第608話 莫逆之友
万和5(1580)年12月20日。
京都新城に羽柴秀長が登城する。
「真田殿、
「仲直り、ですか?」
「兄者は、激情家な一面がありますが、有能な人材でもあります。織田家、そして山城真田家にとっても、惜しい事かと」
「……何が言いたいのですか?」
大河は、警戒する。
秀長とは親しいが、家族や主従関係という訳ではない。
「先日、寧々殿が来ましたね?」
「はい」
「ここは、寧々殿と私の顔に免じて、和解をお願いしたく―――」
「大和大納言、貴方もですか?」
同席していた謙信が、呆れた。
夫婦揃っているのは、大河が第三者目線を欲した為だ。
「夫と羽柴殿の間には、何も溝はありません。二流や三流の週刊誌が作った創作物です」
「そうですか? でも、世間では、広まっていますよ。姫子殿が、この家に来たのも和解の為と」
「「……」」
一度出来た
「では、対世間の為にも和解しようと?」
「そうです。お願いします」
「……」
大河は、謙信を抱き寄せて考える。
秀長の意見は、分からないではない。
然し、こちらとしては、公にしてはいないが、攻められた側である。
それを向こうの都合で、和解に乗るのは、非常に
「……我が家は、羽柴家に都合に敢えて合わせます。その為には、我が家に利する事が無ければ、その案には乗る事が出来ません」
「分かっています。ですので、真田殿。今、家臣が不足していますよね?」
「不足? ……まぁ」
厳密に言えば、国軍の地方の軍備増強の為、家臣の殆どを地方に出張に行かせているのだ。
その為、首都の防衛が手薄になっている。
それを不足、と言えば確かにそうはなるが。
「……つまり、家臣を譲渡して下さると?」
「そうですね」
戦国時代が終わったとはいえ、未だにその名残が色濃く残る今、『忠臣は二君に仕えず』という考え方は強く、移籍する家臣は少ない。
その為、史実に於いて、
浅井長政→阿閉貞征→磯野員昌→津田信澄→豊臣秀長……
と主君を次々と鞍替えした藤堂高虎の様な武士は、余り、主君から好印象を抱かれ難い。
現代でも転職が多い人物を企業が再雇用を好まない傾向があるのと、同じ様な事だろう。
「では、こちらから指定しても宜しいでしょうか?」
「勿論です。兄者にも説得済みですので」
「分かりました。では、七本槍全員を下さい」
「全員、ですか?」
1人、と思っていた秀長は焦った。
「全員です。こちらは、乗りたくも無い案に乗るのですから。それ位で済んだ、と解釈して頂きたい程です」
「……分かりました」
七本槍全員、移籍するのは、異例中の異例だ。
然も、その内の加藤清正、福島正則は、羽柴家きっての忠臣。
全員が移籍すれば、かなりの戦力低下である。
少しばかりの反撃とばかりに秀長が言う。
「……真田殿は、鬼ですね?」
「!」
背後に控える鶫が腰の刀に手を添える。
「よく言われますよ」
大河は、嗤って、謙信を抱き寄せるのであった。
翌日、秀吉の謝罪文と共に七本槍が登城する。
「「「「「「「……」」」」」」」
7人は、秀吉の面子がある為、一礼するも、皆、一様に表情が固い。
誰もが、大河に忠誠心を抱いていないのだ。
特に、加藤清正、福島正則は、
「「……」」
大河とは一切、視線を合わさないのが、その証拠だ。
その大人げない姿に、鶫は、不快であった。
「……」
彼女も又、敵対心を抱く。
秀吉が快諾したのは七本槍を送る事で、家臣同士に不和を起こすのも狙いなのかもしれない。
大河は、2人を手で制止しつつ、作り笑顔を浮かべる。
「初めまして。今日より君達の主君になった真田大河だ。まぁ、暇な職場だから、ゆっくりしてくれ」
「「「「「……は」」」」
・
・
・
・
・
は、嫌々頷くも、
「「……」」
清正、正則は無反応。
何処から何処まで大人げない様だ。
逆に言えば、それ程、秀吉への忠誠心が厚い事になる。
鶫は、我慢の限界であった。
昨日同様、刀に手をかける。
すると、清正、正則も目を細めた。
鶫が抜刀した瞬間、迎撃するつもりの様だ。
「その忠義、結構な事だ」
大河は、鶫を抱き寄せてから、昨日の様に嗤う。
「でも、高過ぎる忠義は、不愉快だな。こっちは、恥の上乗りだぜ」
「どういう意味です?」
清正が問うた。
喋れる口はある様だ。
「羽柴家は、今、二死だ。花見の時、そして、前回の件でな。それを不問に処した後に今度は、そんな無礼とはな。正直、三死で終わりにしたいよ」
「……はっきり仰って下さい。何が言いたいのです?」
「じゃあ、言うよ。―――羽柴家を滅ぼす」
「「「「「「「!」」」」」
「羽柴家との和解の為に嫌々乗ったのに、君達がそんな態度ではこっちとしても折角のやる気が削がれる。残念ながら、破談だよ」
「……脅しか?」
遂に口調が変わった。
発言者・清正は、今にも斬りかかりそうな勢いである。
史実で、豊臣秀頼が徳川家康と会談した際、家康の態度次第では、彼を斬るつもりであった、とされる程の忠臣なのだから、当然の話であろう。
「……どう受け取ろうが、そっちの勝手だ。ただ、我が家と羽柴家、どっちが強いと思う?」
「……」
権力を笠に着る事は滅多に無い大河が、これ程、権力を持ち出すのは珍しい事だ。
「君達の事は高く評価していたが、これだとな。―――小太郎」
「は」
屋根裏から飛び降りて来た。
「秀吉の居城と屋敷を焼き討ちにしろ―――」
「ま、待て!」
清正が、即座に土下座した。
「ん?」
「殿は、悪く無い! 俺が大人げなかっただけだ。殿には手を出すな!」
「……『待て』? 『悪い』? 『出すな』?」
「う……」
繰り返され、清正は、唇を嚙み締める。
その時、
「いやああああああああああああああああああ!」
襖が倒され、姫路殿が向かって来た。
その手には、短刀が。
即座の事に小太郎は、対応出来ない。
鶫も動こうとするも大河に抱擁されて動けない。
短刀の切っ先が、大河の胸を狙う。
その寸前、
「遅い」
大河は足払いし、姫路殿を転ばせる。
「きゃ!」
転倒した姫路殿の顔に、手から離れた短刀が落ちて来る。
「!」
刺さる、と思ったその刹那、
「素人が」
再び大河が笑って、それを見事、キャッチする。
そして、姫路殿の米神の真横に突き立てた。
「ひ……」
大河は覆い被さり、その頬を鼻息がかかる程、近付く。
「王配への暗殺未遂。これは、いけないな。三死だ」
「「「「「「「!」」」」」」」
七本槍は動揺する。
「だけど、俺は寛大だ。こんな美女を奴隷化出来るんだからな?」
「……!」
姫路殿は怯え、鶫は「また犠牲者が増えた」と、頭を抱えるのであった。
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