第633話 言論ノ自由

『イスパニヤ女王・イサベラに、閣龍ころん(=コロンブス)が新大陸発見の為の艦船を請願し、女王、これを認める。

 

 イスパニヤは、ハロスの港を発して大海原を突き進む閣龍ころんの船であったが、行けども行けども大陸の影すら見えぬ事に苛立ち、乗組員達は遂には彼に短銃の銃口を向ける。

 これに対し、閣龍コロンは、

「我、先に天眼通てんがんつう(=千里眼)をもて、西の方に世界在るを知る」

 と莞爾かんじと打ち笑い、これを退ける。

 果たしてその言葉に違わず、到頭一行は、ハイチへと辿り着くに至る。

 永正3(1507)年の事であった。


 そして、時は流れ、話聖東ワシントンの両親の事に移る。

 父は姓を「話聖東ワシントン」、名は「米理幹メリケン」と呼び、南米大陸の発見者、アメリキュス(=アメリゴ・ヴェスプッチ?)の末孫まっそんとされる。

 この米理幹メリケンが宮廷出仕の際、英女王が愛玩の「夜光の玉」を壊し、その上に侍女「巴利那ハリナ」との密通のかどをもって新大陸に流罪になったが、これは佞臣「布呂礼フロレ」の姦計であった。

  

 新大陸へと流される米理幹メリケン一行の乗る船上に一陣の風と共に黒雲が舞い降り、米理幹メリケン夫婦の前に「ハルマタの島根に住まう妖魔仙人」が出現する。

 まさかの事態に進退きわまった一行だったが、まんまと妖魔を欺く事に成功し、如何にか窮地を脱する事が出来たのであった。

 無事、新大陸に到着した彼等の間に「話聖東ワシントン・ジョージ(*2)」という聡明勇猛な男の子が生まれる。

 18歳になった話聖東ワシントンは、毒気を放って人々を苦しめる双頭の怪物を退治しに「かくまく山」へと登り、退治する。

 

 その帰路、夜の山中で、話聖東ワシントンは山賊に捕まり、危うく殺されそうになっていた乙女「加礼留カレル」を救い出す。

 そこに正体不明の男が現れ、話聖東ワシントンに勝負を挑んだ。

 その男は、「加礼留カレル」の兄の豪傑「払郎基林フランクリン(=ベンジャミン・フランクリン)」で決闘の末、2人はお互いを認め合い、義兄弟の契りを結ぶ。

 そこに村人を率いて加礼留カレルを探しに来た兄妹の父、フランボレスが一行に合流する。

 話聖東は、フランボレスの邸宅に招かれるのであった。


 孝子・阿丹土アダムズ(=ジョン・アダムズ)が老婆の望みで山へ花見に訪れる。

 阿丹土アダムズが母から目を離していた時、彼女は、大蛇に襲われた。

 母を見失った、探索の為に入った奥深い山中で、阿丹土アダムズは、仙女せんにょと出遭う。

 事情を聴いた仙女は、眷属である巨大な霊鷲りょうじゅを召喚し、大蛇を探させ、その後を追うよう阿丹土アダムズに告げる。

 そして霊鷲の助けによって、阿丹土アダムズは、大蛇を一刀両断で仕留めるのであった。

 

 大蛇を退治した事を阿丹土アダムズは、村長に報告するも、その武勇を聞いた荘官のマヂサに娘婿になる事を望まれる。

 これに対し、村人は投票を行い、多数決により阿丹土アダムズは、承諾する。

 マヂサの娘、エヂセの婿になった阿丹土アダムズが村々の若者を集めて軍事訓練を行っていた所、払郎基林フランクリンが村に来た。

 阿丹土アダムズの騎射の才能を認めた払郎基林フランクリンは、大砲の砲身を素手で抱えて、遥か彼方の岩を砕く妙技を披露する。

 調練ちょうれん後、阿丹土アダムズ宅で話を咲かせる2人であったが、払郎基林フランクリンがここに来る前に、話聖東ワシントンが獰猛な人食い虎を素手で退治した話に阿丹土アダムズは、その剛勇にほれ込み、彼に話聖東ワシントンと繋いでくれる事を頼むのであった。

 

 この後、出逢った3人は、13州を英から独立させる為に数々の豪傑や好漢を同志として「ひるぎにあ」の地へと集結するのであった』(*1)

 ―――

 本書は、戯作家が書いたものである為、史実とは一部、相違がある。

 例

 コロンブスのハイチ到達              →1507年× 1492年〇

 アメリゴ・ヴェスプッチの末孫はジョージ・ワシントン→×

 ワシントンの父の名前はメリケン・ワシントン→× オーガスティ・ワシントン〇

 ワシントンの母の名前はハリナ・ワシントン →× メアリー・ワシントン〇

 ワシントンの両親は、英国育ち       →× 米国出身〇

 メアリー・ワシントンは英国王室勤め    →×

 ジョン・アダムズの母の死因は、獣害    →×

 ジョン・アダムズは、結婚を投票で決定   →× 恋文の交換から結婚へ〇

 等

 ……

 16世紀には、アメリカは存在しない。

 然し、歴史と言うのは不思議なもので、時間の逆説タイムパラドックスの影響らしく、文久元(1861)年に刊行される書籍は、万和6(1581)年には、当然無いのだが、仮名垣魯文かながきろぶん(1829~1894)は既に存在しており、空想のみで書き上げていた。

 こういうのが、出来るのは、『水滸伝』(14世紀)、『三国志演義』(14世紀)等の武侠ぶきょう小説による影響と、大河がもたらした外国からの情報を基にしているからだ。

「……無茶苦茶だね」

 デイビッドを抱っこするエリーゼは、苦い顔だ。

 本物のアメリカの建国史を知っている為、違和感が禁じ得ない。

「……発禁処分にしないの?」

「違和感はあるけど、言論の自由だからね」

 日ノ本には、自由権が存在している。

 今回、争点になるのが、以下の文言だ。

 ―――

『【日ノ本憲法 21条】

 1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない』(*3)

 ―――

 この憲法があるからこそ、言論の自由が守られているのだ。

 この結果、天保の改革(1841~1843)の際、弾圧の対象になった人情本にんじょうぼん好色本こうしょくぼんでも、日ノ本では、どんどん出版されている。

 流石に焚書ふんしょに遭うのは、不敬罪に関わる物くらいだ。

 それさえ出さなければ、基本的に政府は黙認している。

「よっと」

 累と与免を抱っこする。

 2人は、御飯事おままごとして遊んでいたが、振り返って大河に抱き着く。

「ち、ちうえ♡」

「さなださま♡」

 2人して頬ずり。

「この子達が自由に楽しく過ごせる世の中には、自由権が必要だ。あの本も冒険譚と解釈すれば良い」

「……まぁ、そうだけど」

 余り納得出来なさそうなエリーゼだが、それ以上の意見は無い。

 デイビッドの頬を撫でる。

「ママ♡」

「うんうん♡」

 エリーゼがデイビッドに集中した事で、大河も2人に集中出来る。

「ちちうえ、かれき」

枯木かれき?」

 首を傾げると、それまで見守っていた松姫が、助け舟を出す。

「(恐らく彼氏かと)」

「彼氏?」

「うん。かれし♡ わたし、かのじょ♡」

「わたし、あいじん♡」

 4歳児が「彼氏」「愛人」と言うのは、余り教育上、良くない様な気がするが、全ての元凶は、大河の愛娘の1人、愛姫が原因だ。

 子供ながら作家として活動する彼女は、驚異的な速度で次々と新作を書き、文壇にその名をとどろかせている。

 その作品の大多数が、大河が模範モデルだ。

 大河が高校生で学園生活を謳歌したり、彼が歌舞伎役者でファンと禁断の恋をしたりと、沢山の恋愛小説が書かれている。

 その殆どの相手役が愛姫なのだが、それは御愛嬌ごあいきょうという事で、大河も薄々気付いているが、修正させたりはしない。

 それは、彼女の創作物であって、大河のそれではないからだ。

 何も言わない分、愛姫は自由に書ける。

「彼氏が二股ふたまたしているが?」

「ちちうえは、たさい、だから」

「摩阿ね~さまがせ~さいで、豪ね~さまが、かのじょ。んで、わたしがあいじん♡」

 累はジト目で睨みつけ、与免は、恐らくだが、意味を余り分からないまま言っている。

(難儀だなぁ)

 苦笑いしつつ、大河は、2人を抱き締め、御飯事に付き合うのであった。


[参考文献・出典]

*1:『童絵解万国噺』 合巻 作・仮名垣魯文 版本挿絵・歌川芳虎 1861年

*2:原文では、ドイツ語読みの「ゲオルグ」

*3:e-Gov法令検索 一部改定

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