第699話 旋転囲繞

「はぁはぁ……」

 川から這い出た長成は、橋の欄干にしがみ付いて呼吸を整えていた。

 大河、光慶の予想通り、長成は手勢をしに1人だけ周山街道から飛び降り、清滝川を泳いで襲撃から生還していた。

 彼が居るのは、落合橋。

 清滝川と桂川の中間地点にかかっている場所であった。

 最寄り駅は、嵯峨野観光鉄道のトロッコ保津峡駅がある。

 最後まで尽くした忠臣達を見殺しにし、自分は生き延びるのは、武士道精神から外れた大罪であろう。

 それでも長成は生への執着が凄まじく、敢えて部下を見殺しにしても、京に入りたかったのだ。

「……」

 周囲を見渡すも、軍人や警察官の姿は無い。

 居るのは、船に山国荘から木材を乗せて運ぶ業者か。釣り師くらいだ。

「……」

 小屋に侵入し、ずぶ濡れの服からその場にあった衣服に着替える。

 そして、こっそり小舟をも盗んでいく。

 こそこそとした動きならば警戒されやすいが、逆に平然としていると、他人はあまり気付かないものだ。

 その手慣れた動きに、周囲の人々は誰も気づかずに素通りしていくのであった。


 小舟を出して、長成は嵐山方面へ向かう。

 桂川は渡月橋が架かる京都でも有名な橋の一つの為、屋形船も出ている。

 その屋形船の後について、渡月橋をくぐり、難なく京への侵入を成功させた。

(……意外と、緩いのか?)

 思いのほか、簡単に入京出来た為、少し拍子抜けだ。

 それでも安心は出来ない。

 真田大河、という男は基本的に他人を信用しない人物である。

 周囲を身内で固めてはいても、縁故主義ネポティズム差配さはいしないのが、その最たる証拠だ。

 そのような所が朝廷から高く評価されている一因でもあろう。

 渡月橋の近くの川岸に船をめ、長成は上陸した。

 渡月橋から二条城までは、10㎞も無い。

 徒歩だと約1時間半。

 車では、約20分。

 電車を使えば、30~40分。

 どんな方法を使っても最短20分、最長1時間半後には、到着している距離だ。

 長成が考えているのは、永禄6(1563)年の放火である。

 この結果、日ノ本全土に『宇津長成』の名前が広まった。

 その行動と後の現象は、『悪名は無名より勝る』と言えるだろう。

 渡月橋の目前にある三条通りは、観光客で沢山だ。

 長成も観光しているように周囲を眺めつつ、二条城方面に歩き出す。

 嵐山周辺には、

化野念仏寺あだしのねんぶつじ(府道50号経由2・2km)

愛宕念仏寺おたぎねんぶつじ (府道50号経由2・2㎞)

常寂光寺じょうじゃっこうじ (府道29号経由1・3㎞)

清涼寺せいりょうじ     (府道29号経由1・1km)

・大覚寺(府道29号経由1・3㎞)

・滝口寺(府道29号経由1・8㎞)

・天龍寺(府道29号経由260m)

・千光寺(府道29号経由1・4km)

・二尊院(府道29号経由1・3㎞)

・宝厳院(府道112号経由450m)

・法輪寺(府道29号経由450m)

臨川寺りんせんじ(府道112号経由150m)

鹿王院ろくおういん(府道112号経由800m)

櫟谷宗像神社いちたにむなかたじんじゃ(府道29号経由350m)

・大井神社(府道29号経由120m)

・車折神社(府道112号経由1・1㎞)

電電宮でんでんぐう(府道29号経由650m)

・松尾大社(府道29号経由1・8km)

野宮ののみや神社(府道29号経由700m)

 等、有名な寺社仏閣がほぼ2㎞圏内にる為、その目当ての観光客で平日でも賑わっている(※距離は、グーグルマップによる徒歩での最短距離)。

 その為、その人混みに紛れば目立つことは、ほぼ無い。

 三条通りをまっすぐ歩く。

 驚くほど警備が手薄な状態に、長成は違和感を覚えた。

(何故、こんなにも緩いのだ? 真田も平和木瓜ボケでもしたのか?)

 不安になるくらい、軍人や警察官が居ない。

 厳戒態勢だと観光客が怖がり、観光業に悪影響が出る可能性を考慮しての判断かもしれないが、長成が挙兵した直後である。

 嵐山は周山街道から近い為、警備がしっかりしていてもおかしくない筈なのだが。

 それでも緩々ゆるゆるなのだ。

「……もしもし?」

「はい?」

 振り返ると、若い女性が立っていた。

 京阪式のイントネーションではない為、恐らく地方出身の観光客だろう。

「何か?」

「こちらの寺に行きたいのですが?」

 女性が出した地図を覗き込む。

 瞬間、

「!」

 背後に気配を感じ、振り返る。

 と、同時に首筋に違和感を覚えた。

「う……」

 一気に意識が遠のいていく。

「ふふふ」

 若い女性は、メリメリと自分の皮膚を剥がし、素顔を晒す。

「お前……は?」

「真田大河の用心棒にして愛妾あいしょうの、風魔小太郎と申します」

「……く、そ」

 長成が意識不明になった後、小太郎は彼の背後に立っていた楠とハイタッチし、車に連れ込む。

 2人の素早い動きは、観光客に偽装カモフラージュした工作員エージェントの人垣によって、周囲から見えなくなっていた。

 2人が乗車後、人垣は蜘蛛の子散らす様に解散する。

 敢えて警備を手薄にしたのは、長成の警戒心を緩める為の大河の作戦であった。

 車は二条城―――ではなく京都新城に進んでいく。

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