第585話 寡聞浅学

「大丈夫かなぁ?」

「大丈夫でしょ。こんだけ温めたら?」

「良いなぁ。真田様に抱っこされて」

「ほんとほんと。にぃにぃ、あとでわたしにもして~」

 騒がしさに伊万は、目を開ける。

「「「「あ」」」」

 目の前に八つの眼球があった。

「あ、あれ?」

「お早う。眠り姫」

「!」

 大河と目が合う。

 その時、伊万は、自分が大河に抱っこされていた事に気付く。

「……あ」

 そして、自分が密航した事も思い出す。

「「「……」」」

 ヨハンナ達の怒りの目に縮こまった。

「……その、御免なさい」

「全く。肝が冷えたよ」

 大河は、伊万を眉間に軽くデコピンした後、抱き締めた。

「もう送還出来んから、お姉さん達と一緒に居るんだぞ?」

「……良いの?」

「良いよ。お初達も頼むな?」

「分かってるわよ」

 事前に「叱るな」とのお達しを受けている為、お初達は、不満ありげだが、叱る事は無い。

「じゃあ、お初、宜しく」

 地面に下ろされ、お初が伊万の手を握った。

「……?」

「兄上は、相当、御心配されたのよ?」

「!」

「お初、言うな」

 お初の頭に大河の手刀が炸裂した。

「いった……」

「終わった事だ。もう言うな」

「……」

 お初は睨むも、大河に睨み返されて委縮。

 今にも喧嘩が起きそうな雰囲気だ。

「はいはい。そこまで」

 ヨハンナが手を叩いて、前に出た。

「伊万は反省している。お初は怒りたいんでしょ?」

「う、うん……」

「でも、サナダの言う通り、猛省している相手に深追いしちゃ駄目よ」

「……はい」

「怒りたい気持ちは抑えて、その分、サナダに甘えなさい」

 ヨハンナに抱っこされたお初は、大河の膝に置かれる。

「……」

 大河に食って掛かっていた手前、お初は、微妙な感じだ。

 一方、大河は、その辺は気にしない様で、お初の頭に顎を乗せ。その顔を撫でる。

「お初、さっきのは。良かったよ」

「? 何が?」

「相手が誰だろうと、疑問視するのは、良い事だ。君の様な人は、居て欲しい」

「……周りを見失わない為にも?」

「そうだな。有難う」

 わだかまりが無くなった所で、大河が、お初を抱き締める。

「兄上……痛いんだけど?」

「御免な? でも好きなんだよ」

「……」

 不機嫌な表情だが、お初は受け入れた。

 何だかんだで、鴛鴦おしどり夫婦なのだ。

(良いなぁ)

 騒動の張本人である伊万は猛省しつつ、憧れるのであった。


 伊万の監視者は、お初、お江、摩阿姫、豪姫の4人に決まった。

 単身で密航を企み、実行に移す程の行動力なのだ。

 色々忙しい大人より、気心の知れた友人の方が良いだろう。

 アプトが青褪めた顔で土下座した。

「この度の不備は私の責任です。どの様な処罰も受けます故―――」

「処罰?」

 ヨハンナとラナのを両脇に侍らせ、膝に早川殿を乗せた大河は、眉を顰めた。

「確認だが、伊万以外は居なかったんだよな?」

「はい」

「なら、そう言う事だ」

「然し―――」

「猛省で十分だ」

 仕事のミスで家臣を罵倒する事が殆ど無い為、家臣は楽なのだが、100対0で悪い時でもこの反応は、正直、困りものだろう。

 何も言わないからこそ、余計傷付く場合もあるし、逆に叱られたら、反省していたのに傷口に塩を塗り込む事にもなりかねない。

「……」

「反省を態度で示したい?」

「……はい」

「……ん~。じゃあ、反省文な。鶫、ナチュラ、珠も」

「「「「え?」」」」

 突如、名指しされた3人は、驚いた。

 アプトだけが猛省し、3人は、楽観視していた。

「上司だけに猛省させる班は、チームワーク共同作業がなっていないな? 解体―――」

「「「は」」」

 3人は、急いで正座し、反省するポーズを作るのであった。


 事故アクシデントが起きたももの、基本的に航路に変更は無い。

 客室の中にある小さな泡風呂で、大河は、1日の疲れを癒していた。

「極楽極楽」

「本当ね」

「そうですね」

「極楽です♡」

「春様、もう少し寄って下さいます?」

「あ、御免」

 其々、大河、綾御前、直虎、甲斐姫、小少将、早川殿の言葉だ。

 1坪の大きさに6人。

 大河を中央に左右は、綾御前と小少将。

 膝の上は、早川殿と井伊直虎、後ろは、甲斐姫という布陣だ。 

 1坪は1人で入るには十分なサイズ(*1)なのだが、当然6人だとぎゅうぎゅう詰めである。

「1人ずつ入れば良いんでは?」

「時間の無駄よ」

 早川殿が振り返って、大河の胸板を指でなぞる。

「共有が我が家の家法なんだから」

「「「「……」」」」

 早川殿の言葉に他の4人は、無言で首肯する。

「……俺、物扱いなの?」

「仕方ないかと」

 甲斐姫が背後から密着する。

「……大きくなった?」

「はい♡ 毎日、牛乳飲んでますから」

「乳糖不耐性大丈夫?」

「慣れてませんね。でも、真田様好みの魅力的な体に―――」

「体だけで好きになったと思うか?」

「え?」

 大河は、甲斐姫に寄りかかる。

 その双丘が大河の首回りを包んだ。

「そんなちんけな理由で結婚していたら、何れは破綻する運命だよ」

「……では?」

「可いが気に入った。それだけだ」

「!」

 甲斐姫は、真っ赤になった。

「もっと自分に持つんだ。努力は認めるし、否定はしないが、そのままでも魅力的鵜だからな?」

「……はい♡」

 嬉しくなった甲斐姫は、大河の項にいつもされる様に接吻した。

「良い度胸だ。今晩、徹底的に破壊してやる」

「まぁ、怖い♡」

 甲斐姫が震えると、他の4人は、同時に声を上げるのであった。

「「「「私は?」」」」

 と。


 戦艦は、台湾に向かう途中の与那国島沖に寄る。

 漁船から与那国島の女酋長・サンアイイソバが乗り込む。

 身長:8尺=約2・4m(*2)

 肩幅:3尺=約1m(*2)

  幸姫以上の体躯に、軍人達も、

「「「……」」」

 警戒の色を浮かべている。

 サンアイイソバは、与那国島の島長だ。

 与那国島等のこの付近の島々は、日ノ本の領土の一部だが、遠い分、統治が余り行き届いていない。

 港や滑走路やインフラ整備が本格的に進めば、代官を派遣する事が出来るのだが、それはもっと先の話だろう。

 日ノ本の領土でありながら、事実上は、『サンアイイソバの私領』との表現が妥当かもしれない。

 現代日本人からすると、考えられない事だが、実際には、国家ではなく民間人が、特定の地域を統治した例がある。

 それは、沖縄県に属する大東諸島だ。

 1900年代以降、開拓の関係でこの諸島の北大東島と南大東島は食品製造業者が、沖大東島は、化学工業製造業者が統治する事になり、前者に至っては、島独自の紙幣が流通する程、大日本帝国の一部でありながら、半ば独立した状態であった。

 3島が、会社から離れたのは、戦中戦後の事で、市制が成立し、ここで約40年間にも及ぶ会社統治の歴史は終わった。

 大東諸島は、会社の話であるが、大河は、代官を送るよりも、早くに島を掌握出来る、という利点から島民から信頼の厚いサンアイイソバを信任していた。

「大殿、お久しぶりです」

「ああ、元気にしていたか?」

「はい。御蔭様で」

 この付近の島々は、自給自足な生活をしている島民が多く、台風や高波等に遭った際は、作物に被害を受け、生活は厳しくなる。

 その為、念の為、備蓄米等の補助を中央政府から受け取っていた。

 当然、大型の船を受け入れる港が少ない為、瀬取り位しか方法は無いが。

 そういった事情からサンアイイソバは、中央政府(特に大河)を信頼していた。

「台湾先住民族とは?」

「交易している為、信頼はされているかと」

 大河が協力を要請したのは、彼女が台湾原住民族と交易しているからであった。

 その中には、賽德克セデック族も当然居る。

(彼女の方が俺よりも適任者だよ)

 心の中で呟くと、大河は、彼女を客室に案内するのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:LIXIL HP 2019年3月28日

*2:喜舎場永珣「八重山歴史 新訂増補」 国書刊行会 1975年

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