第692話 飲食之人

 山形城には天守が存在しない為、上がっても御殿ごてん止まりだ。

 その為、京都新城などと比べると、物足りなさを感じてしまうが、大河が身内に入った以上、最上氏の存在感が中央で存分に発揮出来る。

 今後、出羽国(現・山形県、秋田県)に優先的に予算が投入される可能性が見込まれる為、城主・最上義光もそれほど困ってはいない。

「お早う御座います。婿殿むこどの、是非こちらへ」

 大河が朝風呂を好んでいるのは、伊万を通して知っている為、義光は彼を見るなり、大浴場に案内する。

ひのきの匂いがしますね?」

「婿殿の好みに合わせて、用意させていただきました。伊勢国(現・三重県)は尾鷲おわしから買ってきた次第です」

 尾鷲檜は、「日本一」と称され、関東大震災の際、ここの檜を使用していた家の倒壊が少なかったことから評判となり、現在も檜の中で最高の強度が確認されている(*1)。

「「ありがとうざいます」」

 2人は感謝し、更衣室に入って着替える。

 大河は手巾を腰に巻き、珠は湯帷子ゆかたびらだ。

 2人が仲良く大浴場に入ると、

「遅い」

 大河の頬をクナイが掠めていく。

 投げたのは、楠だ。

「危ないよ」

「うっさい。ばか」

 楠はプンプンしつつ、手招き。

 その横には稲姫が居る。

 あまり見ない組み合わせだが、大河の知らぬ所で色々、交友関係が構築されているのだろう。

 2人は珠同様、湯帷子だ。

 大河が掛け湯後、かると2人は寄って来た。

 膝に座ると、寄りかかる。

 遅れた珠も2人に続いて膝に乗った。

「珠と早朝の逢瀬おうせ?」

「稲、嫉妬?」

「悪い? これでも妻なんだよ?」

 稲姫は大河に体を擦り付け、愛をアピールする。

「ほら、見て見て」

「うお。凄い筋肉だな?」

「でしょ?」

 稲姫の腹筋は、綺麗なシックスパック。

 元々鍛えているのだが、それでも相当な努力を重ねたのだろう。

「貴方のをお手本にしたのよ」

「そうなの?」

「何せ彫刻並に綺麗だからね?」

 稲姫は妖艶な表情で大河の胸板に指を這わせる。

 楠は、大河の肩に顎を乗せた。

「遅いよ。ずっと待ってたのに」

「そんなに?」

「半刻《現・1時間)だよ」

「そりゃあ済まんな」

「そう。貴方が悪い」

 唇を尖らせて、楠は大河の耳朶じだを甘噛み。

「それで三姉妹と婚約したのは、本当?」

「そうだよ」

「いつもの与免の我儘わがままに付き合っているんじゃなくて?」

「そんな大事なことは、冗談では済ませられないよ」

 純粋な恋心を冗談で付き合いのは、重罪だ。

「本当、貴方って女に弱いね?」

「だから守ってよ」

「「!」」

 稲姫と楠は、顔を見合わせる。

 天下の近衛大将からの救援要請だ。

 嬉しい筈が無い。

「弱気だね?」

「守って欲しい?」

「勿論」

「「へ~www」」

 2人は、ニヤニヤ。

 珠も加わる。

「私は教義上、非暴力ですが、祈りの面から御守りします♡」

 そう言って珠は、2人と共に大河と愛し合うのであった。


 朝食は大人数の為、立食形式だ。

 1人1人給仕しても良いのだが、大河たちが来た後、人数が膨れ合った為、侍女が足りなくなり、立食が採用されたのである。

 机に並ぶのは、現在の山形県に当たる地域と秋田県に当たる地域から献上された京料理の数々だ。

 山形地方からは、

・食用菊のお浸し

・納豆汁

・寒鱈汁

・芋煮

・しょうゆの実

・うどと凍み大根のどんころ煮

・わらびたたき

・塩引きずし

・くきたち干しの煮物

・玉こんにゃく

・卵寒天

・鱒のあんかけ

・おかひじきのからし和え

・からかい煮

・ハタハタの湯上げ

・青菜漬

・おみ漬

・雪菜のふすべ漬け

・あけびの油焼き

・うこぎの切和え

・鯉のうま煮

・ひょう干し煮

・くじら餅

・笹巻き

・遠山かぶの粕汁

・塩くじら汁

・冷やしる

孟宗汁もうそうじる

 の28品(*2)。

 秋田地方からは、

・いぶりがっこ

・ハタハタ寿し

・笹巻き

・だまこ鍋

・納豆汁

・きりたんぽ鍋

・いものこ汁

・柿漬け

・なた漬け

・てんこ小豆の赤飯

・卵寒天

・豆腐カステラ

・あさづけ

・鱈の子炒り

・かまぶく

・じゅんさい鍋

・とんぶりの長芋和え

・なすの花ずし

・鯉の甘煮

・おやき

・かすべ煮

・しょっつる鍋

・とろろまんま

・きゃのっこ汁

・干し餅

・なすのこうじ漬け

・三杯みそ

・赤漬け

 の28品(*2)。

 合計56品の立食だ。

「おなべおなべ~♡」

 与免は、お市にフーフーされながら食べる。

 大河は、心愛、累の担当だ。

「ちちうえ♡」

「♡」

 2人は、大河に甘えに甘える。

 今日もまた観光の日だ。


[参考文献・出典]

*1:株式会社・東集とうしゅう HP 木材コラム 2020年10月15日

*2:農林水産省 HP うちの郷土料理

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