政権交代

第635話 冬ノ国立

 万和6(1581)年1月31日。

 昨日の大雨が嘘の様にみやこは、晴れていた。 

「兄者、どっち勝つと思う?」

 瓦版を読みながら、お江がそう尋ねた。

「う~ん……丹波橋たんばばしじゃないかな?」

「私は御国みくに。勢いが凄いからね」

 2人が話題にしているのは、毎年1月に行われる『全国高等学校蹴球選手権大会』。

 字面そのままに大正7(1918)年からほぼ毎年開催されている、所謂いわゆる『冬の国立』である。

 現代のは、大晦日に開幕戦が行われ、予定通りに行けば、成人の日に決勝戦が行われる事が多い。

 それが日ノ本では、1月中旬に開幕戦を行い、その下旬に決勝戦を行う、という方式を採っていた。

 これは、「地方出身者が帰郷する事が多い年末年始に、態々わざわざ開催するのは、好ましくない」という考えの下だ。

 強豪校には、地方出身者も多く在籍しており、この措置は、非常に嬉しい。

 年がら年中練習に明け暮れる選手やそれを管理する監督には、大会前の大事な時間に気分転換出来るのは、好意的に受け止められていた。

 その為、選手権に出場する生徒は、1月中旬から下旬にかけて、公欠こうけつとなる。

 大会の出場の基準には選手に対し、一定の学業成績に達している事が条件の一つとして義務化されている為、選手も学業を頑張る。

 親としても安心だ。

 因みに決勝戦で対決する丹波橋高校は、現在の京都市伏見区桃山に位置する地元校だ。

 一方、御国高校は、現在の長崎県雲仙市国見町に在る高校である。

 両校とも大会創設以来、よく上位で対戦する為、一応は見知った仲だ。

「観に来たいなぁ」

「公務で入っているから行けるよ」

「本当?」

 お江は両目を輝かせる。

 国立校の体育の授業でも蹴鞠は、人気の為、山城真田家の学生でも履修科目にしている者は多い。

「鶫、何時からだったけ?」

ひつじの刻(現・午後1~3時)です。念の為、全員分の弁当を準備しています」

 どんな状況にもすぐに対応出来る様にしているのが、玄人くろうとだ。

「有難う。助かるよ」

「あ……♡」

 鶫を抱き寄せて、その頬に接吻する。

「……お江様の前で」

「良いの良いの。鶫は、可愛いから♡」

 お江も鶫に抱き着いては、ベタベタ。

 百合百合な展開に大河の鼻の下も伸びる。

「おお……!」

「若殿、見てないで、助け、あ!」

「鶫は可愛いなぁ♡」

「あはははははwwwwww」

 お江に脇をくすぐられ、鶫は、大笑いするのであった。


 娯楽が多様化する中でも、スポーツは、人々を熱狂させる魅力がある。

 その中で、野球は、国民的人気を博していた。

 野球が国民の琴線に触れたのは、投手ピッチャー打者バッターの1対1対であるからだ。

 元寇の時に「やぁやぁ、我こそは……」と名乗っていた様に日ノ本の社会を支える武士には、勝負の精神がある。

 その為、野球が最初に注目を集めたのだ。

 史実でも野球は、戦前に六大学野球や職業野球が人気で、戦後もそれらに加えて高校野球が人気だ。

 一方、サッカーは戦前、ベルリンの奇跡(1936年8月4日)はあったものの野球程、国民の心を捉えたとは言い難い現状であった。

 然し、戦後は『キャプテン翼』が国内外で大ヒットした事でサッカーの認知度も高まり、一気に競技人口が増えた。

 例(*1)

 日本サッカー協会登録の小学生選手

 昭和56(1981)年(連載開始時) 11万人

 昭和63(1988)年(連載終了後) 24万人

 因みに、令和2(2020)年時点では、25万3745人である(*2)。

 この事実は、関係者も認めている。

 ―――

『日本には強化の思想はあっても、普及の思想が無かった。

(そこで1978年から「さわやかサッカー教室」を主催して)僕は子供達と一緒にボールを追いながら、この国に本当のサッカー文化を根付かせよう、自分はその為に種をく人になろうって思ったの。

 でも、僕でも敵わないものが一つだけある。

 漫画の『キャプテン翼』は僕が30年かかった仕事を、たった2年でやっちゃったんだから。

 あれには僕も勝てないな』(*3)

 ―――

 日ノ本でも、日ノ本蹴球協会監修の下、長谷川等伯はせがわとうはく、狩野永徳、海北友松かいほうゆうしょう雲谷等顔うんこくとうがん等の絵師が続々と漫画を発表。

 基本的にボール一つあれば、楽しめる野球よりも手軽なスポーツなので、漫画は描き易く、又、人気絵師作という事もあり、漫画も飛ぶ様に売れ、競技人口増加を手助けている。

 そんな情勢の中での『冬の国立』だ。

 夏は高校野球、冬は蹴球と、季節で完全に二分化されているのが、日ノ本のスポーツ事情である。

 現代では、東京都新宿区に在る国立競技場で決勝戦が行われるのだが、日ノ本では、亀岡に在る京都競技場が開催地だ。

「「「フレフレ! 市丹いちたん! フレフレ! 市丹!」」」

「「「GO! GO! 御国みくに! GO! GO! 御国!」」」

 観客席では、チアガールが踊り狂い、応援団が白い吐息を撒き散らせつつ、応援に熱を入れている。

 地元・亀岡が開催地という事もあり、饗応きょうおう役は、明智光秀、珠の父娘だ。

「陛下、聖下でんか、殿下。どうぞ」

「京極様もお座り下さい」

 光秀が3人掛け、珠がマリア用の椅子を用意する。

 選手達の晴れの舞台なので、彼等に過剰な精神的負担を与えない様に、朝顔達の居る部屋は、ミラーガラスが施されており、中から外を観れても、外から中は分からない。

 ただの壁があるだけだ。

 分かり易く言えば、警察の面通しの様なものである。

「凄い迫力だね」

 猿夜叉丸を抱っこした茶々は、その雰囲気に圧倒されていた。

「「「……」」」

 デイビッド、累、心愛は怖がり、愛王丸にすがり付いている。

「母上、蹴鞠けまりって人気なんですね?」

「そうだね」

 愛王丸もその迫力に怖気づき、小少将に頼り気味だ。

 子供達がこれ程怖がるのは、である。

 応援者がジャンプする為、競技場は常時、震度2~3程揺れているのだ。

 丹波橋高校は、地元校だけあって都民の後押しを受けて、御国高校は、地方出身者の応援を受けている。

 京都至上主義者に煮え湯を飲ませ続けている都内在住の地方出身者は、蹴球でも良いからやり返したい。

 都民は、純粋に地元校を応援したい。

 この対決構造が、生まれていた。

 一方、前田家四姉妹は親類に前田慶次が居る為か、この雰囲気は、慣れていた。

「にぃにぃ。みかん、むいて♡」

「はいよ」

「このしろいの? なに~?」

 与免が差し出した蜜柑みかんを大河が向くと、彼女は、その白い繊維の様な筋をつつく。

「これはね。与免、『中果皮ちゅうかひ(*4)』って言う物で、健康的なものなんだよ」

 中果皮ちゅうかひ(内果皮、アルベドとも)には、

・食物繊維

・ビタミンP

 が豊富に含まれおり、毛細血管を強化しコレステロール値を改善する等の効果があるとされる(*6)。

 蜜柑を食す時、この皮を剥がす人が居るが、実は、栄養的な部分なのである。

「えへへへ♡」

 大河の膝の上で蜜柑を頬張りだす。

「ああ、もう与免様」

 伊万がぽろぽろと落ちていく中果皮を拾っていく。

「それは最後に一遍いっぺんに片付けたら良いから、休み」

「え? でも――――」

「良いから良いから」

 伊万を抱っこし、やはり膝に座らせる。

 豪姫も乗り、大河に甘えだす。

「にぃにぃ。食べさせて♡」

「しょうがないなぁ」

 大河も甘えん坊な婚約者に、頬を緩めるしかない。

「良いなぁ」

「真田様~」

「さなださま~」

 松姫が羨ましがり、阿国、摩阿姫は両側から大河を引っ張る。

「はいはい」

 大河は苦笑いし、両手を大きく広がり、阿国と摩阿姫を侍らせ、松姫は背中から彼を抱擁する。

 そんなこんなで決勝戦が始まった。 


[参考文献・出典]

*1:asahi.com 2007年11月10日

*2:JFA HP

*3:Number Web 2010年4月9日 一部改定

*4:KOKA Net こどもの化学のWebサイト 2020年10月27日

*5:JapanKnowledge

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