第667話 仰天長嘆

 万和6(1581)年4月1日。

 国立校にて入学式が行われる。

「てー!」

 ドーン!

 アームストロング砲が火を噴く。

 臨時の砲台が設置されたのは、運動場。

 山城真田家の砲兵部隊が一堂いちどうに会し、祝砲を撃っていた。

 砲兵部隊だけでない。

 空軍も動員され、ブルーインパルスの如く、ジェット戦闘機のF-86セイバーが飛び交い、アクロバット飛行を実演する。

「「「わー!」」」 

 保護者や新入生、在校生は拍手喝采だ。

 入学式や卒業式に本物の軍人が来て、このようなことを行うのは、広大な日ノ本でも国立校だけである。

 続いて、軍人がガチョウ行進で入場してくる。

 後ろから続くのが、今年の新入生だ。

「……」

 入場する中、新入生の豪姫は、不安げに見渡す。

「どうしました?」

 同級生の井伊直政が尋ねる。

「にぃにぃは?」

「義父上は、城にて留守番しているそうです」

「う~ん……」

 大河が大好きな豪姫は、依存症のように常に彼に甘えたがっていた。

 実父・前田利家は、厳しいながらも優しさを持ち合わせていたが、大河の場合は、99%優しさで構成されている。

 一緒に居ても心地が良い。

 これが恋心なのだろう。

 大河は、「好きな人が出来たらそっちを優先していいから」と言っているが、豪姫は、本気で結婚を希望していた。

 同級生で女官の伊万が、気付く。

「豪様、どうされました?」

「にぃにぃに会いたい」

「今ですか?」

「うん。伊万、おねがい」

 涙目で懇願こんがんされ、伊万は困り顔だ。

「う~ん……では、早退します

「え? いいの?」

「事前に若殿よりそのような許可は頂いていますゆえ、大丈夫かと」

 朝、大河は、「もし、摩阿達が体調不良になったら即帰らせるように」と秘かに伊万に指示を出していた。

 前田家三姉妹は、病弱なのであまり不特定多数の場所に居ると、体調を崩す可能性がある。

 恐らくそれを念頭に置いたものだろう。

「では、帰りますか?」

「うん!」

 直政が提案する。

「城まで自分が護衛しましょうか?」

 小学校1年生と入学したてだが、井伊直政は、井伊直虎の息子だけあって武将の素質はある。

 幼いながらも護衛くらいは出来る筈だ。

「じゃあ、お願いしますね。私は摩阿様、与免様も呼んできますので」

 三姉妹は、ほぼ常に一緒だ。

 豪姫が居なくなると、他の2人は不安になるだろう。

 2人が楽しんでいれば別だが。

「それでは一旦、豪様をお願いします」

「はい」

 伊万は将来、大河の妻になる女性。

 直政は大河の義理の息子。

 同級生が義理の母子になるのは、現代日本では、中々なかなか見られない話だろう。

 更に言えば、この豪姫も場合によっては大河の妻になる可能性がある。

「にぃにぃ、まだかなぁ?」

 直政の手を握りつつ、ワクワクする豪姫。

(幼い義母になりそうだなぁ)

 不思議な感覚を覚えつつ、直政は、将来の義母の手をしっかりと握り返すのであった。


 摩阿姫、与免は、体調不良や大河を探している、という訳ではなかったが、豪姫と合流することになった。

 三姉妹は、ほぼ常に一緒だ。

 浅井家三姉妹が、同時に大河に娶られ、更に絆を強くしたように。

 彼女たちも又、同じようになるかもしれない。

 馬車に乗った一同は、ゆったりしていた。

「伊万~。にぃにぃ、学校で授業してくれないかな?」

「若殿がですか?」

「あ、それ出来ますの?」

 豪姫を抱っこした摩阿姫は、興味津々だ。

「伊万、できる~?」

 伊万の膝の上に居る与免は、見上げた。

「若殿は、軍事教練以外は基本的に来られないので……その授業を選べば会えるかもしれません」

 軍事教練は、体がほぼ出来上がった高等部以上の生徒でないと受けられない。

 この授業を受けて単位を取っていれば、行政や軍需産業への印象が良くなり、就職活動で有利に働く。

 しかも、

・負傷すれば労働災害の対象

・時間手当支給

 ということもあり、親も安心で苦学生も収入が見込められる為、経済的利益が大きい。

 無論、訓練は厳しい為、簡単には手に入らないのが実情だが。

 社会を知る上では、良い教材と言えるだろう。

「伊万、それは女性でも受けられるの?」

「はい。摩阿様、女子生徒も毎年、参加者が多いですよ」

 日ノ本は、国策で国民皆兵を掲げている訳ではないが、女性にも門戸を開いているのは、16世紀の時点で珍しい。

 21世紀現在、女性も徴兵の対象になっているのは、

・イスラエル(*1)

・ノルウェー(*2)

 などが挙げられる。

 ただ、女性兵士は、同僚から暴行されることもあり、その問題は根深い。

 これは、志願制の米軍での資料(*3)であるが、

 性暴力:1日50件

 暴行被害:3割以上

 性的嫌がらせセクシュアルハラスメント:6割以上

 と、世界一の軍隊でさえ、女性兵士は危険に晒されている。

 また、本人の士気が高くても、前線での戦闘行為までは認められることは少なく、米軍でもそれを容認する法律の施行が進むことになったのは、2013年のことだ(*4)。

 男女平等、と謡っていても、実際には「女性兵士は、戦場において暴力に晒される危険性がある為、極力、前線には派兵させたくない」というのが、男性の中にはあるのだろう。

 英軍も同様で、第一次世界大戦中の1917年にWAAC志願陸軍婦人部隊が結成され、第二次世界大戦では女性を徴兵した唯一の国家(※志願兵では米のWAC婦人陸軍部隊などが在る)であったが、後方支援が任務であった(*5)。

 日本でも国民義勇戦闘隊の下、女性も白兵戦の訓練を行ったが、実際に前線で戦うことはなかった(*6)。

 この手で誤解されやすいのが、ひめゆり学徒隊だ。

 ひめゆり学徒隊は、名前からして戦闘集団のように感じられるかもしれないが、実際には看護師であって、この手には含まれない。

 このような歴史と比べると、日ノ本の軍が女性にも門戸を開いているのは、とても寛容と言えるだろう。

 厳しい軍規の下、軍隊内部での暴力も制限されている為、米軍のようなことにもなっていない。

 軍人を志す女性には、働きやすく過ごしやすい最高の環境と言えるだろう。

「伊万も受けるの?」

「現在、国軍山城真田家隊の方でお世話になっていますが、進級後も受ける予定ですね」

 山城真田家の女官の多くは、武士階級が実家だけあって山城真田隊に入り、訓練を受けることが多い。

 それは、大河の妻妾さいしょうも同じで、楠や小太郎なども定期的に訓練に参加している。

「良いなぁ。私も受けたい」

「若殿の許可が必要ですので、私の方からは何とも……」

「推薦してくれないの?」

「ご相談に乗ることは出来ますが、流石にそこまでは……」

「そう……残念」

 女官に無理なことを押し付ければ、それこそパワハラ認定になり、加害者は妻であっても厳罰は避けられない。

 摩阿姫は、豪姫を抱き締めつつ、呟く。

「私も真田様の支えになりたいなぁ……」

「「……」」

 その言葉に伊万と同席していた直政は、何も返すことは出来なかった。

 

[参考文献・出典]

*1:時事ドットコム          2019年5月17日

*2:AFP               2016年9月6日

*3:国公労連ブログエディター・井上伸  2013年3月21日

*4:ロイター             2013年1月25日

*5:ウィキペキディア

*6:国会議事録118衆社会労働委員会8号

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