第597話 韓信匍匐

 ロシアの革命家兼内科医にアレクサンドル・ボグダーノフ(1873~1928)という男が居た(*1)。

 1924年、彼は、革命家らしく「血液も遺伝子も共有財産である」という考えの下、輸血実験を始めた(*1)。

 不老不死の達成、又は、部分的な若返りを目論んでいた、とされている(*1)。

 この実験で彼は、11回もの輸血を末に、

・視力回復

・禿の遅延

 等の効果が出た(*1)。

 それは、外見にも表れた様で、革命家仲間は、妻に対し、

『ボグダーノフは例の治療の後で、7歳、いや10歳若返ったように見える』

 と手紙に書いている程であった(*1)。

 その後も実験が行われるが、1928年、ボクダーノフは、実験中に事故死してしまう(*1)。

 マラリア患者並びに結核患者の学生から採血したものを、輸血を通じて感染した事によるものであった(*1)。

 余談だが、

・自殺説

・血液型不適合の為の落命説

 等があるが真相は定かでない(*1)。


 橋姫が提案したのは、奇しくもボクダーノフ方式であった。

 要は中身を変えれば、ゴーラー一族(1984年 加)やコルト一家(2012年 墺)の様な悲劇になる可能性は少ない。

 メアリー・スチュアートが京極マリアになれたのは、この手法を使った為である。

「……」

 話を聞き終えた累は、難しい表情だ。

 一方で、与免はというと、

「zzz……」

 難解な話に飽きたのか、橋姫の腕の中で熟睡している。

「……累、分かっているとは思うけれど、別人になった時、貴女と大河は、父娘ではなくなるのよ?」

「うん……」

「もう一つ、別人になったとしても、大河は貴方に惚れるとは限らないよ? ああ見えて、彼、女を見る目だけは確かだから」

「……」

 確かに大河は、女性を見る目は良い。

 現時点で悪女に当たっていないからだ。

 朝顔等、高貴な人々が多い分、教養が高い為、それに遭う確率が低いのかもしれないが。

 それでも、やはり、大河は、無意識に選別している可能性もある。

 累が別人になったとしても、その合格ラインに達するか如何かが別問題だ。

「……決めるのは、貴女次第。絆を捨てて賭けに出るかよ」

「……はしさまは、どっちがいいとおもう?」

「そりゃあ現状維持よ。結婚は出来ないけれど、大河から愛されているのは、変わらないからね」

「……今のままが良い」

「賢明な判断よ―――」

「珍しい組み合わせだな」

「「!」」

 寝起きの大河が現れる。

 肩にはお江を、右手にはお初、左手には伊万を連れていた。

 豪姫は器用にも背中にしがみついている。

 唯一、余った摩阿姫は、幸姫に手を握られ作り笑顔で横を歩いている。

 内心は相当、悔しい筈だが、妹・豪姫に譲る辺り、そこはお姉さんなのだろう。

「橋、済まんな。与免を」

「良いのよ。可愛いし。疲れは取れた?」

「見ての通りな?」

 大河は、橋姫と接吻する。

 一時、離れても、大河は、スキンシップを忘れない。

 嫉妬の女神である橋姫は、多妻は複雑ではあるが、この頻度の高さは素直に嬉しいものだ。

「橋様、与免を」

「どうぞ」

 橋姫は、幸姫に与免を引き渡す。

 縁側に座ると、大河の膝に摩阿姫、豪姫、お江が先を争う様に乗り込む。

 左右は、お初と幸姫が座る。

 人員充足なので、累の付け入る隙は無いのだが。

「累、御出おいで♡」

 手を取られ、累は、大河に肩車される。

「……ちちうえ♡」

 先程迄の悩みは何処へやら。

 大河の頭にしがみついて、頬擦り。

「累~♡」

 沢山の美女に囲まれつつ、大河の愛は、娘に集中するのであった。


 妊娠が続く為、誾千代を名誉議長とする婦人会の雰囲気も良い。

 それでも懸念事項は、後継ぎだ。

「春殿、アプト、性別は判った?」

「男児でした」

「私もです」

「それは喜ばしい事ね」

 誾千代は微笑む。

 2人とも男児と判った以上、世継ぎの有力候補となった。

 大河は、性別に無関係に能力重視して決めたいが、男尊女卑の価値観で生きて来た彼女達にとって、大河がどんなに能力重視を訴えても、「世継ぎには、男児を」との思いがある。

 現代に生きる日本人には、この手で性別を重視するのは、余り考えられない事であるが、イランの大統領も憲法で、前提条件の一つに男性である事を示している為、世界には、まだまだこの様な考え方があるのだ。

 逆に16世紀時点で、性差別撤廃派の大河の方が異端視されているだろう。

 誾千代が喜ぶのは、男児である事が理由ではない。

 2人とも実家が関係無い人物だからだ。

 アプトは実家とは縁が切れて、山城真田家の人間として生きる事を決め、早川殿も今川家とは離縁している。

 実家の北条家とは、交流はあるものの、パワーバランスでは、山城真田家の方が上である為、家が北条家に乗っ取られる可能性も少ない。

 この様な事から、2人の子供は、将来、「真田」姓を名乗る事になるだろう。

「立花様、真田様はなんと?」

「2人に会いたくて寂しがっているよ。だから、その分の性欲は、聖下や殿下、松や幸等に向いているけど」

「「……」」

 2人は、赤くなった。

 嬉しさ半分、被害者に対しての申し訳なさ半分だ。

「予定日はいつ?」

「来年の8月辺りです」

 早川殿が、緊張した面持ちで答える。

 それでも即答出来るのは、やはり経産婦だからだろう。

「……」

 一方、アプトは、心此処ここに非ずと言った感じで、時折、自分の腹を見下ろしている。

 ここに大河の子供が居るのだ。

 余談だが、妊娠時、性別が判るのは、16週頃が目安(*2)とされる。

 その為、16週頃に達していない2人は、異例であろう。

 この時点で判ったのは、橋姫が診たからである。

 誤診対策の為に妊娠発覚直後は敢えて視ず、数週間経過した時点で確認したのだ。

 未来を予知する事も出来なくは無いが、未来が変わる可能性がある為、橋姫は今を視る事しかしない。

「8月か。暑い時期ね」

 心愛を抱っこしていたお市が呟く。

「立花様」

 アプトが真剣な目で言う。

「若殿に御報告したいのですが―――」

「それは、珠に任せているわ。自分の口から報告したい?」

「出来れば……はい」

 誾千代も理解する。

 この様な吉報を人伝ひとづてなのは、余り気持ちが良くない。

 然し、お市は冷酷であった。

「気持ちは分かるけど、喜びの余り、あの人、襲うかもしれないよ? ただでさえ、今、我慢しているのだから」

「……それ程なんですか?」

「そうよ。鶫や小太郎と抱く時、貴女達の名前を呼ぶ位だから」

「「……」」

 早川殿達は、2人に申し訳なく感じた。

 自分達が彼女達の立場ならば、物凄い辛い事だ。

 愛人と割り切っている為、早川殿達が思う程、彼女達は、精神的ダメージを追っていないかもしれないが。

「ま、今は、出産に集中しなさい」

「さ。お市様の言う事は聞いてね?」

「「は」」

 2人は、大河と寝たい衝動を必死に我慢しつつ、お市と誾千代の助言を遵守するのであった。


[参考文献・出典]

*1:ウィキペディア

*2:こそだてハック 2021年12月27日

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