第655話 五風十雨
万和6(1581)年3月1日。
春が近づき始めた為、都内も徐々に暖かくなる。
「おはなみいこうよ~」
与免が大河の袖を引っ張った。
「桜?」
「うん。さくら」
「まだ咲いてないよ」
桜の開花は、早くても3月の中旬くらいだ。
2022年、日本で最も早く予想されたのは、高知県宿毛市の3月16日(*1)。
京都市では、3月24日であった(*1)。
そして、最速で満開したのは、東京都、高知県、福岡県の3月27日(*1)。
京都府では、3月30日であった(*1)。
与免を抱っこして、天守から首都を見下ろす。
「ほら、まだ開花もしていないだろ?」
「う~ん……」
並の子供だと駄々っ子になる事が多いかもしれないが、そこは、名門・前田家の御令嬢だ。
「……分かった」
不満げだが、聞き分けが良い。
「いつ咲く?」
「気象庁に聞かないと分からんが、多分、下旬じゃないかな?」
「……ながい」
「長いなぁ。でも今は皆にお披露目する為の準備期間だから、楽しみに待とうよ?」
要は解釈次第だ。
「うん……」
思いが叶わず与免は、涙目になる。
「……」
大河は、与免を抱っこする。
「じゃあ、開花するまで桜餅―――」
「食べる!」
ほぼ、ノータイムでの返答だ。
「桜より桜餅?」
「うん!」
花より団子だ。
「そうか」
余りにも単純な思考に大河は、苦笑いだ。
近くに居た伊万を見る。
「済まんが、用意してくれ」
「はい♡」
正室(或いは側室、婚約者)がお菓子を食べる時は、伊万等も食べる事が出来る為、テンションは当然上がる。
ごく自然に伊万の手を取ると、大河は、与免を抱っこしつつ、彼女と共に食堂に向かうのであった。
大河は、仕事の合間や時間を見つけては、会いに来てくれる為、隔離された4人は、孤独感を覚える事は無い。
今日も今日とて病室に来た。
「今日は、
「そうだよ」
誾千代の冗談に肯定後、大河は、寝台に腰掛ける。
大河の腕の中には、熟睡中の豪姫。
散々遊んだ様で、髪の毛は乱れ、和装も汚れている。
早川殿は、豪姫の顔を覗き込んだ。
「何して遊んだんです?」
「飼育小屋でガブとその
低層階には、大河が保護した日本狼や犬、猫が集まった飼育小屋がある。
動物愛護法の下、各自治体に動物の保護を丸投げさせる訳にはいかない為、大河は可能な限り、私財を投じて、沢山の動物を積極的に保護していた。
所謂、多頭飼いだ。
飼育されている動物は、そのままそこで一生を過ごす事は無く、老いれば、人間同様、動物専用の老人ホームに入り、そこを終の
余り知られてはいないが、動物でも認知症になる。
老犬及び老猫の認知症の代表的な症状は、以下の通り。
―――
『【老犬】
・意味もなく単調な声で鳴く
・昼夜逆転生活
・夜鳴き
・前にのみとぼとぼと歩く
・狭い所(壁の隙間や机の下等)に潜り込み、出られなくなる
・右旋回、もしくは左旋回のみを繰り返す
・名前を呼ばれても無反応、飼い主が来ても喜ばない
・食欲旺盛でよく食べるのに、下痢もせず痩せてくる
・直角の角で方向転換ができない
・学習した事を忘れてしまう
・失禁等、便所の失敗が多くなった』(*2)
『【老猫】
・食欲が異常に増す・または低下する
・訳もなく鳴き続ける
・名前を呼んでも反応しなくなる
・動きが異常に悪くなる、または動きが活発になる』(*3)
―――
犬猫共に人間と一部同じ症状が見られる為、少なくともこの三つの動物は、認知症に関しては、同類項なのだろう。
話は戻って病室へ。
橋姫が背中に抱き着く。
そして、クンカクンカ。
「何?」
「ふぇろもんを嗅いでいるの♡」
「香水だけど?」
「んー、ふぇろもん♡」
尚もクンカクンカ。
相当、重症の様だ。
「……」
終始、無言のアプト。
正妻に優先しているのだろう。
大河はその空気を察して、豪姫を寝台に寝かせ、アプトの手を握る。
「若殿?」
「大丈夫か? 体調とか?」
「……はい♡」
アプトは、微笑んだ。
大河は、その頬に接吻し、自分の膝に座らせる。
「あら、特等席ね?」
「羨ましいです」
「次は私ね?」
3人は軽口を叩くと、アプトの両耳はどんどん赤くなっていく。
「あの、その……」
「アプト、可愛い♡」
「あ、若殿―――」
大河に優しく抱擁され、アプトは益々、顔を赤くするのであった。
4人の妻と別れた後、大河は、豪姫を連れ帰る。
その道中、
「あ、にぃにぃ?」
「お早う」
「うん、おはよー。へっくち」
「風邪?」
「うーん? たぶん?」
季節の変わり目なので、体がそれに適応するのは、子供な分、まだ慣れていないのかもしれない。
「……にぃにぃとあそびたかったのに、ねちゃった」
「まぁ、『寝る子は育つ』から」
幸姫の部屋の前に到着すると、
「おわかれ?」
「まだ一緒に居たい?」
「うん。あそんでないから」
「気持ちは嬉しいけど、さっき
「たくさんねたからねれない」
「あー……」
昼寝は大体15分が良い、という話があるが、今日の豪姫のそれは、明らかにそれを超えている。
恐らく今晩は、余り眠れないだろう。
「……んー、じゃあ、今晩は、俺の部屋に来るか?」
「良いの?」
「良いよ。何も無いし」
「よふかし♡ よふかし♡」
豪姫は上機嫌になっていると、
「貴方、何の騒ぎよ」
幸姫が扉を開けた。
「あ、若殿」
部屋には、井伊直虎も居る。
2人で女子会を開いていた様だ。
「豪がお昼寝しちゃったから今晩、俺の部屋で過ごさせようかと」
幸姫の部屋で寝させるのもありではあるが、元気な豪姫な所為で幸姫、摩阿姫、与免が寝不足になるのは、忍びない。
「じゃあ、私達も寝るわ。貴方だけじゃ、世話大変だろうし」
「あねうえ、わたし1人前!」
「厠を1人で行けない癖に?」
「がー!」
犬歯を剥き出しにして、豪姫は怒る。
「まぁまぁ。幸は明日、時間ある?」
「うん。大丈夫だよ。ここに内定貰っているから、明日だけじゃなく4月までは」
「そういえばそうだったな」
大学4年生である幸姫は、去年の内に山城真田家から内定を貰い、後は、卒業に向けての準備を進めていた。
因みに人事に関しては、家臣に一任している為、大河は、一切、口利き等はしていない。
幸姫は、大河の腕に絡みつく。
「それとも、私達だけで寝る?」
妖艶な言い方だ。
「若殿~……」
「にぃにぃ!」
放置された直虎は袖を引っ張り、豪姫は今度は、大河に牙を剥く。
色々と情報量が多い現場だ。
「豪、暴れたら今日は一緒に寝ないよ?」
「うー……」
幸姫、直虎に接吻すると、豪姫は、恨めし気な顔になりつつ、沈静化。
何だかんだで豪姫も大河の事が大好きなのだ。
「わかった。皆といっしょ」
「良い子だ」
「えへへへ♡」
豪姫の頭を撫でると、すぐに上機嫌になるのであった。
[参考文献・出典]
*1:tenk.jp
*2:キュティア老犬クリニック HP
*3:ねこのきもち 2018年8月号
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