第705話 酒嚢飯袋

 政権のトップは、羽柴秀吉であるが、実際の権力者は大河だ。

 その為、羽柴政権の殆どは「山城真田派」ということになる。

 対照的に古くから信長や秀吉に仕えていた所謂いわゆる、「織田派」「羽柴派」は風前ふうぜん灯火ともしびである。

「……どうにかならないかね」

 二条城の近くにある城下町にて、浅野長政は酒をあおっていた。

『浅野長政像』(蔵:東京大学史料編纂所)通りに頬がけ、土壌髭どじょうひげの顔をした彼は、秀吉の忠臣中の忠臣である。

 彼の妻は長生院ちょうせいいん

 その本名を「祢々やや」(良々やや)とも言い、名前から分かる通り、秀吉の妻・寧々ねねの妹である(※義妹説もあり *1)。

 その結果、長政は秀吉とは、寧々、祢々姉妹を通した義兄弟の関係性だ。

 そういうこともあってか、長政の秀吉に対する忠誠心は厚い。

 以下のような逸話が残されている。

 ―――

①小田原征伐(1590年)

 秀吉が沼津城に進軍の際、案内役の家康の家臣が舟橋を架けた。

 しかし秀吉は、側近の三成の言に従い、用心して渡ろうとしなかった。

 そこで長政が手勢を率いて先に渡り、舟橋の安全性を証明したという(*3)。

②小田原征伐(1590年)その2

 秀吉は、家康の居城の駿府城に宿泊する予定であった。

 しかし同じく三成が、

「駿河大納言殿(家康)は北条左京(北条氏直)の岳父がくふ(=妻の父)であり、内応している疑いがございます」

 と述べた。

 すると長政は、

「大納言殿はそのようなことをされる御方ではない。

 そんな偽りを信じてはいけませぬ」

 と秀吉に直言した。

 秀吉はその言葉を容れて駿府城に入城し、家康から手厚いもてなしを受けたという(*3)

③朝鮮出兵

 秀吉が文禄の役で自ら朝鮮に渡ると言い出した際、三成は、

「直ちに殿下(秀吉)の為の舟を造ります」

 と述べたが、長政は、

「殿下は昔と随分変わられましたな。

 きっと古狐が殿下にとりいたのでしょう」

 と述べた。

 秀吉は激怒して刀を抜いたが、長政は平然と、

「私の首など何十回刎ねても、天下にどれほどのことがありましょう。

 そもそも朝鮮出兵により、朝鮮8道・日本60余州が困窮の極みとなり、親、兄弟、夫、子を失い、嘆き哀しむ声に満ちております。

 ここで殿下が(大軍を率いて)渡海すれば、領国は荒野となり、盗賊が蔓延り、世は乱れましょう。

 故に、御自らの御渡海はお辞めください」

 と諫言したという(*4)。

 ―――

 これほど秀吉に忠誠を誓っていた長政だが、秀吉死後は徳川派に鞍替えし、関ヶ原合戦以降、浅野氏は江戸幕府を支える大名の1人としての歴史を歩んでいる。

 その長政は義兄の弱体振りに嫌気が差し、酒浸りの毎日を送っていた。

(……かくなる上は……)

 大河への殺意が一瞬思い浮かぶも、仲間は居ない。

 七本槍は羽柴派から山城真田派に鞍替え。

 最初こそ敵意を剥き出しにしていた加藤清正や福島正則であるが、現在は刃が抜けたかのように忠義を忘れたかのような者まで居る。

「……」

 思案にふけっていると、

「長政」

「!」

 ふと見上げると、大河が居た。

 左右に居るのは、お市、姫路殿。

「こ、近衛大将?」

「体調悪いと聞いて見舞いに来たんだが……酒か?」

 空の酒瓶を拾っては覗き込んだ後、放る。

「あ……あの……」

「酒は程々ほどほどにな?」

 見るからに分かる作り笑顔で、大河はきびすを返す。

 まるで「関わりたくない」とでも言いたげに。

「……」

 長政は手を伸ばすも……諦める。

 その後、長政は正式に要職ポストから解任されるのであった。


 信長や秀吉は分かりやすい粛清であるが、大河は暴力的ではない。

 斬首もつ違法も無い。

 ただ、解任するだけだ。

 要職に据えられていた武将たちは、一先ひとまず命の保障はされるのだが、約束されていた手厚い保障が無くなる為、路頭に迷うことは間違いない。

 更に問題なのは、官報で解任の報せが載る為、再就職には苦労することになる。

「物凄い冷たいんだね?」

 お市は、驚愕した顔で言う。

 夫は弱者に手を差し伸べることが多い手前、ほぼ初めて見る冷酷さだったから。

「……」

 姫路殿も前夫の義弟に対する冷たさに、あまり気持ちが良いものではなかった。

 大河の手を強く握りしめ、抗議の意思を示す。

「病気は責めんがな。休んでいて酒浸りは流石に擁護出来ん」

「「……」」

 大河は、2人を手を強く握り締める。

「酒は人を破壊するんだ。頑張る気力さえ失う。程々にしなきゃ殺されるのがだ」

「「……」」

「2人もああなるんじゃないよ?」

 2人に接吻した後、大河は思いっきり抱擁するのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:手島益雄 国立国会図書館デジタルコレクション 『浅野長政公伝』

   東京芸備社 1920年

*2:編・浅野史蹟顕彰会 国立国会図書館デジタルコレクション

  『浅野荘と浅野氏』浅野史蹟顕彰会 1917年

*3:大道寺友山『異本落穂集』

*4:『常山紀談』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る