第581話 日本四大忠臣

 正式に長子の許可が出た事で、大河と早川殿の妊活が始まる。

 その前に早川殿は、子供達に挨拶に行く事にした。

「母上、遂に始まるのですね……」

 今川氏の屋敷に居たのは、範以のりもち

 あの義元の孫に当たり、早川殿の長男に当たる。

 範以は、僅か10歳だが、今川氏の当主としてしっかりしていた。

 父親が文化系なので、自分は早くから、家を支えたい、という気持ちが強いのだ。

 然し、病弱説(*1)があり、史実では氏真(没年:1615)よりも早く、38歳(没年:1608)という若さで亡くなっている様に、この異世界でも病弱であった。

 義元が”海道一の弓取り”と呼ばれ、東海地方の覇者であったのに対し、その後継者である氏真が文化系で、更にその子供である範以が病弱なのだから、桶狭間で義元が討たれなかった場合、後継ぎがこの様な状態である事から、どの道、今川氏は弱体化していたかもしれない。

 義元の孫であるにも関わらず、範以は、病弱の為、滅多に外出せず、屋敷に閉じこもっている。

 本人は出たがっているのだが、ほぼ引きこもりな武将を誰が、忠誠を誓うだろうか。

 旧今川家家臣団は、範以の下から離れ、今では、数える程度しかない。

「……義父上は?」

「お忙しいわよ。会いに行く?」

「……行きたいですが、織田家の人間と会うのはちょっと……」

「そうよね」

 大河の義理の子供に当たる範以だが、祖父を討った信長の義弟である義父に、複雑な感情を抱いていた。

 無論、範以は、祖父が戦死後に生まれた為、祖父との交流は無いのだが。

 やはり、最盛期を作った祖父への敬愛は凄まじい。

 なので、織田家に対しては、余り好意的な感情は無かった。

 大河もその辺は配慮しているのか、無理に登城の要請はしていない。

 両者は微妙な関係、と言えるだろう。

「御免ね。貴方を見捨てて、再婚して」

「全然。母上は、母上の事情がありますでしょう?」

「……ええ」

 余りにもしっかりとした態度に、早川殿は、嬉しさと複雑さで胸が詰まる。

 それでも、それをおくびにも出さず、首肯した。

 母親は、子供が相手ならば、どんな時でも演技派なのだ。

「……義父上は、どの様な方で?」

「お優しい方よ。育児にも積極的だしね」

「……自分が慕っても拒絶しないでしょうか?」

「大丈夫よ。愛王丸は知ってる?」

「小少将様の御子息ですよね?」

「うん。あの子にも実子同様、接しているから貴方も大丈夫よ」

「……分かりました」

 範以は、何か考えているのか、腕組みをして天井を見る。

「……如何したの?」

「自分も登城し、挨拶しようかと」

「その心変わりは?」

「母上を手助けしたいのです」

「……有難う。でも、家の事は? 新六郎では荷が重いよ」

 範以が、京都新城に来れば、屋敷の管理者は、新六郎(後の品川高久)に自動的に移る訳だけだが、彼は、天正4(1576)年生まれの彼は、今年で4歳だ。

 10歳の範以でさえ四苦八苦しているのに、それよりも幼い新六郎では、土台無理な話である。

「両立させるつもりです」

「今川姓を名乗りつつ、真田様に取り入る?」

「言葉は悪いですが、そうですね―――」

「それは―――」

「虫のいい話だな」

「「!!」」

 2人が振り返ると、大河が、立っていた。

「よっこいしょ」

 早川殿の隣に座る。

「ど、どうして……?」

「帰りが遅いから心配になったんだよ。範以、初めまして。俺が真田大河だ」

「……は、はい」

 範以は、布団の上でかしこまった。

「ああ、良いよ。胡坐あぐらでも構わない」

 手をヒラヒラと振って、大河は、早川殿の手を握る。

「!」

「心配させるなよな? ずーっと待ってたのに」

 ああそうだ、と早川殿は思い出す。

 この男は艶福家の癖に嫉妬深いのだ。

「……その真田様―――」

「範以、義父上で良いよ。俺達は、義理とはいえ家族だ」

「……義父上」

「うん」

「……その、自分も城で暮らしたいのですが」

「春を支える為に?」

「はい……」

 2人の会話に、早川殿はハラハラドキドキだ。

(……大丈夫かな?)

 子供には優しい大河だが、一度、敵対認定すると、死ぬ迄許さないたちだ。

「良いけどさ。まずは、病を治してからな?」

「!」

「! 良いんですか?」

 簡単に許しが出て、逆に提案者の範以は戸惑う。

「良いよ。家族だから」

「……はぁ」

 部外者の登城は、事前に申請が義務で更に、素行調査が行われる。

 その為、滅茶苦茶敷居が高い心象があったのだが、簡単に登城の許しが出た。

弟妹きょうだい全員でも良いからさ。快復後、いつでも来い―――あ、でももてなしたいから、事前に来る日、教えてくれよ?」

「……はぁ」

 気さくな感じに範以は、戸惑うばかりだ。

「じゃあ、もう連れて帰って良い?」

「は、はい」

「そんじゃそう言う事で」

 早川殿を御姫様抱っこし、大河は足早に去っていく。

(母上……幸せそうで)

 範以は、呆気に取られたままの状態で、実母と義父を見送るのであった。


 大河が早川殿を迎えに来たのは、何も嫉妬心だけでない。

 織田家の監視があったからだ。

 馬車の中で、早川殿を膝に乗せつつ、警戒心を怠らない。

「……」

「あら、怖い顔」

「分かるか?」

「戦国乱世を生き抜いた女ですもの。その位、分かりますわ」

 早川殿は、大河の頬に接吻する。

 城では、朝顔や誾千代、謙信等、配慮しなければならない人間が沢山居るが、馬車では、独り占めだ。

「……織田ですか?」

「みたいだな」

 町民に扮して、織田の間者がうごめいていた。

「織田とは、仲良しでは?」

「信長様とはな。でも、心底、仲良し、という訳ではないよ」

「あら……」

 山城真田家と織田家は、蜜月関係、と思っていた早川殿は、驚いた。

「では、お市様等と結婚したのは、あくまでも政略結婚と?」

「いいや。純粋に恋愛だよ。でも、織田の家臣じゃない」

「!」

「俺が忠誠を誓うのは、朝廷であって織田ではない。織田はあくまでも同盟者だよ」

「……」

 冷たい程の現実主義者リアリストだ。

「じゃあ、織田の命令は聞かない?」

「場合によってはな。朝廷の意に反するのであれば、喜んで倒すよ」

「……」

 数々の仕官の誘いを断り続けた大河であるが、朝廷からの誘いは、1発OK。

 その後は、尊皇派の代表格として、朝廷に貢献し続けている。

「……何故、万里小路 藤房までのこうじふじふさ以来の忠臣なの?」

「愛国者だからだよ」

「あ♡」

 早川殿のうなじに口付けしつつ、大河は、決意する。

(このを全力で守る)

 と。


[参考文献・出典]

・*1:観泉寺史編纂刊行委員会編『今川氏と観泉寺』 吉川弘文館 1974年

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