第650話 妻ノ圧力

 機嫌が直った伊万は、何処までもついてくる様になった。

「若殿~♡ 御味噌汁です~♡」

「おお~有難う~」

 伊万が食事介助を行う。

「はい。若殿、あ~ん♡」

「はふはふ」

「若殿、可愛い♡」

 滅茶苦茶距離感が近い。

 以前も距離感は近かったのだが、今はそれ以上だ。

 女性陣は、察する。

 御手付き確定、と。

 謙信が、伊万を抱っこして膝に乗せる。

「伊万、何か良い事あった?」

「はい。若殿と昨日、半休を一緒に過ごさせて頂きました♡」

「あら、そうなのよ。よかったね」

「はい♡」

 直後、謙信は、龍の様な視線を大河に送る。

「私が陛下と御所で仕事している間に半休ねぇ?」

「いや、えっと、その……」

 有給休暇は労働者の権利なのだが、共働きの妻には通じ難い。

「全くもう……幸せにするのよ?」

「分かってるって」

 謝罪の意味も込めて大河は、謙信の額に接吻する。

「もう……」

 謙信はそれを呆れ顔で受け入れた後、累の育児を始めた。

 照れ隠しなのだろう。

 然し、耳が赤い為、大河には、お見通しだ。

「可愛いなぁ―――」

「殺されたいの?」

「御免なさい」

 恐妻家・大河に伊万は、微笑む。

(若殿も私が尻に敷くかもね♡)

「!」

 その視線を感じた大河は、身震いするのであった。


 伊万が何処までもついていく事に対し、摩阿姫は危機感を覚えた。

(……先を越されたかも?)

 これ程摩阿姫が、伊万を意識するのは、2人が1歳差だからだ。

 然も、彼女は”東国一の美少女”と誉れ高い。

 大河が気にいるのも当然の話だろう。

 然も半日、一緒に過ごした、というのだから。

「……真田様」

「んー?」

 伊万、豪姫、与免に背中の抱き着かれつつ、大河は幸姫、稲姫、甲斐姫を侍らせ、報告書を読んでいる。

「次は何時、有給をお取りに?」

「!」

 伊万が顔を覗かせる。

「んー、来月かな? 溜まってるし」

 有給休暇取得は、労働基準法の下、義務化されており、その日は、在宅勤務や差0ビス残業も認められていない。

 大河は、余り自分から積極的に取らないたちな様で、年度末に残っている有給を一気に消化している。

 予定では、来月、一気に取得すると思われるだろう。

「何処か行きたい?」

「はい。

地主じしゅ神社

・八坂神社

安井金比羅宮やすいこんぴらぐう

貴船きふね神社

・下鴨神社

 に行きたいです♡」

「……分かった」

 摩阿姫が挙げた5か所は、全て恋愛成就や縁結びで有名な神社だ。

「そこを選んだ理由は?」

「家族の為です。ねぇ、豪? 与免?」

「う~ん?」

「おそと? いきたい!」

 あんまり分かっていない様子の豪姫と、兎に角外出したい与免。

「まぁ、それは土日でも出来るんじゃないか?」

「土日だと観光客が多い為、警備面での点から平日が宜しいかと」

「……まぁな」

 大河は、顎をしゃくる。

 先程の5社は、土日、観光ツアーが開催される程、大人気な神社だ。

「まぁ、でも行くとしたら皆で行きたいかな。気分転換で、な?」

「そうですね♡」

 1番の反応を見せたのは、甲斐姫だ。

 大河に頬ずりし、接吻する。

 まるで摩阿姫に見せ付ける様に。

(このあまぁ

 あからさまな宣戦布告に摩阿姫は、内心、青筋を立てる。

「ふふふ♡」

い、酔ってる?」

 幸姫が答えた。

「昨晩、綾様と飲み比べしたそうよ」

「それで?」

「多分、酔いが残っているんじゃない?」

「……だから、今日は綾を見ていないんだな?」

 綾御前等、一部の女性は、寺子屋等の講師の仕事がある為、天守に来ない場合がある。

 それでも終業後は、上がってきてイチャイチャし合うのが、彼女達なのだが、今日は、見ていない。

 若しかしたら、二日酔いで起きれないのかもしれない。

「ちょっと見てくるよ」

「優しいね?」

「いつもだよ。幸」

 幸姫にも接吻した後、振り返った。

「済まんが、皆、離れてくれないか?」

「あやさまにあいにくの?」

「わたしもいく~」

「んじゃ与祢は豪を。伊万は与免を頼む」

「「は」」

 報告書を閉じ、全員で綾御前の部屋へと向かう。


 大河が稲姫に肩車を行い、空いた左右の手は、幸姫、甲斐姫が其々握る。

 発起人・摩阿姫はというと。

「摩阿、子守熊こもりぐまみたいだな?」

「えへへへ♡」

 笑って大河の胸板にしがみついていた。

 子守熊は、コアラの和名だ。

 オーストラリア大陸が、日ノ本の飛び地になった事から、コアラも厳重な保護管理の下、来日し、国立動物園で観る事が出来る。

 それ以外にも多数の動物が来日を果たし、

袋狼ふくろおおかみ(タスマニア狼、タスマニアタイガー(英名:サイラシン)

 ※史実では、1936年に絶滅(*1)

・タスマニアデビル

袋鼠ふくろねずみ(*2)=カンガルー

・クオッカ(クアッカワラビー)

・ウォンバット(ヒメウォンバット *3)

鴨嘴カモノハシ

鴯鶓エミュー

 が、居る。

 この為、この時代の人々は、意外と現代日本人と同じ位、オーストラリア大陸の動物に対する認識を深めていた。

 そんな世相だからこそ、摩阿姫は、コアラの真似事をしているのだろう。

 その深層心理にあるのは、大河の対する恋心であるが。

「「……」」

 与祢、伊万の視線が厳しい。

 摩阿姫が接吻でもすれば、抜刀し殺害しそうな程の勢いである。

「歩き辛いですか?」

「いいや。大丈夫だよ」

 摩阿姫は、25㎏。

 これは、8歳0か月の標準体重の平均値が25・4kg(*4)なので、大体、その平均通りだろう。

 尤も、コアラは、4~15kg(*5)なので、摩阿姫はそれよりもずっと重い感じにはなるのだが。

「? 真田様?」

「うん?」

「今、失礼な事を考えましたよね?」

「全然」

 幸姫、甲斐姫を抱き寄せつつ、大河は真剣な眼差しで言う。

「女性の体重については考えない様にしているからな」

「……それは失礼だよ」

 摩阿姫が遠回しに罵倒された事に幸姫は、イラっとしてガブリ。

「痛!」

「妹を虐めた罰よ」

 耳朶みみたぶを思いっきり、噛まれた。


  赤くなった耳朶を甲斐姫が消毒液で癒す。

「若殿は、大変ですね?」

「そうだな」

 耳朶を噛んだ幸姫は、摩阿姫、豪姫、与免を抱えて離れている。

 同行しているが、妹達の世話を優先している為、大河と再び手を繋ぐ事は無い。

 その為、空いている手は、稲姫と甲斐姫が独占している。

「若殿、千様からの御伝言です。『早く稲の子供を』と」

「おいおい、精神的な負担をかけるなよ?」

「でも武人・本田忠勝の孫にもなるんですよ? 期待せざるを得ないでしょう?」

 大河の肩にしなだれかかり、稲姫は甘える。

「それを言うなら私もです。若殿♡」

 甲斐姫も逆側から同じ事をする。

「父が『早く孫を見たい』と」

「焦らすなよ」

 苦笑しつつ、大河はその手を強く握る。

(今晩は、この3人とだな)

 余りにも圧が凄まじい為、大河はそう決心するのであった。 


[参考文献・出典]

*1:ダニエル・スミス『絶対に見られない世界の秘宝99』

  日経ナショナルジオグラフィック社 2015年

*2:松村明編 『大辞林 4.0』 三省堂 2019年

*3:白石哲 『動物たちの地球 哺乳類I 2 カンガルー・コアラほか』第8巻 38号 

  朝日新聞社 1992年

*4:スクスクのっぽくん HP

*5:pepy HP

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