第599話 落花流水

 山城真田一家が紅葉狩りを楽しんでいる頃、羽柴秀吉が放った間者が、小倉山周辺で活動していた。

「万が一、不審な動きを見せれば、襲撃せよ」

 との密命の下に。

 暗殺成功後は、速やかに朝顔やお市等をし、大河を「上皇陛下を騙した第2の道鏡」という悪名を被せて世間に印象操作する予定であった。

 然し、朝顔の目の前での暗殺、というのは、非常に危険が伴う。

 歴史的には、乙巳の変(645年旧暦6月12日)が有名だろう。

 皇極天皇(重祚ちょうそ後は斉明天皇 594~661)のほぼ目の前で行われた世紀の暗殺事件は、その後、日本史に於ける大きな転換点になったが、上皇・朝顔は、血を極力見たくない平和主義者だ。

 流血が盛んであった飛鳥時代と安土桃山時代では、訳が違う。

 間者が朝顔の怒りを買い、逆に捜査が秀吉の迄及ぶ可能性も否めない。

 非常に危険な賭け、と言え様。

 間者の一部は、観光客に化け、大河を近くに居た。

(非武装……いけるか?)

 大河の用心棒は、鶫や小太郎等と限られている。

 上皇が傍に居ながら、手薄警備体制、と言えるだろう。

 毒物を仕込んだステッキを手に近付く。

 だが然し。

 間者は、気付いていなかった。

 大河が、スターリン並に偏執病パラノイアの気がある事を。

「もしもし?」

「!」

 残り数m迄来た時、背後から声をかけられた。

 振り返ろうとした時、首筋に何か挿入される。

「う……」

 あっという間に意識を奪われた間者は、杖を取り上げられ、2m100㎏もの用心棒に米俵の様に担がわられた。

「?」

 異変に朝顔が気付く。

「何かあったのかな?」

「体調不良だろう。この時期、寒いからな」

 平然と嘘を吐く忠臣が、其処そこに居た。


 都内の軍事力を削減した大河であるが、実際には、少数精鋭なので、それ程、人数は必要無いのだ。

 間者達は、一網打尽にされ、京都新城地下の国家保安委員会に連行される。

 そこで激しい拷問に遭い、自白を引き出されるのだ。

 連行された間者達は、椅子に座らされ、目隠しされた。

 逃げ出さない様に、アキレス腱を斬られ、両膝の皿は鈍器で叩き割られていた彼等は、既に抵抗力が無い。

「命令者は、誰?」

 血走った目で、尋ねるのは、鶫。

 大河に忠誠を誓う重臣の1人だ。

 尤も、その忠誠度の高さは、ヤンデレと言った感じで、大河に敵対する者は、誰であろうとも許さない。

 悪口でさえ、その怒りの対象になる程だ。

「……」

 顎を掴まれた間者は、げっそりとした顔である。

「喋れないのね? じゃあ、その口は要らないね?」

 裁縫道具を取り出す。

「! ん~!」

 この後の展開を察した間者は暴れるも、鶫の力は強い。

 鶫は女性であるが、大河監修の筋力トレーニングによって、その筋肉量は、外見以上にあった。

 大河の前では、か弱い女性を演じる為、殆ど本気は出さないが、こういった時は、遠慮なく全力を出す。

 間者の口を縫おうとした。

「やめろ」

「!」

 手首を掴まれ、ギョッとする。

 振り返ると、犯人は、大河であった。

「鶫、やり方が過激過ぎるぞ?」

「し、然し―――」

「特別公務員暴行陵虐罪、忘れてないか?」

「あ……」

 鶫の手から針が落ちる。

 ―――

『【特別公務員暴行陵虐】

 第195条

 1、

 裁判、検察若しくは警察の職務を行う者又はこれらの職務を補助する者が、その職務を行うに当たり、被告人、被疑者その他の者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をした時は、7年以下の懲役又は禁錮に処する。

 2、

 法令により拘禁された者を看守し又は護送する者がその拘禁された者に対して暴行又は陵辱若しくは加虐の行為をした時も、前項と同様とする』(*1)

 ―――

 要約すると、公務員の拷問を禁止した法律だ。

 拷問を好む大河が、敢えてこの法律を作ったのは、彼の引退後や死後、軍部や警察が暴走しない様に事前に対策を採った為である。

 その国家保安委員会では、愛国無罪の下、拷問が黙認されているのは、二重基準ダブルスタンダードと言わざるを得ないが。

 兎にも角にも、自制出来るのは、大河の優れた均衡バランス感覚でもあった。

「こういう時は、水責め等、証拠が残らない物を選べ」

「……申し訳御座いません」

 大河の前では、只管ひたすら平身低頭だ。

 唯一の救いは、拷問全体を禁止していない事である。

 要は「分からない様にやれ」と言っているのだ。

「次回からそうします」

「ああ、上手くやれよ」

 余り怒る事はせず、大河は、鶫を抱き締め、口づけ。

 捕虜の前であるが、それでも2人の異常な愛はそんな事では簡単には冷めない。

 暫く接吻が続いた後、大河の方から離れた。

「あ……」

 寂しげな声を出す鶫だが、大河の歌舞伎役者の様な流し目で固まる。

、だよな?」

「……! はい!」

 その意味を悟った鶫は、最敬礼で応えるのであった。


 鶫の凄惨な拷問の下、引き出された調書に大河は、満足する。

(……やはり、か)

 自白なので、何処どこまで信憑性しんぴょうせいがあるのかは、疑問視する所はあるのだが、無いよりかはマシだ。

 元々、お市等を巡って冷戦状態にあった大河は、これを機に、秀吉との対立を覚悟した。

(危険な芽は先に詰んだ方が良いな)

 幸運にも山城真田家には、羽柴家の女性は居ない。

 心愛に授乳させていたお市を見る。

「市、秀吉は、嫌いか?」

「言わずもがなよ。何を今更?」

「……何でもないよ」

 調書を閉じて、お市の下へ行く。

 そして、接吻した。

「仕事中なのに?」

「終わったよ。なぁ、心愛?」

「だ!」

 お市の胸から離れ、心愛は、手を伸ばす。

「おお、来てくれるかぁ♡」

 心愛を抱っこし、抱き締める。

 小さな体の為、全力では無いが、それでも大河の愛は、大きい。

「心愛は、将来、どんな婿を娶るかなぁ?」

「だ?」

「貴方、まだ早いわよ?」

「良いんだよ。でも、心愛。その前に俺が見定めるからな?」

「だから、話が早いって」

 お市が、何度苦言を呈しも、大河の親馬鹿振りは、止まる事を知らなかった。


 心愛と精一杯、交流後、大河は、朝顔等が待つ、小倉山に舞い戻る。

 京都新城に戻ったのは、

・鶫の確認

・報告書の確認

・お市等、留守居役との交流

 が理由で、その時間は、1刻(現・2時間)程。

 非常に隙間の無いタイト予定スケジュールであるが、大家族化したのは、大河の自業自得なので仕方の無い事だ。

 小倉山に再び行くと、子供達が雪合戦を行っていた。

 浅井家VS.前田家である。

 お初とお江が、摩阿姫と豪姫に向かって雪玉を投げている。

 攻められている2人だが、雪国・加賀国(現・石川県)出身だけあって、その動きは俊敏だ。

 雪室かまくらを拠点にし、素早い動きで、温室育ちの姉妹の柔らかな送球を避け、逆に電撃戦で2人を迎え撃つ。

 不参加者は、子守りの茶々と最年少・与免だ。

 与免は、雪国合戦に興味を示さず、詰まんない顔をしていたのだが。

「! さなださま?」

「只今」

 両手に伊万と与祢を連れた大河は、与免の前に迄来た。

「遊ばないの?」

「さむいから。いい」

「分かった」

 大河達は、雪室かまくらの中に入った。

 そこに居たのは、

・朝顔

・誾千代

・ヨハンナ

・ラナ

・マリア

・楠

・松姫

・幸姫

・井伊直虎

・小少将

・綾御前

・甲斐姫

 の12人。

 狭い雪室の中で彼女達は、若鷺わかさぎ釣りや尾田おでん、たい焼き、鍋等で楽しんでいた。

「凄いな。若鷺釣りなんて」

「サナダもする?」

「後で良いよ。有難う」

 大河は座ると、左右の伊万と与祢は、先を争って、膝に飛び乗った。

 遅れて、与免も負けじと、背中から登り、両肩に跨る。

「若殿、温かい♡」

「真田様、懐炉みたい♡」

「さなださま、しゅき♡」

 3人からの求愛に大河は、苦笑いで応じつつ、たい焼きに手を伸ばすであった。


[参考文献・出典]

*1:WIKIBOOKS 一部改定

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