第642話 三十六功臣

 大河に手柄を奪われた織田信孝は、もう感情の制御がつかない。

「貞勝」

「は」

「浪人を雇え」

「? 何をなさるんで?」

「暗殺だよ」

「!」

「近衛大将の癖に政権運営を邪魔する奴は、国賊だ」

「……」

 村井貞勝は、唇を真一文字に結ぶ。

 忠臣として従いたい所だが、現実問題、相手は強大だ。

 何せ軍と警察を掌握しているのだから。

 その上、朝廷をも味方にしている。

 流石に従い難い。

「貞勝、聞けぬのか?」

「……申し訳御座いません」

 土下座して、辞表を出す。

「! なんだこれは……?」

「もう従いきれません……」

 史実では、本能寺の変で織田信忠に従い、最後の最後まで戦い討ち死にした忠臣でも平和な時代が訪れれば、命が惜しくなる。

「上様、残念ながら世は真田の時代なのです。御再考願い下さい。信長様、信忠様、信雄様とこれまで敗れてきました。これが現実なのです」

「! 手討ちにされたいのか?」

「忠臣としての最後の仕事かと。これ以上、織田家の没落を極楽浄土の、

・織田信光のぶみつ

・織田広良ひろよし

・平手政秀

・平手汎秀ひろひで

ばん直政

道家どうけ尾張守

・柴田勝家

・佐久間盛政

・佐久間信盛

・坂井政尚まさひさ

 は、浮かばれないでしょう」

「!」

 貞勝が涙ながらに挙げたおとこ達は、後に『織田信長公三十六功臣』(*2)と表される信長の忠臣達だ。

 因みに残りは、

・池田恒興 (1536~1584)

・稲葉一鉄 (1515~1589)

猪子兵助いのこひょうすけ (1546~1582)

・氏家卜全 (1512? ~1571)

・蒲生氏郷 (1556~1595)

・河尻秀隆 (1527~1582)

・斎藤新五 (1541? ~1582)

・坂井久蔵 (1555~1570)

・佐々成政 (1512/1516/1536/1539~1588)

・菅谷長頼 (? ~1582)

・滝川一益 (1525~1586)

武井夕庵たけいせきあん (? ~?)

・丹羽長秀 (1535~1585)

・羽柴秀吉 (1537~1598)

・原田直政 (?  ~1576)

・福富秀勝 (? ~1582)

・不破光治 (? ~?)

・細川藤孝 (1534~1610)

・堀秀政  (1553~1590)

・前田利家 (1539~1599)

・村井貞勝 (? ~1582)

・毛利新介 (? ~1582)

・森蘭丸  (1565~1582)

・森可成   (1523~1570)

・簗田出羽守(? ~?)

・山内一豊 (1545/1546~1605)

・湯浅甚助 (1534~1582)

 と、その殆どがドラマやゲーム、小説等で何れも1回は、見聞きした事があるであろう有名人ばかりである。

 36人の内、26人が存命だが、その中で山城真田派と目されているのが、

・池田恒興→大河の直臣ではないが、頻繁ひんぱんに会食する程、親しい間柄

・羽柴秀吉→敵対関係にあったが、姫路殿を送った後は、恭順きょうじゅんの姿勢

・前田利家→実の娘達を婚約者として送り込む事に成功。

・山内一豊→愛娘が見初められ、以降は、父娘共々、昇進に続く昇進。

 の以上、4人。

 約6人に1人の計算だが、それでも貞勝の様な現実主義者リアリストや『隠れ山城真田支持者』が居る可能性もある為、実際にはもっと多い、と思われる。

「織田の生殺与奪の権利は、真田次第です。上様も分かっている筈でしょう?」

「……」

 忠臣の涙の諫言かんげんに信孝は、黙り込む。

「上様、どうか。どうか……御再考を」

 頭を床に擦り付ける貞勝の姿は、後に「忠臣のかがみ」として織田家内外で広がるのであった。

 

 万和6(1581)年2月13日。

 この日、久々に大河は、織田家、浅井家関係者と共に会食を行う。

 場所は、京都新城と二条城の中間地点に在る高級料亭。

 一見いちげんさん御断りのそこは、

・大臣級の国会議員

・歌舞伎界の宗家「羽田屋」

・十両以上の力士=関取

 といった、成功者の中でも更に上位クラスの者でないと、入れない敷居が高すぎる店であった。

 高級品に然程さほど興味を示さない大河であるが、この店には、付き合いで何度か入った事だけあって慣れている。

 お市が、左側からしな垂れかかった。

「このあわび、活きが良いね」

「伊勢志摩から産地直送だからな」

 鮑の産地の一つに伊勢志摩がある(*3)。

 他にも房総半島、伊豆半島(*3)も産地なのだが、京には、近距離な分、伊勢志摩産がよく入ってくる。

 心愛や猿夜叉丸は、城で珠と直虎が看ている為、夫婦水入らずだ。

 大河の膝の上では、お初とお江が居り、茶々は、右側から寄りかかっている。

 そのイチャイチャを机越しに眺めているのが、信長、信忠、信雄、濃姫、信孝の5人だ。

「なぁ、市。大事な話をするんだからもう少し緊張感を持ってくれないか?」

「私は何時でも緊張感持ってますよ。これでも」

 と言い放ち、大河に頬ずり。

「……」

 信長は、困り顔だが、強くは言えない。

 戦国時代、自分の都合で結婚させ、その上、浅井長政を自刃に追い込み、更には、万福丸まんぷくまるを死刑に処したのだ。

伯父上おじうえ、大事な話とは何ですか?」

 お初が大河を抱擁しつつ尋ねた。

 その目は、「時間無いから早よ」と告げている。

 この会食は、信孝の要望で信長が仲介の下、急遽、設けられたものであった。

 京都新城を出る時、豪姫、与免が泣き叫び、摩阿姫に睨まれた為、帰宅後は三姉妹が大河を独占する筈だ。

「……信孝」

「は……真田よ」

「……」

 首相の顔になった為、大河も近衛大将のそれになる。

「国政に復帰してくれないか?」

「「「「!」」」」

 お市達が、ぎょっとした。

 お市と茶々は、両側から大河の手を握り締める。

「……何故です?」

「最近の貴君の働きぶりを見ていて、やはり現職だけでは不十分と思ってな? 先の太陽王国の件でも内閣が想定した以上の働きを見せてくれた」

「……」

「……権力者は2人も要らない。是非、貴殿には、新しい役職に就いて頂きたい」

「……」

 大河は、黙ったままだ。

 朝顔の事を想って表向きには、政治から退いたのだが、まさかこうなるとは思ってもみなかった。

(働きすぎたかな?)

 日ノ本の国民は、政治の裏側がよく見えない為、その真実には気付く難いが、与党所属の国会議員や外国の外交官になれば、日ノ本の政治の真実がよく分かる。

 政権はあくまでも在るだけで、実際の統治者は大河だ。

 国民主権の体裁ていさいは遵守し、民主主義を維持しているのだが、その内実は、大河による事実上の絶対王政であった。

「……有難いお話ですが、陛下と結婚している以上、国政への復帰は有り得ません」

 信長が難しい顔で言う。

「……でも、もう政権の幹部は、真田を次期首相に推しているぞ?」

「それはそちらの話ですよね? 国民にはどの様に御説明されるんですか?」

「「……」」

 信長、信孝は、黙り込む。

 信忠、信雄も罰が悪いのか、大河と目を合わせない。

「御提案は、有難い話ですが、自分は復職する気はありません。若し、それでも辞職されるのであれば、羽柴秀吉殿を御推挙します」

「! 猿を?」

「!」

 最初に信長が、数瞬後、お市が反応した。

 大河の手を握る力が更に強くなる。

 秀吉は、万福丸に直接手を下した人物だ。

 命令者が信長だった為、秀吉は拒否する事は出来ず、そのまま実行したのだが。

 お市は、終生、秀吉を嫌う理由の一つになった。

「何故、あいつなんだ?」

「信長様に次ぐ天下人だからですよ。又は、内府殿。ただ、内府殿は、関東開発に御忙しいので、秀吉殿になるかと」

「……私情は入ってあるまないな?」

 私情、というのは姫路殿の事だ。

 最近、大河が入れあげている事は信長の耳にも入っている。

「自分が今まで人選で私情を挟んだ事がありますか?」

「……」

 織田政権誕生後、大河は、ほぼ一度たりとも人選には、関わっていない。

「……」

 考える信長と。

「……」

 不安げに大河を見つめるお市。

 対照的な兄妹の姿を、月明かりが煌々こうこうと照らすのであった。


[参考文献・出典]

*1:山本博文 『信長の血統』 文藝春秋〈文春新書875〉2012年

*2:建勲神社 HP

*3:家庭画報.com 2021年5月17日

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