第643話 織田信孝倒閣運動
「首相、だと?」
推挙の報告は、すぐに羽柴秀吉の下に伝わった。
「真田が?」
「そう聞いてるよ。兄者、真田に従って良かったな?」
弟・羽柴秀長は、笑う。
「……姫の影響か?」
「いいや。それは無さそうだよ。”七本槍”の話じゃ、愛人のままらしいし」
「……」
姫路殿の口利きの可能性を考えられたが、その線は薄そうだ。
「兄者と
「……真田は、俺を取り入ろうとしているのか?」
「さぁ? その気は無いんじゃないな?」
「何故、分かる?」
「女性しか興味が無い真田だぞ? もう美女は沢山居るし、権力は興味無さそうだし。兄者に取り入る理由が無いよ」
「……」
ズバズバと言えるのは、兄弟だからだ。
秀長は、続ける。
「そんなに気になるのは、直接本人に聞けば良いよ。夢だったんだろう? 天下人」
「……まぁ」
「お市様は叶わず、側室も奪われた兄者が進むべき道は、一つ。天下人よ」
「……」
「真田殿が、天下泰平の基盤を築いたのだから、後は兄者が手料理して、夢だった平和な世界を築こうよ」
「……そうだな」
秀吉は元々、武士の家系ではない。
一般的には農民出身とされているが、異説もあり定まっていないのが実情だ。
―――
例
①百姓身分よりも下の階層出身説(*1)
元々、苗字を持たなかった身分の生まれだが、
②
『若い頃は山で薪を刈り、それを売って生計を立てていた』(*2)
『樵出身』(*3)
③低層階級出身説(*4)
『秀吉の出生、元これ貴にあらず』(*5)
④帝の落胤説
『秀吉の母・大政所の父は「萩の中納言」であり、大政所が宮仕えをした後に生まれた』(*6)
秀吉公「わが母若き時、内裏のみづし所の下女たりしが、ゆくりか玉体に近づき奉
りし事あり」(*7)
⑤足軽の子説(*8)
⑥僧侶の子孫説(*9)
秀吉の曾祖父「国吉」が、近江国浅井郡の還俗僧で、後に尾張愛知郡中村に移住(*10)。
⑦信長の同朋衆であった竹阿弥が実父説(*11)(*12)
……
―――
この内、落胤説に関しては、当時の公家に萩中納言という人物は見当たらない為、秀吉の自称とされている(*7)。
兎にも角にも、この様な謎多き人物が関白にまで登り詰めたのだから、「奇跡」とも言えるだろう。
この異世界では、流石に関白は困難だろうが、首相は、好機がある。
国政選挙で当選し、次に与党の党首選挙で勝てばいいのだから、縁故主義的で家系図を重んじる関白よりかは難易度は低い。
幸い信長は、家格よりも能力を重視した為、秀吉は城主にまで昇進出来たが、日ノ本全土では、必ずしも同じとは限らない。
『法の下の平等』と憲法で明記しているのだが、身分制を重んじる人々も多い為、出自で苦労してきた秀吉には、首相はそれを改革する為には、最大級の好機だ。
「唯一の懸念材料は、浅井だな」
「そうだな。お市様や茶々様等は、反対の姿勢らしい」
秀長の言葉に、秀吉も天を仰ぐ。
「……万人には、好かれんよ。こればかりはな」
秀吉とて子供を殺害するのは余り乗り気ではなかったが、当時は命令だった為、従わざるを得なかった。
万福丸の様な犠牲者の為にも平和な時代を維持しなければならない。
「若し、その話が来たら謹んで御受けするよ」
「兄者も大人になったな?」
ニヤニヤする秀長を睨む秀吉。
仕事の話をしても結局は、軽口を言い合う仲は兄弟そのものであった。
大日本帝国憲法以降の日本の総理大臣は、直近の令和4(2022)年元日までの間に、101代、実に64人もの首相が誕生している。
然し、それだけ多くなれば、当然、穏健に退任する事も出来ない首相も居る。
―――
例 丸数字は、第〇次
・自発的 6例
伊藤博文(①、②)、山県有朋(①、②)、桂太郎(①、②)
・政策上の行き詰まり 10例
黒田清隆、伊藤博文(③)、若槻礼次郎、近衛文麿(①、③)、平沼騏一郎、
阿部信行、米内光政、東条英機、小磯国昭
・複合的要因 8例
松方正義(①、②)、伊藤博文(④)、西園寺公望(②)、山本権兵衛(①、②)
大隈重信(②)、寺内正毅(①)
・内部崩壊 7例
大隈重信(①)、細川護熙、羽田孜、村山富市、福田康夫、鳩山由紀夫、菅直人
・外部的圧力 2例
西園寺公望(①)、桂太郎(③)
・急死 5例
原敬、加藤友三郎、加藤高明、犬養毅、大平正芳(②)
・閣内不一致 4例
高橋是清、若槻礼次郎(②)、広田弘毅、近衛文麿(②)
・選挙での敗戦 6例
清浦奎吾、林銑十郎、吉田茂(①)、福田赳夫、宇野宗佑、橋本龍太郎(②)
・その他 13例
田中義一、濱口雄幸、岡田啓介、鈴木貫太郎、東久邇宮稔彦、幣原喜重郎、
片山哲、鳩山一郎(②、③)岸信介(②)、鈴木善幸、海部俊樹、森喜朗(②)
・醜聞 4例
斎藤実、芦田均、吉田茂(⑤)、田中角栄(②)、竹下登
・総選挙の国会召集 25例
吉田茂(②③④)、鳩山一郎(①)、岸信介(①)、池田勇人(①、③)、
佐藤栄作(①、②)、田中角栄(①)、三木武夫、大平正芳(①)、
中曾根康弘(①、②)、海部俊樹(①)、宮澤喜一、橋本龍太郎(①)、
森喜朗(①)、小泉純一郎(①、②)、麻生太郎、野田佳彦、
安倍晋三(②、③)、岸田文雄(①)
・病気 5例
石橋湛山、池田勇人(③)、小渕恵三、安倍晋三(①、④)
・任期満了 4例
佐藤栄作(③)、中曾根康弘(③)、小泉純一郎(③)、菅義偉
―――(*13)
憲政下では、101代、64人もの首相が誕生しているのだが、任期満了は、僅か4例のみ。
平成18(2006)年から平成24(2012)年にかけて、実に7年連続で首相が交代する珍事があった様に、長期政権は出来ても、任期満了で退任するのは、極めて難しい事だろう。
信孝の弱気が露わになった織田政権内部では、所謂、『信孝おろし』が始まった。
そんな中、京都新城では、冷え切った空気が流れていた。
「裏切者~」
万和6(1581)年2月13日。
高級料亭から帰った大河は、その夜、お市の馬乗りに遭い、首を絞められていた。
「死ぬって」
「死になさい」
会話だけ見たら、殺人未遂事件だが、お市の握力は殆どない。
大河が本気を出せば振り解けるし、双方じゃれついている感じだ。
大河の右脇には、茶々、摩阿姫。
左脇には、お初、豪姫。
お江と与免は、其々、右足、左足にコアラの様にしがみついて寝ている。
「真田様、何故、あの様な者を?」
「茶々も嫌?」
「兄の仇ですから」
二の腕に爪を立てる。
「済まんな。能力を重視したんだ」
「……はい」
嫌々だが、理不尽な事が日常茶飯事であった戦国時代と比べると、このくらいならまだ飲めなくはない範囲だ。
大河は、お市と接吻後、茶々→摩阿姫→お初→豪姫の順にその頭を撫でていく。
「にぃにぃ。こもりうた、うたって~」
豪姫が両目を
「分かったよ」
「豪、それは私がするわ」
豪姫を抱っこしたお市は、そのまま大河の胸に横になり、子守歌を歌い出す。
「……えへへ♡」
お市の優しい歌声に摩阿姫と豪姫は舟をこぎ出し、
「「(ふわぁ~)」」
茶々とお初も欠伸を漏らすのであった。
[参考文献・出典]
*1:小和田哲男『北政所と淀殿 豊臣家を守ろうとした妻たち』吉川弘文館 2009年
*2:『フロイス日本史』
*3:『日本教会史』
*4:『豊鑑』
*5:『天正記』「惟任退治記」
*6:『天正記』「関白任官記」大村由己
*7:『載恩記』松永貞徳
*8:『太閤素性記』
*9:『塩尻』(江戸時代の武士・天野信景の随筆)「秀吉系図」
*10:小和田哲男『豊臣秀吉』中央公論社〈中公新書〉 1985年
*11:『朝日物語』
*12:『豊臣系図』
*13:ウィキペディア
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