第598話 紅葉蔦黄

 アプト、早川殿が産休の間、大河の性欲は、他の女性陣に向かう。

 当然、恋敵が減った分、体力勝負になる為、女性陣としては嬉しい一方、辛いものがあった。

 万和5(1580)年11月中旬。

 今日も今日とて、大河の被害者が生まれた。

 今晩の被害者達は、以下の通り。

・綾御前

・井伊直虎

・甲斐姫

・小少将

・稲姫

・幸姫

・松姫

・阿国

 の8人。

「「「「「「「「……! ……! ……!」」」」」」」」

 8人は、収獲直後の魚の様に、痙攣していた。

「ふぅ……」

 夜着を羽織った大河は、背伸びして、ココアを一服。

「仕事終わりな感じね」

 楠が襖からひょっこりはん。

「ん? 誘い?」

「馬鹿。昨日の分で腰痛いのに今日はしないわよ」

 部屋に入った楠は、死屍累々と化した8人に1人ずつ、毛布をかけていく。

「優しいな?」

「そう言う所に惚れたでしょ?」

「そういう所だよ」

 訂正後、大河は、楠の手を握った。

「何?」

「散歩。その為に来たんだろ?」

「そうよ」

 楠は、しっかり握り返し、大河と共に部屋を出た。


 もう少しで日付が変わる頃、という時間帯なので、外は当然真っ暗だ。

 2人は、城内の散歩道を歩く。

 縁側を歩く事も可能なのだが、足音で縁側に近い部屋で眠る侍女達が起きる可能性がある為、この配慮である。

「あぷとが、会いたがっていたわよ」

「まじ? 会いたいなぁ」

「会いに行けば?」

「襲うから無理。春も」

 小林一茶並の性欲の強さを自覚している大河は、敢えて2人に公的な場以外では、会わない様にしている。

 愛おしさ故、暴走しかねないからだ。

 言い方悪いが、そのストレスの捌け口が、その他に向いてしまうのだろう。

「羨ましいな。それだけ愛されて」

「楠も愛しているよ」

「でも、最近、扱いが軽い様な気がするけど?」

「学生の本分は学業だからな。一段落したらな?」

 くちゅん、と楠は可愛いくしゃみを披露。

「寒い?」

「うん。肌着と夜着だけだからね」

「待ってろ」

 大河は、一旦、部屋に入ると、大きな外套コートを持って来た。

「ほら」

 楠に着せる。

「……暖かい♡」

「だろ?」

 楠は笑顔で大河の腕に絡みつく。

「貴方は寒くない?」

「鍛えているからな」

 大河も肌着と夜着のみ。

 然し、鳥肌一つ無い。

 雪がパラパラと舞い始める。

「……明け方、立花様の所、行くんでしょ?」

「うん」

「じゃあさ。その時迄は、私を優先してくれる?」

 小首を傾げ、楠は確認を求める。

「良いよ」

 大河は、その手を握り、楠と接吻するのであった。


 明け方。

 大河が目覚める。

「……ん?」

 腹部に違和感を覚え、毛布を剥ぎ取ると、

「「「zzz……」」」

 誾千代、ヨハンナ、ラナがくんずほぐれつ状態で居た・

(あら、夜這いしようとしたら、されちゃったよ)

 苦笑いしつつ、大河は、毛布を掛け直す。

 この手は、お市やエリーゼ、千姫、謙信の専売特許なのだが、生憎、彼女達は育児で忙しい。

 その為、代わりと言っては何だが、誾千代達が来たのかもしれない。

「……ふぅ」

 息を吐いた後、自分の腕を枕にしている楠を見た。

「……いや」

 何事か、寝言を呟いている。

 耳を澄ますと、大河の夢を見ている様だ。

「……すき♡」

 涙ながらに大河と接吻する。

(……悪夢を見ているのか?)

 楠は寝たまま、大河の唇を貪り吸う。

 戸惑いつつも、受け入れていると、橋姫が心の中で告げた。

『貴方が離れていく夢を見ているわ』

(なんでまた?)

『そりゃあ貴方と久々に逢引出来たのに明け方に離れ離れになったら、空元気を装っても、内心では、傷物よ』

(……)

『本気にさせた分、ちゃんと、面倒看なさいよ?』

(分かっるって)

 楠の手を握り、大河は、その愛に応えるのであった。


 万和5(1580)年11月下旬。

 都内全域は、霜で覆われる。

 一部では、本格的に雪が降り始め、京は、白一色に染められる。

「……くちゅん」

「風邪?」

「済みません。恐らく」

 甲斐姫の背中を擦りつつ、大河は、指示した。

「珠、お茶を」

「は」

「そんな。お気遣いなく―――」

「愛妻を捨て置くのは糞野郎だよ」

「……真田様♡」

 甲斐姫は笑顔で、大河に抱き着く。

「可い様、お茶です」

 嫉妬した珠が、冷たい視線を浴びせるも、甲斐姫は余裕綽々だ。

 小さく何度もくしゃみしつつ、大河の背中に顔を埋めた。

「可い様―――」

「珠、大声出すなよ」

 注意した大河は、その手を握り締め、膝に座らせる。

「仕事中―――」

「じゃあ、休むのも仕事だ」

 大河にあすなろ抱きされ、珠は、それ以上、動けなくなった。

「……もう♡」

 仕事中、求めて来るのは、珍しく無い為、珠も慣れっこだ。

 厳格な上司・アプトが産休中なので、ある意味、『鬼の居ぬ間に洗濯』でもある。

 珠の頭を撫でつつ大河は、振り返った。

 そして、甲斐姫と額をくっつける。

「「……」」

 鼻先約1mmの距離で2人は、見詰め合う。

「……少し、熱あるかな?」

「(恥じらいが原因かも)」

「ん?」

「何でもないです♡」

 甲斐姫は、寒さを忘れて、大河に接吻した。

 そのまま開戦か、と思われた。

 その時、

「「「真田様?」」」

 綾御前、小少将、井伊直虎が同時に口を開いた。

 抜け駆け対策の為に、この甲斐姫を含めたこの4人は、基本的に一緒の行動なのである。

「真田様、少々、可いに甘過ぎではないですか?」

 綾御前が、作り笑顔で尋ねた。

「全然。珠にも甘いから」

「全く……」

 呆れつつ、3人は、大河を取り囲む。

 左優位の考え方からは、左側に、最年長・綾御前、右側には、その次の小少将。

 3人の中で最年少の直虎は、甲斐姫同様、後ろにつく。

 寄りかかった綾御前が甘える。

「紅葉狩りに行きたいです」

「この寒い中?」

「雪景色と紅葉の組み合わせは、珍しくある意味貴重なのでは?」

「う~む……」

 寒いのは、余り好きではないが、綾御前の言い分は、一理ある。

 尤も、雪国出身者である彼女は、雪に対して、それ程、抵抗感が無いのだろう。

「じゃあ、行く?」

「行く♡」

 頬に接吻され、大河は、鼻の下を伸ばすのだった。


 紅葉狩りに与免は、興奮する。

「きれ~!」

 大河に肩車された彼女は、両目をキラキラ光らせて、大はしゃぎだ。

 山城真田一家が、鑑賞しているのは、伊呂波紅葉いろはもみじ

 その名は、葉が手の平の様に5~7つもの裂片れっぺんがあり、これを「いろはにほへと」と数えた事に由来する(*1)。

 余談だが、

伊呂波楓イロハカエデ(*1)

高雄楓タカオカエデ(*1) 京都・高雄が名所である事から(*2)

小葉紅葉コハモミキ(*1)

高雄紅葉タカオモミジ(*1)

 等とも呼ばれている。

 与祢、伊万、豪姫も年相応の反応だ。

「若殿、御覧下さい! 紅葉饅頭の紅葉です!」

御饅頭おまんじゅう♡ 御饅頭おまんじゅう♡」

「にぃにぃ。紅葉饅頭、たべたい♡」

 花より団子とはまさにこの事であろう。

 朝顔も久々の観光に、テンションが高い。

小倉山おぐらやまは、相変わらず綺麗だね」

 桂川の北側に位置する標高296mの小倉山は、古くから紅葉の名所と知られている。

 ―――

『小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ』(貞信公  *3)

『牡鹿なく 小倉の山の すそ近み ただ独りすむ わが心かな』(西行 *4)

『夕月夜 小倉の山に 鳴く鹿の 声にうちにや 秋は暮るらむ』(紀貫之 *5)

 ―――

 ヨハンナ、ラナ、エリーゼ、マリアの外国出身四人衆は、初めての紅葉狩りに興味津々だ。

「日本人って花好きだね」

「本当本当。花見とか」

「多分、世界一、花を愛する民族?」

「花を愛でるのも良いですね」

 そんな中、提案者・綾御前はというと。

「……紅葉酒、飲みたくなった」

「私も♡」

 謙信と共に花より団子ならぬ、花より酒を望んでいた。 


[参考文献・出典]

*1:監修・西田尚道 編・学習研究社『日本の樹木』学習研究社〈増補改訂ベストフィールド図鑑 5〉 2000年

*2:編・邑田仁 米倉浩司『APG原色牧野植物大図鑑II』北隆館 2013年

*3: 「百人一首」『拾遺集』

*4:『山家集』

*5:『古今和歌集』

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