第609話 不協和音

 感情的であった姫路殿であったが、駆け付けた楠に鎮静剤を打たれ、落ち着く。

「……」

 山城真田家の伝家の宝刀である『薬の時間』は、何よりも利く。

 先程までの攻撃的な態度は、何処へやら。

「「「「「「「……」」」」」」」

 七本槍は、初めて見る宝刀に圧倒されるばかりだ。

「三死だ。どうする? 蟄居ちっきょ? 改易? 切腹? どれが良い?」

 大河にそんな権限は無いのだが、それでもそれ位の事など、簡単な話だ。

「……従います」

 福島正則が、頭を下げた。

 他の5人も続く。

 最後に残った加藤清正も漸く、

「……従い、ます」

 陥落した。

 

 七本槍が服従した事は、事実上、羽柴家が山城真田家の傘の下に入った、と世間は解釈した。

 事前に姫路殿が、山城真田家に入ったのもその下準備として見られていた為、その誤解は、一層強まった。

「……」

 首相・織田信孝は、官邸の二条城にて考える。

 反真田派の急先鋒であった羽柴秀吉が暗殺に失敗し、その後、謝罪行脚の際に姫路殿が暴走した為、大河の怒りを買い、七本槍は引き込まれてしまった。

 それ以上の動きは無い。

 それが、逆に信孝の不信感を強めた。

(あいつが静かなのは可笑しい……通常ならば、秀吉を事故死にでも見せかけて殺害する筈だ。気付いていない? ……いや、奴はそんな無能ではない筈だ。姫子に配慮したのか? それともとして残しているのか?)

 考えるが分からない。

(勝手に部下の移籍させた点を突いて、厳罰に処するか?)

 現実問題、出来ない事では無い。

 閣僚の人事は、全て首相の権限であるから。

 ただ七本槍は秀吉の部下なので、信孝の直臣という訳ではない。

 会社でも、親会社が直接、孫会社を操作コントロール出来ない様に(操作するには、孫会社の株式を過半数取得する必要がある)、世の中は、そう簡単に上手く行かないのが、実情だ。

 これまで、山内一豊、明智光秀等、有能な家臣が大河に引き抜かれた。

 丹羽長秀、前田利家等、真田派とおぼしき面子も数多い。

・資金力

・才能

・人望

 がある大河が、本気を出せば、簡単に政変に成功出来るだろう。

(呼ぶか)

 パンパン、と手を打ち鳴らし、家臣を呼ぶ。

「は」

「真田を」

「は」

 家臣はすぐに下がった。

 信孝は、煙管きせるを吸い始める。

 高まる殺意と自分を落ち着かせる為に。


 京都新城で内勤中であった大河は、仕事の途中で切り上げて、二条城に登城した。

「お久しぶりです。閣下」

「……ああ、済まんな。仕事中だったろう?」

「はい」

 正直に大河は、答えた。

「……秀吉とは和解したらしいな?」

「そうですね。ただ、ちまたの噂を妄信するとは思ってもみなかったですね」

君等きみらは交流が希薄だったからな。世間が勘違いしたのも無理無い」

「それで御用件は?」

 大河は、相変わらず、作り笑顔だ。

 ただ、その狂気性は、隠しきれていない。

 童顔で薄ら笑いを浮かべるその様は、残虐の限りを尽くした上で一切、無反省のチカチーロの様に闇が深い。

「……噂で聞いたが、姫子を奴婢ぬひに落とした、と?」

「はい。襲われた為」

「……よく殺さなかったな?」

「法治国家ですから」

「……」

 直近で襲撃者60人を返り討ちにしている時点で、それは皮肉にしか聞こえないが、兎にも角にも、大河には、民主主義者としての表の顔と、冷酷な統治者としての裏の顔がある。

 その類稀たぐいまれな均衡感覚は、チトーを彷彿ほうふつとさせるだろう。

「奴隷は、嫌っていたのでは?」

「嫌いですよ」

「では、何故?」

「人質ですよ。羽柴家に対しての」

「……つまり、両家は険悪と認める?」

「私自身、羽柴家には、何も感情はありません。政権を支える同僚、ただそれだけの事です。然し、最近は、何か勘違いしている様で私に対し、意地悪を行う為、それを罰する為に敢えて、『泣いて馬謖を斬る』ということわざに則り、奴婢にしました」

「……」

 理屈っぽく説明しているが、要は、切り札である事が確かだ。

 離縁したといえ、未だに秀吉は、姫路殿を寵愛しているのだから彼女の生殺与奪を握る大河には、頭が上がらない筈である。

(鬼畜だな)

 信孝の冷めた視線を、大河は冷静沈着に受け流す。

「若し御興味があるのでしたら、呼びましょうか?」

「呼ぶ?」

「はい。奴婢ですから。自分の身の回りの世話をしてもらっています」

「……世話、というのは?」

「御想像にお任せします」

「……」

 にっこりと嗤うその様に、信孝は、心底嫌悪感を抱くのであった。


 会談終了後、大河が部屋から出てくると、

「「「「「「「御疲れ様です」」」」」」」

 珠、ナチュラ、鶫、井伊直虎、小太郎、与祢、伊万の所謂、山城真田家版七本槍が、出迎える。

 本来であれば、これにアプトが真っ先に加わっているのだが、如何せん、産休中なので、不可能であった。

 無理に参加しても、大河が許可を出す訳が無い為、こればかりは、時機タイミング次第であろう。

 又、七本槍の後ろには、

・綾御前

・甲斐姫

・小少将

 が付いている。

 これで10人だ。

 綾御前、小少将は非戦闘員だが、甲斐姫は、武術の心得がある。

 いざとなれば、

・ナチュラ

・鶫

・井伊直虎

・小太郎

 と共に、山城真田家四天王を形成する事も出来るだろう。

「珠、姫子は?」

「馬車で待機させています」

「薬の後遺症や副作用は?」

「今の所、何もありません」

「それは良かった」

 頷きつつ、大河は、綾御前と小少将に手を伸ばし、その手を取る。

「済まんな。可い、直虎。君達は、警護だ」

「分かっています」

「御意」

 2人に不満は無い。

 こればかりは、戦闘員と非戦闘員の差だ。

 大河もそれは分かっている上での配置である。

 警護を指名された2人は、信頼されている事が分かった為、上機嫌だ。

「「……♡」」

 女性陣に囲まれながら、出ていく大河。

 男女女卑の価値観が強い者には、「女に守られる腰抜け」と見るだろうが、大河単体でも強い為、その見方は、正しくない。

「「「……」」」

 織田派の忠臣達は、その様子を羨ましさ半分、見下し半分で見送る。

 大河が馬車に到着すると、珠が扉を開けた。

「……」

 中では、鎖に繋がれた姫路殿が待っていた。

 以前同様、無表情である。

 大河を見ると、一瞥し、何も無かったかの様に窓を見詰める。

「……」

 大河も気にした様子は無く、その隣に座る。

 そして、

「与祢、伊万」

「「は」」

 2人の侍女兼婚約者は、膝に飛び乗って抱き着いた。

 その背中を撫でつつ、大河は隣に綾御前を座らせる。

 明確に上下は作っていないのだが、この中では、正妻・上杉謙信の異母姉・綾御前が、最も高位だろう。

「今晩は、くじら汁よ」

「おお、楽しみだ」

 大河は笑みを零しつつ、膝の2人の頭を撫でるのであった。

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