第610話 盈々一水

 万和5(1580)年末。

 朝顔、ヨハンナ、ラナ、マリアは炬燵こたつに入り、鍋を囲んでいた。

 大河と誾千代と一緒に。

「サナダ、又、増やしたの?」

「愛人じゃないよ。女中」

「女中でも平気で手を出す癖に?」

 ラナに頬をつつかれる。

「出してないよ」

「与免や珠、伊万は?」

「……御免なさい」

「素直で宜しい」

 ラナは、大河を膝に乗せて抱き締める。

 ラナの左右には、朝顔とヨハンナ、マリア。

 真向いには、誾千代だ。

 鶫達は隣室に控えている為、この場には居ない。

「サナダが夜激しいから、本国の陛下が、誕生を心待ちにしているわ」

「そりゃあ、精神的負担が大きいな」

「何言ってるのよ? 皇帝と教皇を同時に娶っている癖に」

 ヨハンナは、大河の手を握った。

「まぁ、1番は、陛下だけどね」

「ヨハンナ、1番は誾よ」

 否定し、朝顔は、誾千代に配慮した。

「有難う御座います、陛下」

 誾千代は会釈し、大河の御椀に鯨汁を入れる。

 今回の夕食は、綾御前、上杉謙信の異母姉妹が作った。

 忠臣且つ身内の料理なので、言わずもがな、毒見は失礼なのだが、食べるのが、朝顔以外にもヨハンナ(旧教カトリック圏に今尚、大きな影響力を持つ)、ラナ(布哇ハワイ王国王女)なので、食中毒でもあった場合、国際問題に関わる。

 こればかりは、信用問題にも繋がる為、無くなる事は無い。

「温まるな」

 大河は呟くと共に暇を持て余していたマリアにも手を伸ばし、その手を握る。

 ヨハンナとセットで娶った側室だ。

 1人だけけ者、というのは出来ない。

「宗教政策には、不満は無い?」

「勿論です。不定期に監査に来る宗教警察が少し目障りですが」

 大河の推し進める政策に、はっきりと物を言う。

 これが京極マリア、という女性だ。

 周りが追従者イエスマンだと権力者は、自分を見失いがちだ。

 自分が選ぶ道が全て正解、と勘違いし、独裁者に成り易い。

「済まんな。平和と其々それぞれの教義を守る為だから」

「分かっています」

 マリアも腕を伸ばし、ヨハンナを挟んで大河と抱き合う。

 祖国を失った無国籍者は、ここで新たな地位を得て、一生を遂げる。

 大河と一緒ならば、大英帝国も刺客を送る事は無い。

「私は除け者?」

「いいや。一緒だよ」

 ヨハンナの頬を撫で、大河はそこに接吻した。

「もう私は?」

 誾千代が唇を突きだす。

「分かってるよ」

 誾千代にも行い、次に朝顔。

 上皇が3番目というのは、身分上、間違った順番だが、朝顔はそんな事で怒る事は無い。

 鯨汁は、冷めていく。

 大河の深い愛と反比例していく様に。


 鯨汁を完食後、大河は、誾千代、ヨハンナ、マリア、ラナと愛し合った。

「「「「zzz……」」」」

 4人の寝姿を確認後、大河は、再び朝顔に会いに行く。

 日付は、もうすぐ変わる頃であったが、彼女はまだ起きていた。

 布団の上で、俯せになり本を読んでいた。

「……遅い」

 大河に気付くと、本を閉じ、抗議の視線を送る。

「御免。寝かしつけるのが遅れて」

「……まぁ、約束を守っているから良いけどね。でも、次からは、極力、時間厳守ね?」

「分かってる。済まなかった」

「ここ」

 朝顔は、隣のスペースを叩く。

 ボスボス、と。

 指示通り、大河はそこに寝転がる。

 朝顔同様、俯せで。

「言う事あるんじゃない?」

「姫子の事か?」

「うん。あの子、如何したの?」

「羽柴家が和解案で送って来たんだよ」

「あの噂を真に受けて?」

 毎朝、新聞を読む為、朝顔の耳にも当然、噂は届いている。

「そうだよ。断ったけどな」

 事実とは若干違いがあるが、それでも結局は同じ事なので、大河はそれで通す。

「色々、訊いたけど、粗相して御半下おはした御末おすえ、とも)に降格したんだって?」

「うん」

「珍しい?」

「だって基本、厳罰に処さないから」

「そういう時もあるさ」

 大河は、朝顔の痛いを撫でる。

「何、読んでたんだ?」

「貴方の自伝よ。愛とエリーゼの共著よ」

「あー……」

 大河の自伝は、愛姫とエリーゼが、書いている。

 日ノ本まで来るまでの話をエリーゼが担当し、その後は、愛姫が担っている。

 この2人が書いているのが、となっていた。

「貴方の過去、殆ど知らないけれど、苦労人なのね?」

「まぁな」

 設定上では、遠洋漁業中、嵐に遭い、難破。

 漂着先で奴隷となり、そこで軍事訓練と知識を叩きこんだ後、脱走し、帰国に成功した、という事になっている。

 模範モデルは、ジョン万次郎(1827~1898)だ。

 尤も、ジョン万次郎は、奴隷になった事は無い為、全てが模範、という訳ではないが。

 この設定の御蔭で、

・外国語に堪能

・軍事に明るい

・日ノ本には無かった考え方

 というのに説得力が生まれている。

「幼少期、苦労したからこそ、苦労人が好き?」

「そうかもな」

 大河は、毛布を被り朝顔を抱き締める。

「甘えん坊な近衛大将ね?」

「そうだよ。愛妻家でもあるからな」

 朝顔は、その胸に顔を埋め目を閉じるのであった。


 夜明け頃、朝顔は寒さで目覚めた。

「くちゅん」

 くしゃみをした後、大河を探す。

 が、当然の様に居ない。

(誾の所かな?)

 明け方になると、大河は、誾千代の寝室に行くのが、習慣となっていた。

 鳩の様な帰巣本能だ。

(気持ちは分かるけどさ……もう少し居て欲しかったな)

 大河の体温が残る布団に触れる。

「へ~か?」

「うん?」

 振り返ると、与免が隣で寝ていた。

 目を擦りつつ、朝顔に抱き着く。

「えへへへ♡」

「又、来たの?」

「うん♡」

「全くもう……」

 大河の最年少の婚約者(仮)は、彼以上に甘えん坊だ。

 時折、前田家の部屋から抜け出して、寝所に侵入してくる。

「へ~か。ごそーだんがあるの」

「相談? 何?」

 与免には、身近に、

・前田利家

・芳春院

・幸姫

・摩阿姫

 と相談し易い相手が居るのだが、態々わざわざ、遠い義姉に頼むのは、不思議な事だ。

 尤も、身近な分、相談し辛い場合もある為、一概に身内=相談し易い相手、とは言い難いが。

「さなださま、がね。わたしを、こどもあつかいするの」

「妻として接して欲しい?」

「うん。へ~かたちがうらやましいの。おくさんだから」

「……うん」

 こればかりは、朝顔も苦笑いだ。

「与免は早く奥さんになりたい?」

「うん!」

 大きく首肯した。

「最短後13年待たないとね」

「なが~い」

 げっそりとした顔で与免は、唇を尖らせた。

 感情表現が豊かだ。

 然も、上皇相手にも物怖じしないのは、朝顔も与免を気に入っている理由の一つだ。

「大丈夫。あの人は、約束を守る人だから。でも、与免は本当にあの人が良いの?」

「?」

 首を傾げた。

 子犬の様な可愛らしさである。

「何でもない。忘れて」

 朝顔は与免を抱き締めて、朝を迎えるのであった。


 朝顔の質問の真意は、「後13年、時間があるなら、もっと良い人居るかもよ?」というものであった。

 それを伝えずに打ち消したのは、自分の否定に繋がる事にも気付いたのである。

 朝顔が大河と出逢ったのは、9歳の時。

 まだまだ「幼帝」と周囲から言われていた時であった。

(与免に他の恋を勧めるのはね。やっぱり駄目よね?)

 早朝。

 与免に毛布を掛け直した後、朝顔は、鏡面に立つ。

 そして、化粧をし始める。

 数分後、薄化粧を終えた朝顔は、部屋に戻った。

「あ」

「お早う」

 大河が与免の隣に座っていた。

 戻ってきたのは、誾千代の差し金だろう。

 陛下を御優先しなさい、と。

「何で来たの?」

「朝顔の寝顔を見に来たんだよ。そしたら与免のが見れた。棚から牡丹餅だな」

 大河は微笑んで、与免の頭を擦る。

「zzz……」

 想い人に触られても与免は、起きる事が無い。

 直前まで恋に悩んでいた癖に、この落差だ。

「っぷふ」

 朝顔は、思わず吹き出すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る