第669話 全生全帰
万和6(1581)年4月8日。
京都新城敷地内に在る寺にて、
主催者は、松姫。
武田信玄の娘にして、大河の愛妻の1人だ。
元々は、信玄が上洛の目標に定めていた近江国瀬田(現・滋賀県大津市)に寺を建立していたのだが、多くの
「夫婦は、一緒に居るべき」
「早く後継ぎを作って下さい」
という有難い(現代では、有難迷惑な感じも否めないが)助言や忠告が相次ぎ、松姫は、瀬田を離れ最近では、主にここで説法を行っていた。
幸い大河は、資金力を有している為、寺院の一つや二つは簡単な話だ。
お願いすれば、地上高120m(2020年現在世界記録)の牛久大仏を超える巨大な阿弥陀像を作ってくれるかもしれない。
ただ、大河は「特定の宗教や宗派に
寺の近隣には、
・寺院(管理者:朝顔 但し、実際には阿国)
・教会(管理者:ヨハンナ)
・
と三つの宗教施設がある為、その光景は、
・神殿の丘、嘆きの壁(ユダヤ教)
・聖墳墓教会(キリスト教)
・岩のドーム、
が隣接するエルサレム旧市街のようだ。
宗教対立が厳しい国や教義上、難しい場合もあるのだが、少なくともこの国には、そんな縛りは無い。
現代、日本人の多くが、
初詣 → 神道あるいは仏教
バレンタインデー→キリスト教
七五三 →神仏習合
結婚式 →キリスト教
葬式 →仏教
で行うように。
多くの日本人は、宗教にそこまで
なので、祖国でガチガチに教義に縛られていた外国人が日本に長く居ると、日本人同様、このような環境に慣れてしまう例があるのだが。
この
実際、灌仏会には、
・エリーゼ(ユダヤ教徒)
・デイビッド(ユダヤ教徒)
・珠(キリスト教徒)
・阿国(神道)
の姿も確認出来る。
他にも神父や牧師、
彼らは、列を作って
この風習は、釈迦生誕時、産湯を使わせる為に九つの竜が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来している(*1)。
参拝者には、甘茶が振る舞われることもある為、これ目当てに来る参拝者も居るほどだ。
尤も、釈迦を
なので、灌仏会に行く際は、事前に寺院の宗派を確認した方が良いだろう。
「……」
灌仏会が滞りなく進む中、松姫は今か今かと待ちわびていた。
そして、昼前、意中の人物がやってくる。
付き従うのは、
・鶫
・甲斐姫
・幸姫
の今年新卒の女官と、
・小太郎
・井伊直虎
・楠
・阿国
の7人。
大河は、主催者の松姫に会釈すると、誕生仏に甘茶をかける。
従者たちも、
普段は、城に引きこもっていることが多い大河が
神道のトップに居る朝顔は、いくら日ノ本が他宗教に寛容になっても、神道の最高責任者である以上、簡単に他宗教の施設には立ち入ることは出来ない。
なので、代わりに大河を送っているのだ。
夫が来た為、松姫は安堵する。
寺院には檀家も多く居る為、後継ぎを望む彼らの為にも大河が来てほしかったのだ。
「「「……」」」
皆、静かになる。
目の前に元都知事にして近衛大将が居るのだ。
大河はその空気を察してか、松姫の隣に座る。
大河の隣には、阿国だ。
膝には楠、甲斐姫、直虎。
背後には、幸姫。
近くに小太郎、鶫が陣取る。
小太郎たちの
「松、今日って人多い?」
「そうですね。瀬田より参拝者の方が多いです」
瀬田も首都圏の一部だが、京から離れている為、瀬田にある寺には、ここと比べるとあまり人が来ない。
なので、松姫の宗教活動には、この寺は無くてはならない存在となっていた。
「そうか」
一言残すと、大河は、松姫を抱き寄せる。
多くの参拝者を目の前にしている為、流石にイチャイチャは自制しているが、それでも大河は甘えたいようだ。
松姫は凛々しい表情を崩さす、阿国に目配せ。
『
そう無言で首肯するや否や、阿国は、大河に寄りかかる。
人前なので松姫が甘えられない分、阿国がその代わり、という訳だ。
無論、イチャイチャは自制する。
大河はそんな2人の手を握り、行事を
夕方。
参拝者が途絶え、寺の閉院時間になった所で、松姫は、立ち上がる。
「後のことはお願いします」
「は」
学校終わりの愛王丸に事後処理を託す。
武田信玄は臨済宗(*2)、愛王丸の実家である朝倉家は代々、
両派は、灌仏会の際、協力関係を構築していた。
これは、大河が愛王丸に「他の宗教や宗派も勉強してみたら?」という提案が両派の高僧を動かし、友好関係になったのである。
これには、大河の宗教戦争嫌いも関係しているだろう。
仏教やキリスト教の過激派を徹底的に弾圧され、宗教活動を国の管理下に置かれ為、どの宗教も憲法で信教の自由が保証されていても、基本的に国の許可が無いと動けない。
事実上の最高権力者である大河に心証を良くし今後の宗教活動に活かしたい、という思惑もあるのだろう。
大河たちを見送った愛王丸は、
「さてと、綺麗しますねかね」
落ちぶれていた母・小少将を救いあげ、社会福祉にも多額の税金を投入する義父・大河は、釈迦のような慈しみと行基のような実行力のある人物だ。
そんな義父を持った愛王丸は、大河の為にもこの寺を維持したい、という高い士気を持っていた。
(母上の為に……
そして、他の僧侶と共に雑巾がけを始めるのであった。
[参考文献・出典]
*1:『年中行事事典』 1958年 編・西角井正慶 東京堂出版
*2:刀剣ワールド
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