第651話 蒙古山猫

 万和6(1581)年2月22日。

 2ニャン22ニャンニャン―――『猫の日』という事で、今日は朝から猫関連の行事が目白押しだ。

「「にゃ~!」」

 豪姫と与免は、子猫にメロメロだ。

 累に至っては、両手を上げて、

「シャー!」

 と牙を立てて遊んでいる。

 動物愛護法の下、野良の動物は、基本的に各自治体が収容している為、国内に野良は基本的に居ない。

 女性陣が遊んでいる猫達も元々は、野良だったり、捨て猫だったりだ。

「えへへへへへ♡」

 朝顔は三毛猫に、

「もうくすぐったいって♡」

 ヨハンナは、アメリカンショートヘアの子猫に頬を舐められ、

「あら~♡」

「本当、もう♡」

 生まれたばかりのシンガプーラの赤ちゃんにラナとマリアは、目尻が緩みっ放しだ。

 妊娠中の誾千代、アプト、橋姫、早川殿も気分転換に行事に参加している。

「「「……」」」

 猫が集まり、4人の腹部を嗅いでいる。

 動物が持つ潜在的能力で赤子を認識しているのかもしれない。

 こそばゆさを感じつつ、誾千代が問う。

「貴方、これは?」

「敵意が無い証拠だよ」

 そう言う大河の周りには、見慣れない猫が取り囲んでいた。

「「「……」」」

 皆、自由気ままだが、大河から離れる事は無い。

 アプトが不思議そうに尋ねる。

「若殿、この猫は?」

蒙古山猫もうこやまねこだよ。オスマン帝国からの友好の印だ」

 蒙古山猫は、余り聴き馴染みが無いかもしれない。

 一般的に広く知られた名前では、『マヌルネコ』(*1)。

 こちらの方が聴き馴染みがあるかもしれない。

 その特徴は、以下の通り。

 ―――

 頭胴長(体長):50~65cm(*2)

 尾長     :21~31cm(*2)

 体重     :雄3・3~5・3kg 雌2・5~5kg(*3)。

 身体的特徴  :

 厚い毛の御蔭で、雪上や凍った地面の上に腹這いになった時、体を冷やさずに済む(*1)。

 体は橙みを帯びた灰色、腹面は白っぽい灰色、四肢は黄土色、腰に茶色の横縞が走る(*1)。

 尾には5~6本の黒い縞模様が入り、先端は黒い(*1)(*2)。

 頬は白色で長い毛がある(*1)。

 左右の耳介は離れ、低い位置にある(*2)。

 特徴的な顔つきで、目の位置が高い所にあるので、額は高く、丸い耳が低く離れた位置に付いている様に見える(*1)。

 眼は顔の前方に位置する(*2)。

 目の位置が高いのは、身を隠せる場所の少ない平坦な砂漠やステップで、岩陰に臥せて岩の上から目だけを出して獲物を狙うのに適しているからだと考えられている(*1)。

 虹彩は黄色で、瞳孔は丸く収縮する(*1)(*2)。

 歯列は門歯が上下6本、犬歯が上下2本、小臼歯が上下4本、大臼歯が上下2本と計28本(*2)。

 ―――(*4)

 初めて見るマヌルネコに心愛は、指でつつく。

「お? お? お?」

 突かれたマヌルネコは、猫パンチを繰り出そうとするも、心愛の小ささに驚き、寸での所でやめた。

 そして、心愛の顔を舐め始める。

 マヌルネコと人間との関係は、余り宜しくは無い。

 その毛皮は、利用される事もあり、モンゴルやロシアでは、

・脂肪

・内臓

 が薬用になる、と信じられている、という(*4)。

 この他、

・土地開発

 →農地開発、牧草地への転換・過放牧・採掘等による生息地の破壊及び分断化、

・非合法な狩猟

混獲こんかく

・牧羊犬や野犬による捕食

・感染症防止等の理由による駆除の影響

 等により、生息数は減少中だ(*4)。

 この状況から、法整備が進み、狩猟は規制されているのだが、多くの生息地で密漁が行われている、と見られる(*4)。

 この為、保護の対象にしたいのだがマヌルネコが、感染症による死亡率が高い(*4)事から、動物園単位の保護は進んでも民間人には積極的に手が出せないのが実情だ。

 そんな中でロシアが繁殖に力を進めており、ロシアで生まれたつがいが国外に送られ、日本でも一部の動物園で観る事が出来る(*4)。

 日ノ本で繁殖が成功しているのは、ロシア人の専門家を呼び、飼育を一任させている為である。

 一部のマヌルネコは、遠巻きに見詰めるデイビッドや猿夜叉丸にも近づき、体臭を嗅ぐ。

「皆、噛まない様に躾けてあるから触り。ただ、優しくな?」

「「あーい」」

 2人は、挙手して恐る恐る触れだす。

 この家に居るマヌルネコは、

 大陸で乱獲に遭っていた為、人間を嫌っていたのだが、大河の長期間により保護活動により、人間への敵愾心てきがいしんは、薄れていた。

「……」

「与祢が1番気にいられたな?」

「そうですね……」

 マヌルネコが1番興味を引いたのは、与祢であった。

「にゃ~ん♡」

 猫撫で声で甘え、与祢の膝に飛び乗り、「撫でろ」と要求する。

「……」

 恐る恐る指示通り撫でるとマヌルネコは、喉を鳴らす。

 それを見ていた他のマヌルネコが続々と集まり、与祢を囲む。

「良いなぁ。先輩」

 伊万が羨望の声を上げるは、こればかりは仕方がない。

 大河は、近くのマヌルネコを撫でると、立ち上がる。

「あ、若殿、何処へ?」

「厠だよ。伊万は、遊んでおいていいよ」

「お供します」

 と、言いつつ、穏やかなマヌルネコを抱っこした。

「遊んでとき。代わりに珠が居るから」

「へ? 私?」

 急に名指しされ珠は、戸惑う。

 マヌルネコに餌をやっていた為だ。

「まぁ、逢引だよ」

「まぬちゃん~」

 愛称ニックネームを付けた個体に別れを告げて、珠は大河に引きずられていくのであった。


 厠を出た2人は、縁側に座る。

 戻ってもいいが、今は2人で過ごしたい気分であったから。

「若殿、今度は猫の仮装しましょうか?」

「猫娘?」

「はい♡」

「良いな。じゃあ、頼むよ」

 珠が、大河の手を握る。

 力強く。

「早く先輩の様に妊娠したいですね」

「その前に明智城再建が先では?」

 明智氏所縁ゆかり山城やまじろ・明智城(長山城、明智長山城とも *5)は、康永元(1342)年から弘治2(1556)年の214年間、美濃国可児郡(現・岐阜県可児市等)に存在した。

 ―――

『明智城は可児郡明智庄長山城の事である。

 明智城は土岐美濃守光衡により5代目にあたる頼清(民部大輔頼宗)の次男、明智次郎頼兼が康永元(1342)年3月、美濃国可児郡明智庄長山に初めて明智城を築城し、光秀の代まで居城した』

 ―――

 その最後は、悲劇的で弘治2(1556)年、稲葉山城主・斎藤義龍の攻撃を受け、明智城代・明智光安とその一族等870余人は、籠城(*5)。

 然し、義龍軍3700余には敵わず、明智氏一族の多くは、落城前に自刃した(*5)。

 この合戦により、

・明智光安(当主)

・明智光久(光安の弟)

 等、明智氏は、主要な人物を失った(*7)のだが、光秀が大河の直臣になると、形勢逆転。

 一気に潤う様になり、明智氏は、明智城再建に舵を切っている。

 無論、現在は、昔の様な山城やまじろを建てたい保守派と、現在の栄華を反映しようという革新派の対立になっているが。

「明智城、再建出来ましたら、是非、御入場してください。未来の旦那様♡」

 ちゅっと頬に接吻し、珠はそのまま大河の両手を握り、押し倒すのであった。


[参考文献・出典]

*1:今泉忠明 『野生ネコの百科[最新版]』 データハウス 2004年

*2:成島悦雄 『世界の動物 分類と飼育2 (食肉目)』監修・今泉吉典

  東京動物園協会 1991年

*3:ルーク・ハンター 『野生ネコの教科書』

  訳・山上圭子 監修・今泉忠明 エクスナレッジ 2018年

*4:ウィキペディア

*5:『日本の城がわかる事典』講談社

*6:『美濃国緒旧記』

*7:田端泰子『女性歴史文化研究所紀要』第18巻 

  京都橘大学女性歴史文化研究所 2010年

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