第583話 台湾出張

 万和5(1580)年10月1日。

 賽德克セデック族の代表が、国会から脱退した。

 理由は、近代化に走る中央政府に対する反発だ。

 賽德克族は、史実で日本の統治方法に反発し、霧社事件ろしゃじけん(1930年10月27日)を起こした先住民族だ。

 台湾を統治する当時の日本政府の対応は、非常に高圧的で事件後の調査に於いても、社会民主主義(*1)と平和主義(*2)を訴える無産政党の全国大衆党が、帝国議会で当局の対応を非難し、昭和天皇でさえも、『事件の根本には原住民に対する侮蔑がある』(*3)と漏らす程、問題であったとされる。

 そして、賽德克族は独立運動を開始した。

 その頭目・莫那モーナは、スキンヘッドの青年であった。

(何故、政府は、日本化するんだ? 台湾には台湾の文化、風習がある。それを変える必要は無い)

 細かく言えば、日ノ本は、台湾共和国に対し、皇民化政策を行っていない。

 実施しているのは、技術協力位だ。

 莫那もそれは、重々分かっているのだが、如何せん受け入れ難い。

 いつの時代にも急速な近代化は、保守派の抵抗に遭うのが常だ。

 日本での代表例は、西南戦争。

 直近では、イラン革命等がその例に当たるだろう。

 賽德克族約1万人の独立運動は、まだ成立して間もない台湾新政府を驚愕させた。

 すぐにでも武力行使が検討されるも、未整備の台湾共和国軍を派兵すれば、大敗する可能性がある。

 それに建国直後の内戦は、国際的な心象も悪い。

 その為、台湾共和国が頼ったのは、事実上の宗主国である日ノ本であった。


「真田、賽德克族とはどの様な原住民族なのか?」

「は。文化を大切にする民族です」

 二条城で、信孝は、大河に質問していた。

「? 我が国は、台湾の文化を否定していたか?」

「いえ。家臣には、否定しない様に厳命しています」

「では、何故?」

「恐らく、台湾新政府が急速に近代化を推し進めた為でしょう。台湾は、現在、転換期を迎えています。それを受け入れ難いのは、賽德克族なのかと」

「……台湾は、そんなに進んでいるのか?」

「はい。和服を着て、日本語を勉強し、和食を摂る位に」

「……同化政策じゃないか?」

「先程も申し上げた様に、台湾人が進んで行っている事ですので、我が国は、一切、その辺については、関与していません。隣の糂粏味噌じんだみそです」

「……」

 戦国時代、織田信長は、南蛮文化に関心を示し、マントを好んだりした。

 戦後の日本も、アメリカの文化に触れ、文化的には、親米感情が根強い。

 台湾もそれと同じ様な状況で、先進国・日ノ本の文化に憧れを見出したのだろう。

「……この問題、真田はどう考える?」

「は。武力行使は、他の民族を刺激する可能性がある為、平和的な交渉が必要かと」

「……分かった。済まんが、交渉に行ってくれないか?」

「自分がですか?」

「真田程、外交に精通した者は居ない。然も、台湾では、恥ずかしいが、私より貴殿の方が有名人だ。貴殿より適任者は居ないだろう」

「……京から離れられませんが?」

「朝廷には、私から言っておく。代理は、景勝が良いだろう?」

「……は」

 事情が事情なだけに大河は、内心、唇を噛む。

 愛妻家で子煩悩な彼は、極力、出張を嫌う。

(面倒臭いな)

 

 信孝が、大河を交渉人ネゴシエーターにしたのは、何も先述の理由だけでない。

 大河の影響力を一時的でも良いから削ぐ為だ。

 幸か不幸か、現在、都内に居る真田派は少なくっている。

 その理由は、大河が行った国軍真田隊の地方派遣だ。

 軍事力が低下している以上、影響力も下げるのが、信孝の狙いである。

 世間的には、大河と織田家は、蜜月関係にあるのだが、織田家側としては余り、心証が良くない。

 信長、信忠と2代続けて、短命政権に終わっても尚、大河は、権力を維持し、更には、忠臣である柴田勝家を破り、その上、党首選でも信孝の政敵である光秀に投票した疑惑があるのだから。

 当然、危険視し、監視を行い、好機があれば、その力を削ぐのが、当然だろう。

 山城真田家と織田家は、米蘇の様な冷戦状態に陥っていた。

 帰りの馬車の中で、大河は考えていた。

「……珠」

「は」

「俺を遠ざけたいのかな? 首相は」

「恐らく……」

 一度、言葉を切った後、珠は真剣な眼差しで告げた。

「首相は、絶大なる権力を持つ若殿を危険視し、徐々に力を削ぎたいのではないでしょうか?」

「……ふむ」

 珠を抱き寄せつつ、大河は、再び熟考に入る。

「……愛国者は必ずしも政権支持者ではないんだがな」

「は?」

「そう言う事だ。アプト」

「は」

 向かい側のアプトがすぐにメモの用意をした。

「景勝に一時的に俺の全権を委任する。台湾には、今日中に発つ」

「! 早いですね?」

「思い立ったが吉日だよ。それに今回の訪問には、ヨハンナとラナを連れて行きたい」

「! 何故です?」

「日ノ本が平和主義を重んじる国家である事を示す為だよ」

「! 成程」

 大河の考えを理解したアプトは、スラスラと書いていく。

「では、和地関バチカン布哇ハワイにも協力を仰がないといけませんね」

「そうだな」

 尤も、2か国は好感触だろう。

 両国共、新国家・台湾共和国と国交を結び、大使館を設置したい、と考えているからだ。

 台湾は、地政学上、大陸との中継地点に当たる為、魅力的な土地である。

 台湾問題に、両国も巻き込む事で、独立派を包囲し、平和的に解決に導くのが、大河の描いた脚本シナリオとなった。

「ただ、若殿。春様との妊活ですが―――」

「ああ、知ってるよ。だから、連れて行く」

「! 奥方を?」

「そうだよ。新妻の5人には、向こうで正妻として振舞ってもらいたいからな」

「「……」」

 通常、大河は、妻を戦場に連れてこない。

 その為、今回のは、異例だ。

 然も、「向こうでは、正妻」との表現。

 これは、やはり新妻の5人を事実上、側室、と認めたに他ならない。

 然し、大河に嫁げば、ほぼ勝ち組確定なので、今更、側室だろうが、関係無い話だろう。

「若殿、確認ですが、私は?」

「勿論だよ。アプトも」

「は♡」

 アプト、珠は、内心、安堵する。

 5人が侍女の代わりを行えば、自分達の仕事は無くなり、台湾に行く事は難しい。

「出張、面倒臭い」

「では、出発前に♡」

「私達で気分転換を♡」

 2人は、大河を抱き締める。

 御者の小太郎は、空気を読んで、馬車を木屋町通に向かわせるのであった。


[参考文献・出典]

*1:全国大衆党事業部編 『全国大衆党闘争報告書. 1930年度』 全国大衆党事業部

1930年

*2:全国大衆党政策委員会編 『大衆党は如何に戦ふか』 全国大衆党事業部 1930年

*3:向山寛夫 『日本統治下における台湾民族運動史』 中央経済研究所 1987年

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