第580話 関雎之化

「「「「真田様♡」」」」」

 大河が風邪を引いた為、

・小少将

・綾御前

・早川殿

・井伊直虎

・甲斐姫

 が、看病に当たっていた。

 誾千代、お市等は、正妻であり、古参でもある為、新妻にこの任務が宛がわれたのだ。

 万が一、感染しても良い、とも解釈出来る人事だが、5人は、喜んでいる為、問題は無い。

 小少将と綾御前が、背中を蒸しタオルで拭き、早川殿と井伊直虎、甲斐姫は、御粥を作っていた。

「どうぞ」

 御粥を持って来た直虎が、食事介助を行う。

「有難いけど、自分で出来るよ?」

「立花様の御命令ですから」

 そこまで重症ではないのだが、今回これ程、甲斐甲斐しいのは、単純に夫を世話出来るからだ。

 大河は、この時代に珍しく、家事も育児にも積極的な主夫的男性である。

 妻達からすると、楽なのだが、その分、暇に感じる事も多く、こういう時は、非常に貴重な経験と言えるだろう。

「一晩、寝たら治ると思うけど?」

「駄目です」

 5人の中で最年長の早川殿が隣に座る。

「真田様は、巨大都市の責任者でもありますから」

「……それは知事の仕事では?」

「知事は、お飾り。事実上、みやこの統治者は、真田様ですから」

 禁忌タブー視されている事を、早川殿は、躊躇わずに言う。

「……そうだな」

 大河もこの豪胆さには、苦笑いだ。

 今川氏真と結婚し、戦国乱世の中、必死に子育てをした女傑である。

 大河が如何に権力者でも、物怖じしない所が、早川殿らしい。

「都知事である真田様が、御休みになれば、政務も滞る筈です。なので、体調不良の際は、しっかり御休み頂いて、仕事に備えて頂きませんと。中途半端では、又、ぶり返ししてしまうかと」

「……はい」

 ぐうの音も出ない程の正論に、大河は、正座してしまう。

 権力者でも、妻の言う事は聞く。

 これが、愛妻家・大河であった。


 御粥を完食後、大河は、再び布団に入る。

 入浴したい所であるが、橋姫が禁じた為、寝るしか出来ない。

「……風邪、うつるかもよ?」

「望む所ですよ」

「それで真田様が快復されるのであれば、本望よ♡」

「迎え撃ちます♡」

「本望です♡」

「有難う御座います♡」

 其々、早川殿、綾御前、直虎、甲斐姫、小少将の言葉。

 5人は、大河の布団に潜り込み、彼と密着していた。

 早川殿は、胸板に寝そべり。

 綾御前と直虎は、其々、右脇、左脇に滑り込んで。

 甲斐姫、小少将も其々、右腕、左腕を枕にしている。

 これ程、濃厚接触しているのだから、風邪に罹患する可能性は高いだろう。

 一心同体の橋姫は、呆れるばかりだ。

『……けっ』

 心の中で、唾棄している。

「……貴方♡」

 早川殿が、大河の頭を抱き、接吻。

 病人とするのは、明らかな危険行為だ。

 数秒後、離れると、大河は、苦言を呈す。

「……有難いが、感染予防の観点からは、褒められたものじゃないな」

「倒れた時は、真田様に看病して頂こうかと」

「政務に支障が出るぞ?」

「妻を放置するのは、名君としては名折れでは?」

「……」

 ジト目で早川殿を見つめた後、大河は、綾御前を見た。

「どうにかしてくれ」

「無理です。『恋は盲目』ですから」

 綾御前は、笑顔でそう言うと、大河の頬に口付け。

 感染予防に努めている御典医が居たら発狂ものだろう。

「……はぁ」

 全てを諦めた大河は、その他3人とも接吻しつつ、夜を迎えるのであった。


 とてとてと、累は、歩いていた。

 謙信と寝ていたのだが、どうも寝付けずに起きて、ある部屋を目指していた。

 彼女が眠れなかったのは、父親が原因だ。

 異母妹・心愛が患った夏風邪を取り込んで倒れた、というのだ。

 謙信の話によれば、1~2日安静にする予定らしいが、それでも心配であった。

 部屋の前に着く。

 門番は居ない。

 普段ならば、鶫や小太郎が居るのだが、ホワイト企業を目指す大河の事だ。

 定期的に休みを与えているのかもしれない。

「……」

 襖を開けると、ある部屋から灯が漏れていた。

 それを目指す。

(あ、寝室か)

 何度か行った事がある事を思い出し、隙間から覗く。

「!」

 そして、本能的に襖を開いていた。


「ちちうえ……」

 累は立ち尽くす。

 目の前に広がるのは、5人の側室と同衾する実父。

 流石に交わってはいないが、実母以外と布団を共にしているのは、子供ながらにショックだ。

「zzz……!」

 寝ていた大河は、気配を感じ取ったのか、覚醒し、彼女の方を見た。

 その手には、妖刀・村雨が握られる。

「……累?」

「ちちうえ……」

 今にも泣きだしそうだ。

 まかさ来るとは思わなった大河は、苦笑いで手招きする。

「御出で」

「……うん」

 累は、枕元に回り込み、大河に頭に抱き着く。

「……累様?」

 甲斐姫が起きた。

「(済まんな。起こして)」

「(いえ……)」

 目を擦りつつ、甲斐姫は、提案する。

「(お部屋にお連れしましょうか?)」

「(良いよ。このままで)」

 橋姫の魔力と5人の看病の下、大分、快復した大河は、子供と過ごしたかった。

「……」

 実母と過ごさない実父への抗議なのか、累は、大河の髪の毛をガシガシ。

「(御免よ)」

 只管ひたすら謝る大河に、甲斐姫は、

(優しい人だなぁ♡)

 更に好意を高めるのであった。


 翌日。

 大河は、念の為、自室で朝食を摂る。

 普段は大広間で皆とするのだが、流石に全快、という訳では無い為、隔離なのだ。

「……♡」

 累は、大河の膝で朝から元気にパフェを愉しんでいた。

 上機嫌なのは、大河を独占している為だ。

 異母弟妹きょうだいが知れば、羨望するだろう。

 5人も肌が艶々つやつやだ。

 交わった訳では無いが、大河と過ごすと、精神衛生上、良くなる為か、美肌効果が出来易い。

 綾御前はその背中に頬擦りし、目印マーキングを忘れない。

 早川殿、直虎、小少将は、其々、お茶、御粥、果物担当だ。

 甲斐姫のみ、手持ち無沙汰で累のお世話である。

「累様、お口が―――」

「可い」

「はい?」

「義理の娘に『様』は要らんよ」

「ですが、礼儀的に―――」

「可いは侍女なのか?」

「い、いえ……」

「じゃあ、呼び捨てで。つけあがらす可能性を排除したい」

「……は」

 甲斐姫は、向き直り、今度は、呼び捨てで挑む。

「累、口が、汚れてる」

「ん」

 拭いて、で累は口を突きだす。

 対応に困った甲斐姫は、大河を見た。

「小学校に上がる迄は、拭いてくれ」

「は」

 甲斐姫が手巾で口元を拭う。

 義母に呼び捨てにされたが、累は気分を害した様子は無い。

 その辺は、ちゃんと謙信等の教育が行き届いている証拠だろう。

 累の頭を撫でつつ、大河は言う。

「累、弟と妹、どっちが好き?」

「!」

 累が驚いて振り返った。

 5人も聞き耳を立てる。

 それは、5人にとって重要な話であったから。

「……わかんない」

「そっか」

「なんで?」

「累には悪いけど、子供を増やしたいんだよ」

 チラ見した大河の視線を追うと、その先に居たのは、早川殿であった。

 今年で32歳。

 35歳以降、妊娠出来る確率が低下する為、早めに妊活したいのは、当然の話であろう。

 お市が心愛を産めたのは、制限時間が迫っていた為、大河が特例として彼女と妊活に励んだ結果である。

 早川殿は、その第2号だ。

「……」

 累の視線に、早川殿は、申し訳無さそうに会釈する。

「……いいよ」

 謙信の娘だけあって理解が早い。

 累は、嫌々ながら首肯した。

「有難うな」

 大河が抱っこして、累に頬擦り。

 然し、その後、暫くの間、累が不機嫌であった事は言うまでもない。

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