第700話 孟仲叔季

「……」

 明智光慶は、言葉を失っていた。

 目の前に居るのは、膝の皿を移植籠手シャベルで割られ、日本刀でアキレス腱を斬られ、椅子に縛り付けられた宇津長成の姿であった。

「ふ……ぇ」

 口元も猿轡さるぐつわを装着されている為、言葉を発する事は出来ない。

義兄上あにうえ、これは?」

「ああ、尋問だよ」

 爽やかに答える大河は案の定、風魔小太郎、楠を左右に侍らせている。

「尋問? ……拷問では?」

「動機を吐かないんだ。待つほど俺は、暇じゃないからな」

 欠伸あくびを漏らした後、大河は長成を見た。

「京を放火するつもりだったのか?」

「……」

 力なく頷く。

「放火は重罪だな」

 京都は一部の地域を除いて、木造建築が多い。

 一度ひとたび火事に遭えば、延焼に次ぐ延焼で京都の多くの木造家屋は、焦土と化すだろう。

 しかも、道が狭い地域もある為、消防車が入り難く、消火活動に遅れる可能性がある。

 大河は小太郎に頬ずりしつつ、

「鶫」

「は」

 敬礼した鶫が、注射器を用意し、長成の手首に打ち込む。

「う」

 それから長成は、グッタリと項垂うなだれた。

「……義兄上あにうえ、何を?」

「放火魔だからね。お白洲しらす(現・裁判所)に連れていくんだよ」

「……」

 日ノ本は、法治国家だ。

 基本的に凶悪な現行犯以外は大概、裁判次第で処罰される。

 なので珍しくは無い。

 然し、光慶は第六感で察していた。

 長成は今後こんご行方不明になる、と。


 ―――

『【周山城城主・宇津長成を放火未遂の疑いで逮捕】

 周山城城主の宇津長成が、この度、京への侵入したことにより、所払ところばらい(現・追放)の刑違反の容疑で捕縛された。

 宇津容疑者は永禄6(1563)年、京を放火した前科もある為、それも問題視され、死罪になることが予想される』

 ―――

 所払い、というのは現代では暴力団界隈で、不義理を働いた組員に対し、特定の地域への出入り及び住むことを禁じた処罰だ。

 任侠映画等で耳にしたことがあるかもしれない。

 所払いは元々、江戸時代の刑法の一種である(*1)為、当然、日ノ本の司法でも採用されている。

 長成の記事は、城主であっても小さい。

 大事件にも関わらず、国営紙が然程さほど、関心を抱いていない証拠だ。

 当然、記事が小さいと、購読者の関心度も低くなる。

 ここに来ても大河流の情報操作が働いていた。

「……」

 大河の膝の上で瓦版を読んだ朝顔は、振り返った。

「これで終わり?」

「そうだよ。後は、司法の仕事だから」

「……ありがとう。京を守ってくれて」

「仕事だからね」

 微笑んだ大河は、朝顔を抱擁する。

「へいか、ずるい」

 与免が魚虎ハリセンボンのように頬を膨らます。

「あら、ごめんね。与免、おいで」

「ありがとう~。へいか~」

 一瞬にして、機嫌を直した与免は、朝顔が作った空間スペースに座り、振り返った。

「あにうえ~、いそがしい?」

「最近?」

「うん」

「日によるかな。今日は暇だよ」

「じゃあ、帰ってきたらあそぼ~」

「良いよ」

 与免の頭を撫でる。

 完全に父と娘の光景だが、2人は婚約者同士だ。

 小指同士を絡め合わせて、約束する。

「ゆびきった。あにうえ、やくそくだよ?」

「分かってるよ」

「ずっる~い!」

 背後からひょっこり、豪姫が顔を出す。

 朝顔に配慮し背中に回っていたのだが、与免に奪われたので不機嫌になっていた。

「にぃにぃ、わたしは?」

「豪ねえさまは、いつも、あにうえに添い寝してもらっているからいいじゃん」

「だめ。それとこれとは別」

「「……!」」

 大河越しに2人は、睨み合う。

「姉妹喧嘩は駄目だよ」

 右手で豪姫の頭を撫でつつ、左手では与免の顎を安〇先生の様にタプタプ。

「えへ~♡」

「あひゃwww」

 豪姫は目を細め、与免はくすぐったいのか朝顔を盾にして隠れる。

 上皇を盾にするのは、流石にどうかとは思うが、朝顔は義妹の可愛い行動に癒しを感じた。

「与免は可愛いわねぇ♡」

「えへへへ♡ へーかに『かわい~』って言われた♡」

 与免は朝顔に抱き着き、その愛情を全身で表す。

 朝顔も抱き締め返す。

「良い子良い子♡」

 大河を巡っての戦乱は、彼と朝顔の手腕によって未然に防止されるのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:コトバンク





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