。

 平和教育、人権活動が進んだ安土桃山時代には考えられないことである。

 七本槍も久しく死臭を感じていなかったが、いざ久々にぐと吐き気を催すほど厳不快だ。

 しかし、誰かがやらなければ、生存者は助からない。

 数年前までは敵将を打ち取れば打ち取るほど論功行賞の対象であったが、今は平時だ。

 戦国時代とは真逆で人命を助けるほど、生活は保障される。

 七本槍は名誉と生活の為に士気を高めるのであった。


 周山街道で救出作業が進む中、大河は二条城で、羽柴秀吉、そして勅使・近衛前久と会っていた。

「真田殿、現在の死者数は?」

「50人です。商人と農家が大半です」

「……復興できそうか?」

「すぐには厳しいかと。行方不明者を探し、生存者を救い、御遺体を集めた後、土砂の跡片付けをした上で、工事に入るので……少なくとも数年はかかるかと」

「……そうか」

 秀吉と大河。

 2人はお市を巡ったり、姫路殿を大河が寝取ったりするなど、女性関係で対立していたが、現在、その関係は修復されている。

 その理由は明らかだ。

 単純にパワーバランスに差がありすぎるのである。

 大河は近衛大将に就任し、織田信長と義兄弟の契りを交わした上で彼の親族であるお市や三姉妹と夫婦になった。

 更には、上皇・朝顔とも夫婦なので、農民出身の秀吉には勝ち目がない。

 あまつさえ、首相に就任出来たのも大河の推薦なので、これ以上、彼の顔を潰せば当然、政権は│死にレームダックだ。

 親族である妻・寧々ねね、弟・秀長も身内でありながら、現実的な路線で「真田と敵対するのは短所しかない」と否定的だ。

 こうも囲まれたら流石の秀吉も、愛妻を寝取られてもお手上げである。

 そういった事情から両者は、事実上の和解を果たしているのであった。

 話を聞いていた前久が挙手する。

「真田よ。両陛下が被災地の慰問を御所望しているが、いつの時期が良いか」

「は。両陛下がご訪問されるのであれば、全ての捜索活動が終わった後で宜しいかと」

「分かった。両陛下にお伝えしておく」

 朝顔とは京都新城で会える為、その時にでも話すことが出来るのだが、災害発生直後、大河は彼女の護衛を上杉謙信、景勝に任せ、自らは二条城に詰めていた。

 ハザードマップを作成し、過去の水害や地震から多くの民を救った大河は、災害の専門家としてここにいるのだ。

 帰宅はいつになるかは分からない。

 面倒だが、上司・近衛前久を通じてしか話せないのが実情である。

「次の議会には、周山街道の復興予算を盛り込んで下さい」

「そうするよ。問題は輸送だな」

「そうですね」

 周山街道が使えなくなった今、京北地域と京の通じる道は、現在の府道361号上黒田貴船線ごうかみくろだきぶねせんしかない。

 ただ、そちらも都心部から離れている為、あまり道路が整備されていない。

 輸送中に事故が起きる可能性があるのだ。

「閣下、山賊が跋扈ばっこする可能性もあります。軍を動員し、治安維持に専念を」

相分あいわかった」

 頷く秀吉。

 その内心は就任後、初めての難題だった為に緊張の色が見え隠れしていた。

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