第668話 辛苦遭逢

・摩阿姫

・豪姫

・与免

 の三姉妹は病弱の他に一つ悩みがあった。

 それは、「もう少し早く生まれたかった」というものだ。

 年上の浅井家三姉妹は大河と比較的、歳が分、盛り上がり、

 茶々→妊娠し、猿夜叉丸を出産

 お初→学業最優先ながらも、時々、同衾どうきんに誘われる

 お江→同上

 一方、自分たちは、体が未成熟の為、誘われることは無い。

 この時間差タイムラグは、恋する乙女にとって嫉妬を覚えるには、十分すぎる理由であった。

 京都新城に戻ると、留守番をしていた大河が居た。

 早馬が伝えていたのだろう。

 驚いた様子はない。

「お帰り。疲れたね?」

 大事な入学式を早退したにも関わらず、大河はねぎらう。

 どこまでも優しい。

 多くの女性が、それに甘えるのも当然の話だろう。

「にぃにぃ!」

 豪姫は、その胸に飛び込み頬ずり。

「入学式、つまんなかった?」

「うん! にぃにぃがいないんだもん! にぃにぃもきてよ!」

 ぷんすか、と両頬を膨らませる。

「ごめんね。城主として留守番しなきゃ駄目だから」

「けちんぼ~」

 豪姫は、大河の両耳を掴んでブランブラン。

「おいおい怒るよ?」

「ごめん~」

 すぐに謝るも、豪姫は膝から離れない。

 摩阿姫、与免も乗ってくる。

「真田様、愚妹ぐまいの先ほどの無礼、申し訳御座いません」

「気にしてないよ」

 と言いつつも、大河は赤くなった耳を気にする。

 程度が分からない豪姫は、力いっぱい引っ張ったのだ。

「伊万、みみてくれる?」

「は……あー、少しれてますね?」

「!」

 摩阿姫は、ギクリと固まる。

 一方、犯人・豪姫は、焦った様子だ。

「にぃにぃ、けがした?」

「んー……怪我って言うほどではないけどね」

「ごめん」

 悪気があって行った訳ではないのだが、腫れている以上、傷つけたのは事実だ。

 シュンと、項垂うなだれる豪姫。

「豪姉さま、だいじょうぶ? さなださま、ゆるしてあげて」

 与免が豪姫を抱き締めて、涙目で懇願する。

 厳罰が下される、とでも思っているようだ。

 他家は分からないが、少なくとも大河はこのくらいでは罰しないし、怒らない。

 ただ、信賞必罰。

 無罪放免は、今後の3人の為にもよくないだろう。

「じゃあ、許す代わりに一つやって欲しいことがある。それで罰は無しだよ」

「なになに?」

 与免が食いついた。

「最近、芳春院様の所、帰ってないでしょ?」

「うん」

千世ちせと芳春院様、会いたがっているらしいから、2人に会う機会を増やしてほしいな」

「3人とも?」

「ああ」

 大河は、3人の頭を優しく撫でる。

「毎日来てくれるのは嬉しいんけど、実家も大切にしてほしいな」

「千世、会いたがっているんですか?」

 摩阿姫が目を丸くする。

「千世は、あんまり姉を知らないんだ。もう少し会ってくれ」

 大河と千世の関係性は現時点で何も決まっていない。

 しかし、成長するにつれ、接する機会も多くなるだろう。

 千世の母・芳春院は、大河の義母、彼女の姉たちは彼の妻や婚約者に当たるのだから。

「ん~。じゃあ、千世も呼んでいい?」

「良いけど与免。まだ千世は、乳離れ済んでないだろう? 難しいんじゃないかな?」

「母上がここに引っ越せばいいよ」

 前田利家、芳春院、千世の3人は都内の前田家の屋敷に住んでいる。

 このような屋敷は、正史の江戸時代の藩邸はんていのようなもので、この他、島津家や大友家など、山城真田家と所縁ゆかりのある家々も多く都内に居を構えている。

 一時期は、京都新城敷地内の屋敷に住んでいたこともあったが、「近くに上皇が居るのは、緊張が解けない」との理由でその多くが敷地外に撤退していた。

 京都新城は皇居でもある為、彼らが緊張するのは無理無い話だ。

 また、京都新城には、娘も住んでいる。

 新婚生活や夫婦生活を邪魔したくない、という親心もあるのだろう。

 大人たちには、そういう事情があって敷地外に引っ越したのだが、まだ幼い子供たちには、あまり分かっていない様子であった。

「芳春院様? 前田様は?」

「父上は、たんしんふにんで」

 け者にされた利家。

 この場に居たら悲しんでいることだろう。

「そういうのは、幸にも相談の上で決定だな?」

「じゃあ、幸姉さまが許可だしたらいいの?」

「前田様にも相談してくれ。逆恨みは買いたくないから」

 最近、利家の酒量が増えている、という。

 娘達に会えない寂しさを酒で紛らわしているのだろう。

 その上、千世と芳春院まで引っ越せば、更に酒量は増え、大河は憎悪を可能性がある。

「んー分かった」

 与免は首肯して、泣きそうな豪姫を撫でるのであった。


 同日夜。

・前田利家

・芳春院

・幸姫

・三姉妹

 の家族会議が開催された。

 芳春院と三姉妹は、賛成派であったが、利家と幸姫が反対し、結果は4:2。

 票数では、賛成派が上回っているが、三姉妹は成人扱いされなかった為、事実上の2:1に。

 こうして、芳春院と千世の引っ越し案は否決されたのであった。

 翌日、その報告に来た与免は、

「……」

 見るからに不機嫌であった。

 大河の膝に座ったまま、一言も喋らず、幼稚園の宿題であるお絵描きをこなしている。

 その左右には、同じく初等部の宿題を行う摩阿姫と豪姫が。

 3人とも終始、無言だ。

 その空気を察してか、大河の左右と背後に居る浅井家三姉妹も口数が少ない。

「(兄者、兄者)」

「うん?」

「(何でこんなに空気悪いの?)」

「(ああ、実はな……)」

 事情を説明すると、お江は同情する。

「(それは……残念だったね)」

「(そうだな)」

 大河は、首肯すると、膝の3人を抱き締める。

「「「ん」」」

 3人は反応すると、振り返り、抱き締め返す。

 千世と一緒に過ごしたかったのだろう。

 全員、涙目だ。

 その頭を撫でつつ、大河はささやく。

「(いつか千世も呼んで、皆で過ごそうな?)」

「「「!」」」

 その言葉に3人の涙腺は、決壊した。

 大河に抱き着いたまま、わんわんと泣く。

「「……」」

 茶々、お初、お江は、それぞれ摩阿姫、豪姫、与免の頭を撫でる。

 浅井家は、戦乱で多くの家族を失った。

 なので、家族と会えない辛さは我がことのように分かっている。

「今日は、全員、休み。んで、遊ぼうな?」

「「「「「「!」」」」」」

 大河から正式な公休日の許可が出て、6人はニンマリ。

「にぃにぃ~♡」

「兄者~♡」

 豪姫とお江は、抱き着いて頬ずりを行うのであった。

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