第632話 雲竜風虎

 妊娠ラッシュ、という事で大河の士気も高くなる。

 夜は、一度に同衾する人数が増え、昼間は、これ迄以上に仕事をこなす。

 将棋の世界には、新婚の棋士の勝率が上がる、所謂『新婚ブースト』なる現象がある、とされるが、大河の場合は、『妊娠ブースト』と言った所だろうか。

 そのハードな予定スケジュールに加藤清正も、目を見張るばかりだ。

うつけ、と思っていたが……働き者だな)

 その中で1番注目したのが、姫路殿とのやり取りだ。

 当初、「大河に奪われた可哀想な姫君」と思っていたのだが、案外、夫婦仲は良さそうである。

 その証拠に、

「……」

「これ、美味しいよ。有難う」

「……♡」

 姫路殿は、大河の為によく握り飯を作り、食べさせている。

 とても暗殺未遂犯と被害者とのやり取りではない。

 若し、清正が被害者側なら、こんな事は出来ない。

「……要るか?」

「あ、いえ。そういう訳では……」

 凝視していたのを大河が、勘違いした。

 思わず、清正の顔も赤くなる。

 何だかんだで、姫路殿が緩衝材になったのか、七本槍と大河との対立関係は、修復されつつあった。


 軍縮傾向にある山城真田家であるが、その実は、暇ではない。

 首都防衛、という任務がある為、常に士気が高いのだ。

「てー!」

 鶫の号令の下、アームストロング砲が火を噴く。

 標的は、数km先の小屋。

 砲弾が着弾し、木っ端微塵となる。

「「やー!」」

 井伊直虎、風魔小太郎のコンビは、槍を交わらせている。

 これ程近代化が進めば、白兵戦も近代化されがちだが、大河は、「白兵戦は、兵士の基本」と積極的に部下にさせている。

 稲姫は珠と徒手格闘の訓練だ。

 流石に顔面への殴打や目潰し等は禁止されているが、それでも、

「らー!」

 岩石落としバックドロップと言った技は、黙認されている。

 尤も、この技は、数々のリングがある例がある為、危険な技としても知られている。

 例

 平成2(1990)年6月12日 一時的な心臓停止(*1)

 平成21(2009)年6月13日 頸髄離断けいずいりだんによる死亡(*2)

 等

 日頃から鍛え、受け身の練習も行っているプロレスラーでさえ、時には死傷してしまうのだ。

 なので、軍では、岩石落としを使用する時には、衝撃吸収性の高いウレタンマットが必要不可欠だ。

 その上、医師も常に見ている。

 万が一に備えている状況に七本槍は、感心しきりだ。

「「「「「「「……」」」」」」」

 凝視していると、訓練を見て回っていた楠が声をかける。

「観察も良いですが、実際に訓練して頂かないと困りますよ」

 17歳の楠に言われ、

 脇坂安治(27)

 片桐且元(25)

 平野長泰(22)

 福島正則(20)

 加藤清正(19)

 糟屋武則(19)

 加藤嘉明(18)

 の、平均年齢21歳の集団は、

「「「「「「「あ、済まない」」」」」」」

 と、素になって謝るのであった。


 七本槍が剣術の訓練を始めて数時間が経った頃、

「お疲れ~」

 非常に軽い雰囲気で、大河がやって来た。

「「「「「は!」」」」」

 その場に居た軍人達は、熟練ベテラン、新兵無関係に最敬礼で応える。

 大河は普段通り、女性と一緒だ。

 今回は松姫、阿国、綾御前、姫路殿という顔触れである。

 その中で最も男達を内心で歓喜させたのが、阿国であった。

 国立劇場所属の日ノ本一の舞踏家ダンサーは、現代で照らし合わせると、スーパーアイドルの様なもの。

 そんなスーパーアイドルを目の前にすれば、大の男でも、緊張せざるを得ない。

「各自、自分の時機で休憩なぁ」

 手をヒラヒラさせつつ、大河は、鶫達の下へ向かう。

 今回の目的は、彼女達が目的の様だ。

 話し易い近さとはいえども、急な視察は、当然、兵士達を緊張させてしまう。

 大河達を見送った兵士達は、安堵する。

「……急な査察かと思ったぜ」

「ああ、大将は優しいが、軍規には厳格だからな」

「らしいな。噂じゃ、から出張した幹部の手首と足首を斧で切り落としたらしいぞ? 然も笑顔で」

「空出張は詐欺だからな。俺が聞いた話じゃ、訓練で手を抜いていた奴が帰りに行方不明になったらしい」

「行方不明?」

「んで、後日、そいつは大坂湾で魚の肥料になってた、って噂だ。真偽知らんがな」

「あり得そうだな」

 軍人達は、身震いしつつ、用意された飲食物に手を伸ばす。

 七本槍も。

「これは、美味しいな」

「村上茶だよ。天下一品だ」

「この塩結び良いな?」

「”正之助まさのすけ(糟屋武則の通称)”、そっちは良いから、腸詰ちょうづめ食べてみ。絶品だぞ?」

「南蛮の言葉では、『そーせーじ』と言うらしい。この蕃茄ばんか(トマト)の汁と胡椒をかけたら更に美味しいぞ?」

「なるほど。これは美味い」

「反乱が起きない訳だ」

 7人は、御握りと味噌汁と御茶、それに腸詰に舌鼓を打つ。

 軍人は体が資本なので、動いた分だけ食欲がわく。

 なので、食にこだわりを持つ者も居る。

 この為、食料が不味ければ、士気にも影響が出る。

 これ程、美味い飲食物が食べれば、反乱する空気は削がれていく。

 山城真田家が日ノ本で最も厳しい訓練をしている中、反乱の事例が無いのは、そういう事情も関係しているのだろう。

 七本槍もすっかり羽柴秀吉に対する忠誠心は薄れ、山城真田家に馴染むのであった。


 鶫達と会った大河は、早速、彼女達と食事を摂る。

 膝に松姫、左に阿国、右に姫路殿を座らせ、背中は綾御前が抱擁した状態で。

 鶫は苦笑いだ。

「若殿、食べ難いのでは?」

「食べ難いけど、幸せだよ。なぁ、松、阿国?」

「「はい♡」」

 2人は首肯して、大河の為に御握りを握る。

 綾御前は、村上茶を片手に、蚊の様に大河のうなじに吸い付いては離れない。

 そして、時折、

「貴方♡」

 と大河の頬を指で触れる。

 姫路殿は、村上茶を淹れ、大河に差し出す。

「どうぞ」

「有難う」

「若殿―――」

「良いよ」

 鶫が毒見を買って出るが、大河は笑顔で否定し、それを一気飲み。

「美味しいよ。有難う。鶫も気を遣って有難うな?」

「は……」

 姫路殿は、笑顔で首肯し、鶫も、

「……は」

 乾いた笑みで頷く。

 護衛として元暗殺未遂犯が、大河の傍に居るのは、正直、気が気ではない。

 直虎、楠、珠、小太郎、稲姫も渋面だ。

 それでも大河が重用するのは、本気で好いているのだろう。

 姫路殿は、美人であり、元人妻だ。

 どちらも大河の好み、と言えよう。

 史実の天下人・徳川家康も人妻を好んだ。

 その証拠に彼の側室の多くは、人妻や未亡人である(*3)。

 この為、徳川家康=人妻好き、という性癖が一部で浸透しているが、彼が側室のその様な女性を選んだのは、「より確実に子供を産める様に、態々わざわざ出産経験のある女性を側室にして、どんどん子供を儲ける為」(*3)であった。

 例

 継室:朝日姫(豊臣秀吉妹 1543~1590)

    前夫・副田吉成そえだよしなり(? ~?) 異説在り

    →政略結婚の意味合いが強く、2人の間に子供は確認されていない。

 側室:西郷局(1552/1561~1589)

    前夫・?

    前夫・西郷義勝(? ~1571)

    →家康は、3番目で秀忠(江戸幕府2代目将軍 1579~1632)等を産む。

 側室:茶阿局(1550頃~1621)

    前夫・遠江国金谷村の鋳物師(*1)

    →茶阿局の美貌に横恋慕した代官が、鋳物師を殺害(*1)。

     その後、鷹狩中の家康に直訴し、代官は処罰してもらい、自身は浜松城に

     入る(*1)。

     2男を儲ける。

 側室:於亀(1573~1642)

    前夫・竹腰正時

    前夫・石川光元(? ~1601) 豊臣政権の官僚

    →家康は、3番目。

     2男を儲ける。

 側室:阿茶局(1555~1637)

    前夫・神尾忠重(今川家家臣)

    →自身は才知に長け、大阪冬の陣の和睦に尽力。

 ……

(人妻好きなのは、内府殿の影響なのかな? 寵愛を受けるには、一度、他の男性と結婚した方がより一層、燃え上がる……かな?)

 と、色々、考える鶫であった。


[参考文献・出典]

*1:&M 朝日新聞社 2020年2月20日

*2:nikkansports.com 2009年6月15日

*3:刀剣ワールド HP

*4:『柳営婦女伝系』

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