第675話 過越祭 復活祭

 内政は、羽柴秀吉に専任させている為、大河の仕事と言えば、

・朝顔の護衛

・公務の補助

・近衛兵の教育

 くらいだ。

 都知事時代と比べると、あまりにも暇である。

 無論、その分、家族サービス出来る為、大河に不満は無いが。

 万和6(1581)年4月25日。

 この日は、キリスト教の復活祭とユダヤ教の過越ペサハの宗教的記念日が重なっていた。

 キリスト教徒の家々では菓子パンやケーキなどが振る舞われ、ユダヤ教徒の家々では、

 ―――

種入れぬパンマッツァー

 →古代イスラエルの大量国外脱出エクソダスが由来。

焼いた羊肉ゼローア

 →犠牲の羊が象徴シンボル

ゆで卵ベーツァー

 →神殿崩壊の嘆きを表す。

緑の野菜カルパス

 →春の季節の象徴。

苦菜マーロール

 →エジプトで奴隷の境遇に落ちたユダヤ人が流した涙を表す。

果汁の練り物ハローセト

 ―――(*1)

 が食べられる。

 京都新城でもヨハンナ、マリア、珠、エリーゼ、デイビッドはそれぞれの信仰宗教の記念日を祝う。

「にがい……」

「ごめんね。デイビッド。でもこれは、我が民族の歴史を語る上では欠かせないの」

 苦菜を嫌がるデイビッドを、エリーゼは何とかなだめる。

 子供に辛い思いをさせたくはないが、教育である以上仕方がない。

 苦菜は、「苦よもぎ」と訳される野菜料理で過越ペサハに食べることが戒律ミツワーになる、とされている(*1)。

 戒律である以上、戒律を遵守する厳格なユダヤ教徒には、避けては通れない道だろう。

「うん……がんばる」

 エリーゼに励まされ、デイビッドは、頑張って食べる。

 3歳なのだから年齢的にもう少し嫌がっても良い筈だが、理解するのは、聡明な証拠だろう。

 完食後、デイビッドは、大河を見た。

「良い子だ。よく頑張ったな?」

 頭を撫でると、デイビッドの目尻は緩む。

 そして、甘える。

「パパ♡」

「おお! パパだよ~」

 これには、大河もニッコリだ。

 デイビッドを抱っこし、胴上げする勢いで喜ぶ。

「パパ~♡」

 普段は、姉や妹に遠慮しているデイビッドには貴重な経験だ。

 先程の苦い記憶は何処へやら。

 楽しさでいっぱいだ。

「貴方、デイビッドがかもしれないからやめて頂戴」

「あ、ごめん」

 素に戻ると、大河はデイビッドを地上に下す。

 束の間の時間だったが、それでも満足気だ。

「でも、デイビッドは頑張ったな? 今日のお八つは少し豪勢に行こうか?」

「ごーせい?」

「(ちょっと多め、ということだ。栄養士には内緒にな?)」

「(……うん♡)」

 2人は囁き合い、笑い合う。

父子おやこねぇ)

 エリーゼは呆れつつ、デイビッドの背中を撫でるのであった。


 愛妻と愛児の次には、ヨハンナたちの下へ向かう。

 教会の周辺では、

「復活祭、おめでとうございます」

Happyハッピー Easterイースター!」

キリストは復活したフリーストス・ヴァスクリェース

誠に復活したヴァイーストゥヌ・ヴァスクリェース

 と口々に祝う声が聞こえてくる。

 独特の服飾デザインが施された卵―――所謂いわゆる『イースターエッグ』を販売する出店まである。

 教会の敷地内にある広場では、ヨハンナたちが、

・菓子パン

・タルト

にしんの酢漬け

 などを食べていた。

「あ! 貴方♡」

 ヨハンナが逸早く気付き、大きく手を振る。

「皆、楽しそうだな?」

「うん。珠とマリアの手料理なのよ」

「そいつは凄いな」

 ふと、広場に設置された舞台を見ると、阿国が舞っていた。

 キリスト教では、「舞踏=性的アピールに繋がる」として禁じる人々も居るが、聖書にはそのような記述は無い。

 書かれているのは、

 ―――

『ですから、私は願うのです。

 男は、怒ったり言い争ったりすることなく、何処ででも清い手を上げて祈るようにしなさい。

 同じように女も、慎ましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り、派手な髪の形とか、金や真珠や高価な衣服によってではなく、むしろ、神を敬うと言っている女に相応しく、良い行いを自分の飾りとしなさい』(*2)

 ―――

 なので、阿国もこの教義に則り、控えな服装だ。

 珠とマリアを左右に侍らせ、ヨハンナと共に中央に座る。

「エリーゼの所に居た?」

「ああ。デイビッドと遊んできたよ」

「あの子は元気?」

「ああ。今、遊び過ぎて寝てるよ。エリーゼと一緒にな」

 お八つでお腹いっぱいになり、エリーゼと共に昼寝。

 子供らしい生活だ。

 大河は、腕を伸ばして、珠、マリアを抱き寄せる。

「2人もありがとうな。作ってくれて」

「いえいえ。行事ですから♡」

「若殿、どうぞ♡」

 当たり前のことなのだが、やはり労働後、謝意を述べられるのは嬉しいものだ。

 2人は微笑む。

 その後、大河は、阿国の舞踏を肴に3人と共に食事を楽しむのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:テモテへの手紙第一 2:8~10 新改訳聖書3版 一部改定

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