第698話 暗中飛躍

 万和6(1581)年5月11日。

 瓦版に短い記事が掲載された。

 ―――

『【山国荘で山火事 乾燥による自然発火か?】

 昨日夕刻、山国荘で火事が起こり、1町(現・約1万㎡)の森林が焼けた。

 山火事による死傷者は確認されていない。

 山城国(現・京都府)は、直ちに明智光秀を派遣し、真相究明と復興に舵を切った』

 ―――

 山国荘は、京から遠く離れている為、一般の都民は然程、興味を示さない。

 騒ぐのは、朝廷と木材を扱う業者くらいだ。

 大河は、朝から皇居に召喚しょうかんされていた。

 御簾みす越しに帝が問う。

『旅行から帰って来て早々で悪いが、山国荘で何が起きた?』

「は。周山城主・宇津長成が挙兵し、その際、山国荘に放火した模様です」

『何?』

 寝耳に水なことに帝は、分かりやすく動揺する。

 同席する朝顔や、大河の背後に居並ぶ近衛前久達の公家も驚愕の色を隠せない。

『……報道とは違うのか?』

「は。挙兵と報道した場合、都内が恐怖で大混乱になる可能性が考えられ、報道規制を行った次第です」

『『……』』

 朝顔、帝は黙って話を聞く。

 嘘の報告をしなかったのは、2人も安心だ。

 然し、挙兵の事実が消えた訳ではない。

 公家達は、それぞれささやく。

「(近衛大将が東北に行っている間、明智光秀が首都防衛を担っていた筈だが、挙兵を見逃したのか?)」

「(そうなるな。責任重大だな)」

「(処分されるのか?)」

「(いや、今、山国荘で復興しているから処分があるならその後だろうな)」

 幸い京の中心地まで反乱軍が到達していない為、公家達も一安心だ。

 ただ、「挙兵させてしまった」という事実が残る為、「監督不行き届き」ということで責任者・明智光秀の処分を期待する論調が強まりつつある。

 そんな空気を背中で感じつつも、大河は説明を続けた。

「反乱軍は、司令官・明智光秀が周山街道で鎮圧しました」

「「「おお!」」」

 公家達から歓喜の声が上がる。

 光秀処分論から、光秀賞賛に空気は変わった瞬間だ。

『一安心ですね。陛下』

『そうだな』

 2人は安堵する。

「ただ、唯一の生存者であり、首謀者・宇津長成は、18年前に京に火を放っています。油断は出来ません」

『……そうね』

 朝顔は首肯し、

『……』

 帝は沈痛な表情になった。

 都民にとって、18年前のことはトラウマだ。

 永禄6(1663)年、長成は京都に攻め入り、火を放った(*1)(*2)。

 当然、皇族や公家の多くは、その経験者なので身に染みて知っている。

 先祖・土岐頼遠ときよりとおが光厳天皇に不敬を働いているように、宇津氏自体も評判が良くない。

 帝が問う。

『……真田、どうするのだ?』

「国内法に基づき、対応します」

『……分かった』

 それ以上は、何も言わない。

 大河は、平服して下がっていくのであった。


 皇居から出た大河は、弱雨の空を見上げた。

「……」

 鶫が傘を差す。

「どうぞ」

「ありがとう」

 鶫の腰を抱く。

 こうなったら、主人と用心棒の関係性ではない。

 男と愛人のそれだ。

「……あの警護し難いのですが?」

「大丈夫。自分の身は自分で守れるから」

「ですが―――」

「良いから。気を張るな」

「あ……」

 大河は微笑んで、更に鶫と密着する。

「……はい♡」

 仕事中なので嫌がるのが筋なのだが、鶫にその選択肢は無い。

 大河に寄りかかり、東屋あずまやに入った。

 椅子に座ると、大河は鶫を隣に座らせ、肩を抱き寄せる。

 そして、

「珠、光慶」

 背後に居た2人を呼んだ。

「「は」」

 2人は応じた後、大河の前に回り込む。

「珠はここ。光慶はそっちに座ってくれ」

「「は」」

 珠は大河の隣、光慶はその向かい席を指示された。

 指示通り、2人は座った後、大河の言葉に耳を傾ける。

「光慶、宇津長成はまだ見つからない?」

「はい。義兄上あにうえの家臣と共に捜索したのですが見つからず……若しかしたら、周山街道を北進し、敦賀辺りで潜伏しているのでは?」

「う~ん。光秀殿がすぐに国境(現・県境)を封鎖したんだがなぁ」

「あは♡」

 大河に寄りかかられ、珠は笑顔を見せた。

「……」

「……光慶、君が長成ならどう動くと思う?」

「! ……そうですね」

 いきなりの無茶振りだが、明智氏の次期当主なので、このような問答は必要だろう。

「……! 周山街道を注目させ、手薄になった川から南下したのでは?」

「……だろうな」

「え?」

「俺と同じ答えだよ。清滝川を使ったのかもしれない」

「!」

 大河の言葉に、光慶はギョッとした。

 清滝川に答えが行き着いている筈なのに、大河は動かない。

 つまり、光慶自身に発案させようとしていたのだ。

 清滝川を本当に利用したかは不明だが、利用し、都内に侵入していた場合、後手後手な対応になる。

 その責任の所在は、大河に及ぶ可能性があるのだが、それでも彼は光慶を育てる方針で賭けたのだ。

 この緊急事態で大河が、そのような無能な行動を採るのは、非常に珍しい。

「……後手になることは考えなかったのですか?」

「俺がそんな無能に見えるのか?」

「い、いえ……そういう訳では……」

 大河が微笑んだまま、左右の美女を抱擁する。

「手は打ってある。光慶の手柄になるよ」


[参考文献・出典]

*1:高橋成計「丹波宇津氏の動向と城郭遺構―城郭から考察する宇津氏―」『中世城郭研究』第31号 2017年

*2:天野忠幸 『松永久秀と下剋上 室町の身分秩序を覆す』平凡社 2018年

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