第584話 直往邁進

 急な出張、それに行先が外国、という事に、誾千代は、不快感を示す。

「首相の無茶振り、酷ね」

「全くだよ」

 大河は、同意しつつも出国の準備を進めていた。

「私は、居残り?」

「名代だからな。済まんが、頼む」

「……分かった」

 不満気であるが、命令なので、誾千代もそれ以上は言わない。

 お市に抱っこされた心愛が、ポコポコ殴る。

「うー……」

 大好きな父親が、家を出るのが嫌なのであろう。

 お市は、苦笑いするばかりだ。

「御免ね。貴方」

「良いよ。俺が悪いんだし」

「真田様」

「兄上」

「兄者~」

 猿夜叉丸を抱っこした茶々、お初、お江も別れを惜しむ。

 特にお江は、袖を掴んだまま離れない。

「兄者と一緒に行きたい」

「気持ちは有難いけどね……」

「う~ん……」

 お江は、それでも納得出来なさそうだ。

「貴方、もうお初とお江。連れて行き」

 お市の提案に姉妹は、驚いた。

「母上?」

「良いの?」

「修学旅行よ。台湾の事、帰国後、教えてね?」

 お市の言葉に、お江は、にんまり。

「だって♡」

「……分かったよ」

 ふと視線を感じ、振り向くと、幸姫と共に摩阿姫、豪姫、与免が目を輝かせていた。

「……幸、与免を頼んだ」

「任せて」

「え~。だめなの?」

 与免は、唇を尖らせて抗議する。

「うん。与免には、その分、累を守って欲しいから」

 与免を抱っこし、累の隣に座らせる。

「♡」

 累は、与免に抱き着いた。

 同い年の為、親愛の感情が強いのだろう。

「えへへへ♡」

 与免も笑顔で抱擁し返す。

 そのまま遊び始めた。

「子供は、単純ね」

 謙信が呟いた。

「摩阿と豪は良いの?」

「お初とお江を連れて行くからな。前田家から出すのも2人迄だ」

「均衡ね」

「そうだよ」

 元康を授乳中の千姫、デイビッドを肩車するエリーゼは、其々、大河の右頬、左頬に接吻。

「気を付けて下さいね」

「危なかったら、早く帰って来るのよ」

「ああ、分かってるよ」

 最後に朝顔を見た。

「……」

 心配そうに見つめている。

「大丈夫。すぐに帰って来るから」

「いつ?」

「分からない。でも、1か月以内には帰りたい」

「……分かった」

 朝顔を抱き抱えて、接吻する。

 今生の別れ、という訳では無いが、こういう時のスキンシップは、いつもより長めになり易い。

 接吻後、朝顔は、大河の首に腕を回し、抱き締める。

「生きて帰って来てね?」

 涙ながらに告げる。

「ああ、分かってる」

 2人のやり取りに誾千代は、苦笑しかない。

(正妻の位置、獲られちゃったかも?)

 それ位、美しい光景であった。


 区分けが終わり、残留者と随行員が決まる。

 残留者組は、

・お市

・エリーゼ

・謙信

・誾千代

・阿国

・幸姫

・茶々

・松姫

・千姫

・朝顔

・伊万

・稲姫

 以上、12人。

 随行員は、

・早側殿

・ラナ

・甲斐姫

・鶫

・小太郎

・ナチュラ

・橋姫

・アプト

・井伊直虎

・お初

・珠

・楠

・お江

・与祢

・ヨハンナ

・マリア

・小少将

・摩阿姫

・豪姫

 の以上、19人。

 随行員の方が多いのは、やはり、一般人枠(例:お初等)が含まれているからだろう。

 馬車に荷物が詰まれる中、伊万は、狙っていた。

(私も行きたいのに……)

 同世代の豪姫等が行けて、自分だけ行けないのは、非常に不満を感じざるを得ない。

 侍女達が荷物を積む中、隙を突いて、荷台に飛び込む。

 先進国への入国を企む不法移民の様な動きだ。

(私だって何か役に立つ事がある筈……)

 荷物の中に紛れ込み、息を潜めるのであった。


 京都新城出立後、一行は、一旦、大坂湾迄行く。

 空路で行く事も出来なくは無いが、殺気立ってる賽德克セデック族が飛行機を見れば、更に敵意を抱く可能性がある為、航路での移動だ。

 随行員には、明智光秀も含まれている。

 トロール船の船内で光秀が、地図を見せた。

「大殿、明日には、基隆キールンに到着予定です」

 基隆は、台湾北部にある都市だ。

 石垣島とは、259km(*1)なので、その日ノ本との距離も非常に近い。

「分かった。じゃあ、休憩で」

「は」

 光秀が下がった後、大河は、背伸びし、客室に入った。

 戦艦に客室があるのは、水兵の家族が来た時の為である。

 今回は、戦争に行く為ではない為、軍備も軍人も最小限。

 なので、一々、最敬礼等、慣習に縛られる事も無い。

「ふ~」

 客室の寝台に座り、大きく深呼吸。

「御疲れ様」

 綾御前が、お茶を用意した。

「有難う」

「台湾、初めてだから緊張しているわ」

「あー……そうなるか?」

 国交はあるものの、台湾共和国は、発展途上国なので、旅館が少なく、一般の観光客を受け入れる余裕が無い。

 現在は、日ノ本の協力の下、建設ラッシュなので、数年以内には、観光客を受け入れる事が出来るだろう。

「台湾の方々は、どの様な国民性で?」

「又聞きだけど、

・明るくて大らか(*2)

・時間に散漫(*2)

・女性が気を強い(*2)

・女性は、はっきりと自分の意見を主張する(*2)

・男性は、女性を尊重する(*2)

・非常に家族を大切にする(*2)

 らしいぞ?」

「我が国と似ているかな?」

「さぁ?」

 2人とも自国の国民性の自覚が無い為、似ているか如何か分からない。

 完飲かんいん後、大河は、綾御前を抱き寄せる。

「あら、もう?」

「寒いからな」

「嬉しいけれど、春が怒るよ?」

 綾御前が顎で示した先には、大河を模した人形を抱き締めては、抗議の視線を送っていた。

 三十路の経産婦なのに、中学生の様な外見の為、許せる行為だ。

「……馬鹿」

(萌えさすじゃないか)

 内心で興奮した大河は、舌なめずり。

 そして、腕を触手の様に伸ばし、捕まえては、膝に座らせる。

「私が1番だと思ったのに」

「皆1番だよ」

 早川殿をあすなろ抱きし、慰める。

 それから、頭を撫で始めた。

 先程迄は綾御前だったのに、1分もしない内に早川殿に鞍替えだ。

『舌の根の乾かぬ内』とはまさにこのことだろう。

「「「失礼します」」」

 扉が開き、小少将、井伊直虎、甲斐姫が現れる。

 3人共、超ミニのメイド服だ。

「「「……」」」

 小少将は、怒った顔で。

 直虎は、恥ずかしそうに内股で。

 甲斐姫は、堂々とした佇まいで。

 其々、大河を見た。

「……良いな」

「変態」

 早川殿の鋭い手刀が、大河の後頭部に直撃したのであった。


 5人に囲まれながら、大河はゆったり過ごす。

 戦場に行くのではない為、船内は、非常に緩和リラックスした雰囲気だ。

 用心棒の鶫、小太郎、楠も武器は携帯しているが、甲板で、優雅に御茶会を開く等、とても用心棒とは思えない状態である。

 そんな中、客室にアプトが飛び込んできた。

「若殿!」

「おわ!」

 いきなりの事だった為、大河も思わず変な声が出た。

「どうし―――え?」

 思わず、息を飲む。

 アプトが抱っこしていたもの。

 それは、京に居る筈の伊万であったから。

「……! ……! ……!」

 風邪を引いているのか、ぶるぶると震えていた。

「何があった?」

「侍女の間で倉庫から呻き声がする噂が立っていた為、侵入者かと思い、武装して踏み込んだ所、この様な状態で……」

「……」

 倉庫は、船底に近い場所があり、当然、暖房等は無い。

 船では無いが、航空機の格納庫の場合、密航者は凍り易い。

 ―――

『【住宅の庭に凍った遺体 密航者が飛行機から転落か】』(*3)

『【ギニアからの密航者が死亡 車輪格納庫からぶら下がったまま着陸(モロッコ)】』(*4)

『【パリ空港で仏旅客機下部から男児の遺体発見、アフリカから密航か】』(*5)

 ―――

 伊万は、密航者の様に、凍死寸前に陥っていた。

 大河は、迅速な対応を採る。

「橋、温めろ! アプトは、本国へ連絡しろ!」

『は』

「は」

 大河の体内から橋姫が飛び出し、アプトは、部屋から駆け出すのであった。


[参考文献・出典]

*1:Google

*2:外国人採用サポネット HP 2021年10月20日

*3:テレ朝ニュース 2019年7月3日

*4:TechinsightJapan2019年10月3日

*5:AFP 2020年1月9日

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