第628話 新大陸

 帰京した大河を待っていたのは、大量の報告書であった。

「新年から多いな?」

「世界情勢に時期は関係ありませんからね」

 苦笑いの鶫。

 こんな軽口は、他家ではあり得ない事だが、この家では仕事さえ出来ればその辺は、緩々ゆるゆるだ。

 大河が資料を読みつつ、鶫等の説明を聞く。

「新大陸の先住民族が交易を御所望です」

 鶫の言葉に合わせて、小太郎がホワイトボードに世界地図を貼り付け、オーストラリア大陸の部分にピンを立てた。

 日本地図は、大日本沿海輿地全図だいにほんえんかいよちぜんずを使っているのだが、この時代にこれ位の精密な世界地図は存在しない。

 そこれ大河が採ったのは、スマートフォンからグー〇ルマップをダウンロードする、という荒業であった。

 一般的に出回っている地球儀よりも正確な地図、という事もあって、これは日ノ本の外交における重要な武器の一つになっていた。

 大河は、考える。

(白人よりも早い到達だな)

 16世紀頃、オーストラリア大陸は、その存在は認知されていたものの、周りの海が荒れていた為、世界地図には『南方にある未知の大地テラ・アウストラリス・インコグニタ』と記載され(*1)、その詳細は謎に包まれていた。

 現代人に分かり易い感覚で言えば、オーストラリア大陸全体が、アンダマン諸島の北センチネル島の様な状態に近いかもしれない。

 北センチネル島は、21世紀現在、外との交流を一切絶ち、未接触部族として生きるセンチネル族の住居と化し、その島の文化は殆ど分かっていない事で知られている。

 西洋人が始めてオーストラリア大陸に到達したのは、1606年、VOCオランダ東インド会社社員、ウィレム・ヤンスゾーン(1571~1638)とされている(*1)。

 この時は、この土地に魅力が感じられなかった為、入植する事は無かった(*1)。

 入植が始まったのは、それから164年後の1770年、スコットランド人のジェームズ・クックがシドニーのボタニー湾に上陸して領有宣言した事を始まりとしている(*1)。

 余談だが、これよりも以前にシャム(現・タイ)の日本人町で活躍した山田長政が先にオーストラリア大陸を発見していたという説がある(*2)。

 山田長政訪豪説は、現時点で決定的な証拠が無い為、可能性に過ぎないが、若しかすると、オーストラリア大陸に日本人が入植し、日本領になっていた世界線もあったかもしれない。

「先住民族は、どんな人々だ?」

「我が国と同様、山を崇拝している様です」

 先住民族が崇拝している山、というのは『ウルル』であろう。

 多くの日本人には、『エアーズロック』の方が聴き馴染みがあるかもしれない。

 エアーズロックの名前が変わったのは、この由来が先住民族とは何ら関係無い為だ。

 その由来は、1873年、当時の冒険家がこの山を発見した際、当時の南オーストラリア植民地首相、ヘンリー・エアーズ(1821~1897)に因む(*1)。

 然し、近年は、先住民族の権利向上の為に改名する例が多い。

 例

・マッキンリー(マッキンリー大統領由来)→偉大なものデナリ(*3)

 等

「どう接触したんだ?」

「インドネシアに居た日本人商人が、そこで先住民族の方と出会って、交渉したそうです。その際、日本酒に大きく興味を示したそうです」

「不味いな。それは」

「え?」

 大河は、顔をしかめた。

「何か悪い事でも?」

「あそこの人々は、飲酒文化が無いから酒に弱いんだよ。一気に広がるぞ。これは」

 現在、オーストラリアで社会問題になっている一つが、先住民族のアルコール依存症だ。

 少量でも泥酔し易い体質を持つ彼等は、その結果、アルコール依存症を発症する者が多く(*1)、政府支給の公的扶助の下、堕落した生活に陥る者も少なくない(*4)。

 日本人商人は商売の為に試飲させただけなのかもしれないが、これは、今後、オーストラリア大陸の運命を左右させてしまう出来事であろう。

(いや、待てよ)

 大河は、報告書に視線を落とす。

「……ありだな」

「は?」

「共存共栄の道を探る。すぐに大陸に外交官を送れ。通詞つうじは、商人に頼め」

「は!」

 余りの変わりっぷりに鶫は、圧倒されつつも首肯した。


 大河が、方針を急転換したのは、オーストラリア大陸に眠る資源が理由だ。

 オーストラリア大陸は、資源の宝庫だ(*4)。

・産出国(例:鉄鉱石、チタン、ボーキサイト等)

・ウランの埋蔵量約200万tで世界1位

 2位 カザフスタン 約90万t

 3位 カナダ    約85万t

 この様な地域を白人が見逃す事は無く、とりわけ1788年、イギリスの移民がここに来て以来、1901年、事実上の独立を果たす迄、オーストラリアは、英領であった。

 現在は、イギリスの主権外にある独立国家であるが、

・オーストラリア国王(イギリスの国王、或いは女王と同一人物)

・オーストラリア総督(オーストラリア国王の代理人。オーストラリア政府の指名をオーストラリア国王が承認する)

 と言った部分がある様に、2022年現在、独立から121年以上経った今でもイギリスとの縁は切れていない。

(アラスカで成功している分、オーストラリア大陸も成功させよう)

 珠を抱き締めつつ、大河は考える。

「お仕事の顔されてますね?」

「うん?」

「大根役者です♡」

 珠は、大河の頬を優しくつねる。

 自分の事よりも仕事を考えるのは、余り好ましい事ではない。

 端的に言えば、仕事に嫉妬したのだ。

「嫉妬深いな? 七つの大罪を犯してないか?」

「既に色欲を犯していますから……今更ね♡」

 大河の胸板に顔を預ける珠。

 2人のやり取りからすると、深夜の様な雰囲気だが、実際に現在の時刻は、正午。

 仕事中の休憩時間にイチャイチャしているだけである。

 もっとも昼間から、この熱々なのだから、常人だと胃もたれする位、耐えれないかもしれない。

 一夫多妻は、多くの男性の夢かもしれないが、現実には体力勝負だ。

 妻達を平等に接しなければならない為、経済的負担も大きい。

 大河の場合は、20人以上と多過ぎる為、相当な収入と愛が無ければ、難しい話だ。

 珠は手を伸ばして、机上の愛妻弁当を開ける。

「朝早起きして作ってみました♡」

「有難う」

 大河が箸を掴むも、

「私がします♡」

 先に珠が箸で卵焼きを掴み、大河の口に放り込む。

「おお、胡椒こしょうがよく効いているな?」

「分かります?」

「ああ。良い具合にな」

「私からはこれを♡」

 鶫は御握りを。

「どうぞ♡」

 小太郎は、シーザーサラダを推す。

「直虎は?」

「私はお茶です♡」

 水筒を開け、中身を見せた。

「美味そうだ」

「美味しいんですよ♡」

 直虎は、大河の手を握り、深く頷くのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:産経新聞               2014年4月8日

*3:ナショナルジオグラフィック      2015年9月3日

*4:『ゴルゴ13』第198話「シンプソン走路 」1983年6月

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る