第586話 賽德克乃涙

「おおきい~」

 8尺(約2・4m)もの身長に、豪姫は、大興奮だ。

「ぎゅうにゅ~?」

「う~ん。遺伝?」

 小首を傾げるサンアイイソバ。

 現代では、都市伝説の一つに『八尺様』なるものがあるが、丁度、身長が同じなので、若し、都市伝説を知る現代人が彼女と会えば、八尺様を連想するだろう。

 サンアイイソバは、自分が大きい事を理解している為、天井が高い客室と甲板以外は、余り利用しない方針らしく、客室の隅っこで窮屈そうに正座している。

「足、痺れるだろう? 崩せ」

 提案した大河は、ヨハンナ、ラナ、マリアを膝に乗せ、左右に早川殿と綾御前、背後に残りの3人を侍らす布陣であった。

「いえいえ。お気遣いなく―――」

「良いから崩せ。先は長いから」

 珍しく命令口調で告げられ、サンアイイソバは、渋々従う。

「……は」

 胡坐になると、豪姫が尋ねた。

「のってもいい?」

「良いですよ」

「やった~♡」

 許可が出た事で豪姫は、膝に飛び乗る。

 摩阿姫、与祢、お江も続く。

 大きな膝には、子供達(一部、女子高生)で一杯になった。

(与祢も甘えたいのね)

 心の中で苦笑いしつつ、大河は、ヨハンナ、ラナ、マリア、早川殿の順に頬に接吻していく。

 マリアは完全なる巻き添えだが、ヨハンナと一式セットで抱かれる事も多い為、何も抵抗はしない。

「真田様」

 未だメイド服の小少将が、口を開いた。

 当初、怒っていたが、今はもう慣れたようだ。

「今晩は、如何しましょうか?」

「ああ~。良いよ。アプト達がやるし」

「家事ではなく、夜伽ですよ」

 その単語ワードに豪姫と伊万以外の全員が聞き耳を立てた。

 事実上の正妻である誾千代や、対外的な正妻である朝顔が京に残っている以上、順番的には、ヨハンナ、ラナが、艦内では、優先される。

 然し、大河の好色さには、当然、2人では、太刀打ち出来ない為、現在、妊活中の早川殿も加われば、三人寄れば文殊の知恵だ。

 だが、それでも1人増えた程度なので、やはりもう少し人数が欲しい。

「そりゃあ全員が対象だよ。小少将もな?」

「え? ―――きゃ!」

 スカートめくりの被害に遭った後、小少将は、抱き寄せられる。

「素晴らしい御見足おみあし、有難う」

「変態」

 生足に頬擦りされ、小少将は、恥ずかしさの余り、踵落としを食らわせるのであった。


 入浴後、大河は、前田家姉妹と与祢、伊万、サンアイイソバ以外を抱く。

 まるで酒池肉林の世界だ。

 そして、再び、入浴する。

「「「「「お供します」」」」」

 鶫、アプト、ナチュラ、珠、小太郎が付いてきた。

「よく動けるな?」

「それだけ体力がついた証拠です」

 えへん、と小太郎は、貧相な胸を張る。

「そうだな」

 適当に受け流した大河は、5人に洗髪、洗体されながら、考える。

 賽德克セデック族の事を。

(……霧社事件だけは、避けたいんだが……)

 昭和5(1930)年10月27日。

 後に映画化にもなった大日本帝国統治時代の台湾では、史上最大の抗日事件である、霧社事件が起きた。

 高圧的且つ蔑視的な大日本帝国の政策に対し、賽德克族は、不満を高めていた。

 そして、昭和5(1930)年10月7日。

 文化の違いから起きた日本人巡査殴打事件を契機に、容疑者の父親・莫那魯道モーナ・ルダオ(1880~1930)は、台湾総督府からの弾圧を恐れ、逆に蜂起を画策(*1)。

 そして、20日後の27日。

 約300人(*1)が、霧社各地の駐在所を襲撃後、運動会を攻撃。

 日本人の民間人132人と和装の台湾人2人が殺害された(*2)。

 これに対し、大日本帝国は、武力行使で反撃。

 10月29日に霧社の奪還に成功。

 11月1日、莫那魯道モーナ・ルダオの次男が戦死(*3)。

 同月始め、莫那魯道モーナ・ルダオ失踪。

 そのほぼ同時期に、大日本帝国は、賽德克族親日派や周辺の部族(=味方蕃)を動員し、同月4日迄に蜂起軍の村落を落とした。

 12月8日には、事件の発端となった莫那魯道モーナ・ルダオの長男が自殺。

 同月中に終戦を迎えた(*3)。

     死者(*3)

 蜂起軍:700人(自殺含む)

 日本側:49人(兵士22、警察官6、味方蕃21)

 この事件は、戦後、中華国民党政権が反日政策に利用し、蜂起軍を「抗日英雄」と称えられ(*4)、民主化後は、原住民文化への再評価が行われ始めると、事件も「原住民族の自己同一性アイデンティティーを賭けた戦い」と位置付けられた(*5)。

 先述した通り、映画化もされ、台湾で大きな評価を受けている事から、台湾史において、重要な出来事、と言えるだろう。

 大河は、アイヌ民族やアラスカ、北米の先住民族にも融和的な様に、台湾原住民族にも差別意識は無い。

 首狩りは、流石に忌避感はあるものの文化である以上、廃止を強要しない程だ(肉食文化等、人体に直接、影響あるのは、看過出来ないが)。

 珠が心配そうに訊く。

「若殿、若し、交渉が決裂した時は?」

「それは、台湾の政府に任すよ。俺はあくまでも交渉人であって、台湾では、何も権限が無いからね」

 現代で言えば、国連の様な役割だ。

「……賽德克族は、そうお思いでしょうか?」

「さぁな?」

 賽德克族が大河に対する評価が分からない為、何が有効手なのか、悪手なのか分からない。

 その為、手探りで交渉するしかない。

 大河がサンアイイソバを頼ったのは、それも理由の一つであった。

 アプトが頭のシャンプーリンスを洗い流しつつ、確認する。

「若し、失敗しそうになった時は、脇目も振らずに帰りましょうね?」

「……そうしたいな」

 そうする、ではなく願望なのは、日ノ本の国際的な地位を考えての事だ。

 若し、失敗すれば、「日ノ本は弱体化した」と見られ、あっという間に包囲網が敷かれる可能性がある。

 史実に於ける日清戦争後の清がその例だ。

 幸い、日ノ本は、その清とは違い、世界最先端の軍事力なので、例え世界を敵に回しても、唯一、生き残る場合も考えられるが、流石にそれは、最後の選択肢であろう。

 戦艦は、ゆっくり進む。

 漆黒の海を照らす月を背にして。 


[参考文献・出典]

*1:著・周婉窈 濱島敦俊 石川豪 訳:中西美貴『図説台湾の歴史』平凡社

   2007年

*2:伊藤之雄 『政党政治と天皇-日本の歴史(22)』講談社 2002年

*3:中川浩一 編・和歌森民男『霧社事件 台湾高砂族の蜂起』三省堂 1980年

*4:Mainichi Daily News. 2019年10月26日

*5:ウィキペディア

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る