第677話 優婉閑雅

 入学式が終わり、学生たちが新学期に慣れた頃、大河は初等部に来ていた。

「これ、にぃにぃ♡」

「おお、上手いな」

 豪姫に引っ張られ、彼女が作った絵を鑑賞かんしょうする。

 豪姫と思しき女の子と、大河が仲良く手を繋いで河原を歩いている。

「これは?」

「わたし♡ 上手いでしょ?」

「……ああ、上手いよ」

 反応に困りつつ、大河はその頭を撫でる。

 この反応になるのは、豪姫の自画像が、若干、からだ。

 自画像は、約160cm。

 対して豪姫は、122cm。

 分かりやすく言えば122cmは、令和2(2019)年度の7歳女子の平均身長(*1)であり、約160cmは、平成27(2015)年時点の日本人女性の平均身長である157・9cm(*2)を上回るサイズだ。

 日ノ本では平和になり、医学の発達や、肉食文化も解禁されたことから、男女共に平均身長が伸びることが予想されてはいるが、流石に豪姫のは、やり過ぎ感が否めない。

「……豪は、5尺(約150m)くらいが理想?」

「うん! だから牛乳いっぱい飲んでるの!」

「良い心がけだ」

 高身長になるには、牛乳以外にも入浴や規則正しい生活が必要(*3)なのだが、豪姫は、兎に角、牛乳一辺倒らしい。

 ただ、日本人の多くは乳糖不耐症とされ、牛乳を飲むと下痢になりやすい体質なので、飲み過ぎはあまり褒められたものではないだろう。

「高身長になりたい?」

「誾様や上杉様みたいになりたいから」

「あー……なるほどね」

 大河の妻たちは、高身長揃いが多い。

 好みなのは否めないが、豪姫が彼女たちを羨望するのは当然の話だろう。

 普段は、京都新城に居る大河が、今回は、朝顔属する高等部が、初等部と交流会する為、その縁で初等部に居る形である。

「ん。抱っこ♡」

「はい。お姫様」

「えへへへ♡」

 お姫様抱っこされ、豪姫は御満悦ごまんえつ

 すると、

「あー!」

 120dBデシベル(飛行機のエンジンの近くに相当 *4)並の大音声と共に与免が指さす。

 そして駆け出し、大河にタックルした。

「おおっと、与免、危ないよ?」

「さなださまの意地悪いけず……」

 今にも泣きだしそうな雰囲気だ。

「意地悪してないよ。ほら泣かないで」

 与免用に用意していた飴を差し出すと、

「ふん」

 不機嫌ながらも受け取って、頬張る。

抱っこ

「はい」

 与免も抱っこすると、彼女は段々、笑顔になっていく。

「さなださまは、あねうえをあまやかしすぎ」

「そう?」

「ちょーよーのじょ!」

 そう言ってから、目で「撫でろ」と訴える。

『長幼の序』は、子供が大人を敬い、大人は子供をいつくしむ訳だが、これほど子供側から積極的なのは、聞いた事が無い。

「末妹が申し訳御座いません」

 美しい着物で着飾った摩阿姫が颯爽と登場。

 先程まで華道かどうの授業だったようだ。

「どうです? 西陣織です♡」

「似合ってるよ」

 摩阿姫を褒めると、豪姫、与免の表情が険しくなっていく。

「にぃにぃ」

「さなださま」

「2人も着たい?」

「「……うん」」

 着たいのは山々やまやまだが、実際には「私と反応違わない?」というのが、本音だ。

 大河は、嫉妬心に気付かずに2人を下す。

「じゃあ、着に行こう。2人の着物姿見たいし」

「「……う!」」

 左右から同時に手が伸びて、大河の手を掴む。

 それから四つの視線は、実姉に注がれる。

 3人は普段、仲が良いのだが、大河のことになると恋敵になりやすい。

 幸姫が愛されているのは確かなので現時点では、勝ち目が無いのだが、一緒に育ってきた摩阿姫が相手だと、闘争心が芽生えるのだろう。

「はいよ」

 大河は、握り返す。

 一方、挑発された摩阿姫には、馬耳東風だ。

「真田様、これを見て下さい」

「ん? ……おお!」

 大河の反応に、今度は摩阿姫が御満悦だ。

 豪姫の姉だけあって、彼女の笑い方と似ている。

 摩阿姫が自信満々に見せたのは、直近であった漢字試験。

おぼろ』など、大の大人でも初見では、読みにくそうな漢字が、美しい書体で並んでいる。

「凄いな。満点とは」

「これでには、相応しいかと」

「お、おう……」

 大河に積極的に行っても「子供だから」と軽くあしらわれることが判明した以上、摩阿姫は方針転換し、勉学で気に入られようとしていた。

 その涙ぐましい努力は評価するものの、大河は逆にその積極さに若干、引き気味だ。

「まぁ目指すのは自由だけど、本妻は、朝顔だからな。その辺は、理解してくれ」

「承知しています。ですから、民間の本妻を―――」

「そりゃあ誾だ」

「では、更に時点を―――」

「皆だよ」

 大河は、左右の姉妹を肩車し、空いた手で摩阿姫の頭を撫でる。

「身分上の本妻は、朝顔。時点で誾。それ以下は皆、一緒だ」

「……私も含まれますか?」

「16歳になるまで、俺のこと好きでいてくれるなら、可能性はあるよ」

「わたしは?」

「わたしは~?」

 すかさず、2人が尋ねる。

「2人も一緒だよ。好いてくれるのは嬉しいし、ありがたいけど、答えは出せない。君達の人生を縛る気は更々無いから」

「私はそれでも構いませんよ♡」

「にぃにぃのこと大好きだし♡」

「さなださま♡」

 3人は、大河に抱き着く。

(全く。芳春院様にしてやられたな)

 ここまで大河に拘るのは、芳春院の狙いがあるだろう。

 早い内に山城真田家で過ごさせ、大河以外の男性を知らせない。

 長姉・幸姫の幸せそうな姿を見ると、「態々わざわざ他家に嫁ぐに行く危険を冒すことはない。ここで娶ってもらおう」という気持ちが生まれてくる。

 のほほんとした尼僧だが、その実はとんでもなく智謀に満ち溢れた前田氏の将来を考えている女性であることが分かるだろう。

「……何度も言うが、『後悔先に立たず』だからな?」

「分かっています♡」

「は~い♡」

「う~ん♡」

 3人は、分かっているのかいないのか。

 満面の笑みで応えるのであった。


[参考文献・出典]

*1:文部科学省 令和2(2019)年度学校保健統計

*2:文部科学省 平成27(2015)年度 学校保健統計調査

*3:東京神田整形外科クリニック 令和4(2021)年12月24日

*4:東京環境測定センター HP

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