第654話 含哺鼓腹

 羽柴政権に七本槍は、喜ぶ。

「大殿が首相か」

「そうだな。喜ばしい事だ」

「なか様、寧々ねね様は、狂喜乱舞されているそうだ」

「我等の寧々様がお喜びになるのは、親孝行だな」

「贈り物は、何が良いかな?」

「賄賂とか邪推されるかもしれないから、胡蝶蘭こちょうらんで十分じゃないかな?」

 6人は、わいわいがやがや。

 唯一、喋っていない加藤清正も、

「……」

 今回ばかりは、笑顔が絶えない。

 愛刀・加藤国広を只管ひたすらいでいる。

 こうも上機嫌なのは、忠誠心だけが理由ではない。

 彼の母・伊都は、秀吉の母・大政所おおまんどころ従姉妹いとこなのだ(*1)。

 その為、「秀吉と清正は親戚関係にある」と言える。

 現在の主君は、大河だが、やはり前職の上司と出世しているのは、薄れていた忠誠心を呼び起こすものがあるだろう。

虎之助とらのすけ?」

「! お市様?」

 お市が、通りがかった。

 愛刀を納め清正は、跪く。

如何どう致しました?」

「娘達を見なかった? 夫と一緒に居ると思うのだけれども」

 お市は、心愛を抱っこしつつキョロキョロ。

 子持ちになっても依然、その美しさを保っているのは、流石”戦国一の美女”だろう。

 そこに珠が通りかかる。

「あ、珠。夫を見なかった?」

「若殿ですか? 先程、宝塚の方に出張に行かれました」

「国立劇場?」

「はい。陛下、元聖下、殿下と共に」

「あー公務なのね? 何時頃帰ってくる予定?」

「昼過ぎ、と聞いています」

「分かった。有難う」

 正室と侍女の会話だが、厳密には、妻同士のそれだ。

(平和だなぁ。今日も)

 清正は、その様子を笑顔で見守るのであった。


 昼過ぎ。

 予定通り、大河は宝塚から帰ってくる。

 国立劇場から京都新城までは、片道約50㎞。

 車だと1時間くらいの道程みちのりだ。

 もっともこれは一般車両での話なので、上級国民にもなると、道路の信号機が全て青だったり、交通整理で円滑に移動する事が出来る。

 法定速度の60㎞を遵守しつつ、予定時間内に京都新城に入る。

 テレビ業界に計時係タイムキーパーが存在する様に、朝廷にも存在し、公務が遅れない様に秒単位で計算している為、余程よほどの事が無いと、遅刻する事は無い。

「疲れたよぉ~」

 からになる朝顔。

 この切り替えが無いと、自分を見失いかねない。

 大河の膝の上で甘えに甘える。

「八つ橋?」

「う~ん。ずんだ餅の気分かな?」

「分かった。鶫、用意してくれ」

「はい」

 笑顔で鶫は台所に行き、ずんだ餅の用意をする。

 緊張感のある労働後は、糖分が欲しくなる為、京都新城では、御菓子がある程度用意されているのだ。

 その消費者の9割は、女性陣ではある為、大河は殆ど口にする事は無いが。

 ヨハンナ、ラナも、ずんだ餅を楽しみにする。

「今、欧州で抹茶が流行っているんだって」

「欧州でも? 布哇ハワイでもですよ。抹茶は美味しいですからねぇ♡」

 日本趣味ジャポニズムの高まりの下、世界各国では日本文化が広まっていた。

 抹茶自体の源流は、中国なのだが、現代でも『Matcha』(*2)が海外で伝わる様に、外国人には、抹茶=日本文化、という心象イメージが根付いているもの、と思われる。

 鶫がずんだ餅を用意する中、2人の従者であるマリアは、抹茶の氷菓アイスクリームの用意に忙しい。

 抹茶氷菓も又、世界で人気だ。

 史実では、アメリカで1970年代頃からアジア系の市場マーケットで見られる様になり、1990年頃から「Green Tea」という言葉自体も少しずつアメリカでも浸透し始め、その際、抹茶氷菓も知られるようになったという。(*3)。

 その後、アメリカの大統領(*4)やミシュランガイドの総責任者も訪日時に食している(*5)様に、有名人にも人気のデザートになっている。

「兄者、御帰り」

 襖からお江がひょっこり。

只今ただいま

「抹茶?」

「うん。一緒に食べる?」

「良いの?」

 朝顔に気を遣っているのだろう。

 普段の明るさは無い。

「お江、皆を呼んで来て。一緒に食べよ?」

「はい、陛下♡」

 勅令が出た事で、お江は笑顔になった。

 その後、女性陣が集まり、全員で楽しむのであった。


 抹茶を楽しんだ後、大河は、豪姫とお江に手を引っ張られる。

「何だよ?」

「にぃにぃ♡ にぃにぃ♡」

「兄者♡ 兄者♡」

 2人は、空き部屋に大河を連れ込んだ。

 そこではお市、幸姫、茶々、摩阿姫、お初、与免の6人が待っていた。

「勢揃いだな?」

「そうだよ。数刻まっていたんだから」

 お市は大河の手を取ると、抱き締める。

 そして、囁いた。

「(聞いたわよ。謙信と綾の前夫や元恋人に嫉妬したらしいね?)」

「地獄耳だな?」

「こう見えて、私も嫉妬深いからね?」

 舌をチロチロと出して、お市はわらう。

「お、おう……」

 ドン引きしつつ座ると、

「兄者♡」

「にぃにぃ♡」

「えへへへ♡」

 当然の様に、3人は膝に上がる。

 お江が真ん中で左右に豪姫、与免という布陣だ。

「兄者を朝からずーっと探していたんだよ」

「そうだったのか? 済まんな」

「にぃにぃは、いそがしい」

 豪姫が背伸びして、大河の頭を撫でる。

 働きぶりを評価しているらしい。

 与免も真似する。

「んしょんしょ」

「有難うな」

 大河はかがんで身を任せた。

 子供目線で付き合うその姿に、お初は微笑む。

「……兄上」

「ん?」

「いつもながらお優しいですね?」

「邪険に扱い意味が無いからな」

 3人の頭を撫でつつ、答える。

 お初は尚も笑顔で大河を見た後、一転、真剣な表情で告げた。

「母上、そろそりあの話を」

「あーそうだね」

 お市は、大河の右肩に顎を乗せると、

「芳春院様と話し合ってね。摩阿達を養子にしようと思うの」

「養子?」

 大河が振り返ると、左肩に摩阿姫が顎を乗せた。

「はい。母上が中々、登城出来ない為、お市様に養母になって頂こうかと」

「……じゃあ、3人は浅井を名乗る、という事か?」

 それだと前田利家が黙っていないだろう。

 幸姫も説明に加わる。

「そういう事ではなくて、この城の中では、お市様が母上代わり、という事よ」

「形式上って事?」

「そうよ」

 最近まで京都新城に入り浸っていた芳春院だが、他家から、

・行き過ぎでは?

・山城真田家への圧力をかけているのではなかろうか?

 等の意見が出てくる様になった為、自重する様になった。

 芳春院としては、幼い摩阿姫や豪姫、与免を心配している節もあるのだが、それでも他家が自重している分、彼女も他家と同調した方が良いだろう。

「母上~」

「ははうえ~」

 豪姫と与免が、お市に抱き着く。

「凄いな。子沢山だ」

「そうよ。もう可愛い娘が増えて♡」

 お市は、嬉しそうに2人を抱き締める。

(意外に仲良くなったな)

 大河は、安心しつつ、幸姫と茶々の頬に接吻するのであった。


[参考文献・出典]

*1:刀剣ワールド

*2:読売新聞         2019年6月9日

*3:ウィキペディア

*4:ホワイトハウス 報道発表 2009年11月4日

*5:神奈川新聞        2010年11月25日

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