第627話 日光東照宮

 万和6(1581)年1月6日。

 雪が溶け始めた為、猪倉城から一行は、出立する。

 ただ、すぐに溶けても、その影響で川が増水し、氾濫する可能性がある為、慎重に行動しなければならないが。

 大河は、近衛大将として先に道を確認し、参拝も済ませ、日光東照宮で待つ。

「おさるさん!」

 豪姫は、三猿さんえんを指さして興奮する。

御猿おさるさんだねぇ。近くで観たい?」

「みたい! みたい!」

「じゃあ……」

 大河は、跪いて豪姫を肩に乗せ、持ち上げる。

「おお~♡」

 浮彫レリーフに豪姫は、大興奮だ。

 幸姫が謝る。

「御免。豪が……」

「全然。学ぶ機会だからね」

「真田様」

「わたしも~」

 摩阿姫、与免も両側から甘える。

「順番な?」

 前田家三姉妹を相手にする大河は、父親の様な顔をしていた。


 前田家三姉妹の相手と共に、大河は、浅井家三姉妹の相手もこなしている。 

「兄者、これが掃除魚そうじうお?」

「そうだよ」

 足湯に足を突っ込んだお江は、不思議そうな顔だ。

 彼女の足の角質を食べているのは、ドクター・フィッシュだ。

 西アジアの河川を生息地域とし、近年は、多くの国々で皮膚病等の治療に使用されている。

 日ノ本は、オスマン帝国から輸入し、足湯や皮膚科で導入されていた。

 尤も、

・水を通した感染症の伝染対策の為に頻繁に水を取り替える事(*1)

・傷口があるまま入浴すると、瘡蓋かさぶたを剝がされたり、感染症への罹患の可能性がある為、その場合は避ける事(*2)

 の短所デメリットがある為、その辺は、注意しなければならないが。

「気持ち良い?」

「う~ん。あんまり?」

 お江の足にはそれほど集まっていない。

 茶々は興味を示さず、猿夜叉丸と煎餅せんべいを頬張り、お初に至っては、掃除魚に怖がって、大河の後ろに隠れている。

「こういうのはあんまり好きじゃない?」

「うん。何か食われている感じで嫌」

「分かった」

 人には向き不向き、好き嫌いがある為、大河は強要しない。

 一方、幸姫、摩阿姫、豪姫、与免は御付きの与祢、珠、小太郎、伊万と共に足湯を楽しんでいる。

 大河の膝が空いていることに気付いた与免は、

「えへへへ♡」

 じゃぶじゃぶと我が物顔で足湯を横断。

 そのまま膝に飛び乗った。

「与免はここ好き?」

「うん。こしょばゆいけど」

 振動に驚愕し、離れていたドクターフィッシュであるが、落ち着いた後は、再び大河の足に集まってくる。

「さなださまもかくしつ、いっぱい」

「そうだね」

 足首や足の甲の角質かくしつをドクターフィッシュは、ついばんでいく。

「働いた証拠だよ」

 与免専属の侍女である伊万が、足湯を遠回りして来た。

「若殿、申し訳御座いません。与免様が……」

「元気な証拠だよ」

「げんき~♡」

 与免は、大河の胸板に頬ずり。

 大河は、その頭を撫でつつ、伊万も抱っこする。

「伊万も足湯、楽しみ?」

「はい。そうさせて頂きます♡」

 笑顔を見せて、伊万は、両足をさらけ出し、足湯に突っ込む。

「あは♡」

 侍女と令嬢が同時に楽しむ。

 それが、山城真田家の暗黙の了解であった。


 数時間後、朝顔が行列を成して参拝する。

 史上初の帝の参拝なので、地元は大いに沸く。

 彼女が社殿から出てくると、

「「「上皇陛下万歳!」」」

「「「朝顔様万歳!」」」

「「「日ノ本、万歳!」」」

 旭日旗と日章旗の小旗を振るう数百人の民衆。

 村長等、一部の幹部は、この日の為に断酒して歓迎の成功を記念していた程だ。

 その並々ならぬ士気の高さに謙信は、圧倒される。

(凄いわね……)

 朝顔は、馬車から降り、村長等、1人ずつ挨拶していく。

此度このたびの歓迎、有難う御座います」

「ここでの暮らしは、どうですか?」

「冬は寒く、夏は涼しいです」

 村長の答え方は、余りにも当たり障りが無い。

 それもその筈、朝顔の周りには、私服警官がわんさか居り、建物の屋上には、大河が用意した狙撃手スナイパーがこちらを狙っているから。

 不審な行動をしない限りは、撃たれる事は無いのだが、発砲の許可は、狙撃手に裁量さいりょうに任せてある為、万が一の事もあり得る。

 生きた心地がしないのは、当然の話であった。

 分単位の予定スケジュールなので、村長との会話も短い。

「今日は、歓迎して下さり有難う御座いました。それでは失礼します」

 ヨハンナ、ラナ、マリアもお辞儀する。

 そして、4人は、大河を探した。

 モーゼの海渡の様に人垣は、道を作る。

 開けた1本の道の先には、お江とお初と手を繋ぎ、右肩には与免、左肩に豪姫を乗せた大河が居た。

 小少将が氷菓を食べさせていたが、朝顔の視線に気づくと、大河の後ろに隠れた。

 唇についた氷菓を舐め取った後、目が合う。

「あ、陛下? もう終わりですか?」

「時間よ」

「では、御準備します」

 私的プライベートな訪問だが、これだけ目立てば、ほぼ公務だ。

 その為、2人の会話も自然と公的なものになる。

 豪姫と与免は、肩の上から朝顔とハイタッチ。

 朝顔よりも上の場所に居りながらこの態度は、不敬であるが、朝顔は、気にする様子は無い。

 それ所か笑っている。

 これは、後に朝顔の心の広さが伺える逸話として後世に語り継がれる様になるのであった。


 帰り道は、素早い。

 大雪で参拝が延期になった事で、「今後の公務に支障が出かねない」との理由で朝廷から帰京の要請が出た為だ。

 大河による働き方改革の下、皇族の公務は、以前よりもゆとりがある予定になっているのだが、それでも大事な公務もある為、朝廷が焦るのも致し方ない事だろう。

 帰り道、江戸城に立ち寄った大河は、千姫と会う。

「次は何時いつ会える?」

「祖父次第ですわ」

 千姫が家康を見た。

 元康を抱っこし、その笑顔に癒され、此方こちらに意識を手中していない。

 孫を祖父に託し、千姫だけ帰京する事も出来なくはないが、極力、子供の傍には母親が居た方が良いだろう。

「帰ってきたくなったら、連絡無しでも良いから」

「分かっていますわ」

 2人は、抱擁し別れを惜しむ。

 そして家康の目の前であるにも関わらず、濃厚な接吻をする。

(う~ん……)

 元康をつつ、家康は、千姫の様子はちゃんと伺っていた。

 内心は、複雑な感情である。

 目に入れても痛くない位、可愛がっている孫娘が身内とはいえ、自分とは血の繋がりが無い男とあんな事をしてしまっているのだ。

「だい、じょ~ぶ?」

 元康が、不安げに尋ねた。

「あー、うん。大丈夫だよ」

 いずれは徳川の姓を名乗らせる孫の優しさに、家康の涙腺は決壊しかける。

 戦国時代、”海道一の弓取り”の異名の下、主に東海地方でブイブイ言わせていた武士は、孫娘のその様に、三方ヶ原合戦(1573年)以来、心が弱くなるのであった。


[参考文献・出典]

*1:『ZAKZAK』 2011年10月19日

*2:ウィキペディア

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